ロストソング~この世界の音が止みます~

海坂依里

「空白を埋めるものがあるなら、それは愛がいい」(脚本)

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海坂依里

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〇見晴らしのいい公園
  この世界は
  ほんの少し、生き辛い
「ねえ、また消えちゃたみたい」
女子高生B「どの曲が消えたの?」
女子高生A「この曲」
女子高生A「すごく好きだったんだけどなー」
女子高生B「残念だけど、諦めるしかない」
女子高生A「だね」

〇シックなカフェ
「いつの時代の楽譜?」
お兄さん「随分、古めかしい楽譜を持ってるなーと思って」
愛音「この楽譜は、もう音を鳴らさないんです」
愛音「音を奏でなくなった楽譜は、太陽に焼かれてしまいました」
愛音「ある日突然、音楽が消える現象」
愛音「その被害を受けた楽譜ってわけです」
お兄さん「何か巨大な組織が動いているとか」
お兄さん「そういう展開の方が、まだ対処法あるよな」
愛音「音楽を守るために戦うとか、なかなか面白い展開ですね」
お兄さん「まあ」
お兄さん「それができないから、苦しいよな」
愛音「お兄さん」
愛音「音楽関係者ですか?」
お兄さん「一応、作曲家」
お兄さん「今どき、手書きの楽譜を持っているなんて珍しいなと思って」
お兄さん「声かけたくなった」
愛音「・・・・・・ナンパですか」
お兄さん「その自惚れ、嫌いじゃない」

〇桜並木
お兄さん「四つ葉のクローバー」
愛音「これですか?」
お兄さん「幸福って意味があるんだっけ?」
愛音「最初は、仕事の成功を願って持ち歩いていたんですけど」
愛音「今は、『私を想って』という」
愛音「この理不尽な世界への復讐の意味を込めて」
愛音「持ち歩いています」
お兄さん「私を想ってとか言われると、呪いの言葉みたいだな」
愛音「誰かを呪う気持ちが」
愛音「音楽が消えるっていう、ふざけたして世界を生み出しているのかもしれませんね」
お兄さん「妄想膨らむな」
愛音「曲が消える悲しみも、苦しみも、悔しさも」
愛音「経験した同士だからかもしれませんね」

〇桜の見える丘
愛音「言葉にならない美しさって」
愛音「こういう景色のことを言うんですね」
お兄さん「俺のとっておきの場所」
愛音「とても素敵な曲を書けそうですね」
お兄さん「書ける、書ける」
お兄さん「愛音さんは?」
お兄さん「なんかいいメロディ浮かんだ?」
愛音「残念ながら」
愛音「私は音楽を書くのを、やめた人間です」

〇コンサートホールの全景
愛音(自分の音を、初めて奏でてもらった瞬間)
愛音(心が大きく揺さぶられた)
愛音(これからも、ずっと)
愛音「音楽を続けていきたい」

〇渋谷のスクランブル交差点
  でも
  私が作った音楽は
  神様にとっては、いらないものだった
男子A「またAineの曲、消えた」
男子B「仕方ないって」
男子B「世界から消えた音楽は、2度と聴くことができない」
男子B「それが世界の常識だろ?」
男子B「Aineの曲もいいけど」
男子B「最近いい曲見つけたんだよ」
男子A「どれ?」
  私が書いた曲は
  神様の手にかけられて
  世界から、すべて消えてしまった

〇桜の見える丘
愛音「私の頭には、自分が作った曲が残っているのに」
愛音「もう音を鳴らすことがないって、笑うしかないですよね」
お兄さん「・・・・・・・・・・・・」
愛音「消えていく音楽があるのなら」
愛音「新しい音楽を作っていけばいい」
愛音「音楽に終わりはない!!」
愛音「そんな風に、抗っていたときもあったんですけどね」
愛音「人の記憶に残す前に、世界から存在を抹消される恐怖に負けました」
愛音「書いても、書いても、次の日には音を奏でなくなってしまうのって」
愛音「結構堪えますね」
お兄さん「俺も」
お兄さん「昨日提出した音源が消えたって連絡もらって」

〇整頓された部屋

〇桜の見える丘
お兄さん「データを確認したら」
お兄さん「音を鳴らさない、ただの楽譜になってた」
お兄さん「コンペ通らなかったって連絡なら、理解できるんだけどな」
お兄さん「否定してくれるなら、まだありがたいのに」
お兄さん「この世界から、俺が作った音楽は消えたって言われても」
お兄さん「納得いかないよな」
愛音「通りかかった男の子が言うには」
愛音「世界から消えた音楽は、2度と聴くことができない」
愛音「それが世界の常識らしいです」
お兄さん「俺らの作った音楽が消えても」
お兄さん「常識の一言で片付けられちゃうってことか」
愛音「まあ、流行り廃りがある世界ですからね」
愛音「言いたいことが、理解できなくもないですけど」

〇桜の見える丘
愛音「私たちが、こうやってお喋りしている間にも」
お兄さん「何かしらの音楽が消えているんだよなぁ」
愛音「でも」
愛音「消えた音楽の存在に気づいてくれた人がいるって」
愛音「ある意味では幸せなのかもしれませんね」
愛音「消えた音楽の存在に気づかない人たちは、世界に大勢いますから」
お兄さん「曲名見て」
お兄さん「この曲、どんな曲だったっけ!?」
お兄さん「話題は、そこで終わり」
愛音「私たち、気づいてもらえましたね」
お兄さん「それだけ価値ある作品を残せたって」
お兄さん「自惚れてもいいよな」
愛音「・・・・・・私、お兄さんの曲を覚えます」
お兄さん「じゃあ、俺は」
お兄さん「愛音さんが作った楽曲を、記憶に留めておく」
愛音「私が書いた作品、この世界のどこにも残っていないですよ!」
お兄さん「新曲、書いてよ」
お兄さん「音楽プレーヤーに記録されていた音楽も」
お兄さん「つい数秒前までは配信されていた音楽も」
お兄さん「ついさっきまで視聴することができていたミュージックビデオも」
お兄さん「いつかは抹消される世界だけど」
お兄さん「楽譜さえあれば、頭の中で奏でることはできるから」
愛音「お兄さん、褒め上手ですね」
お兄さん「だろ?」
  この日の約束を糧にすると決めたのに
  世界は優しくできていなかった

〇渋谷のスクランブル交差点
  今日も、また
  世界から、音楽が消えていく
女子高生B「すごく好きな曲だったのに」
女子高生A「唄おうとしても、声にならない推しの気持ちを考えたら・・・・・・」
女子高生B「泣ける! すごく泣ける!」
女子高生A「まあ、解散したわけじゃないから」
女子高生B「次の新曲に期待!」
女子高生A「だねっ」
愛音(お兄さん)
愛音(今日も、たくさんの音楽が生まれて)
愛音(たくさんの音楽が消えています)
愛音「お兄さん・・・・・・」
愛音「私、お兄さんが作った曲、覚えていますからね」
愛音「お兄さんが残した楽曲、今も好きですよ」
  お兄さんが作った楽曲は
  少しずつ
  少しずつ
  世界から姿を消している

〇音楽スタジオ
愛音「お疲れ様でした」
「お疲れ様」
「次回もよろしく」
「うわっ、また曲が消えてる・・・・・・」
「なんで楽譜は存在するのに、音を鳴らさなくなるんだよー」
愛音(誤って、データを消したとか)
愛音(その音楽の人気がなくなったとか、飽きられたとか)
愛音(そういうことじゃない)
「Aineも気をつけて」
「気をつけようがないとは思うけど・・・・・・」
「そんな身も蓋もないこと言うなよ」
「本当に、こんな生活いつまで続くんだろうな」
愛音「このままだと、音楽業界が滅んじゃいますよね」

〇渋谷のスクランブル交差点
愛音(家に帰ったら、新曲書いて・・・・・・)
愛音「こんな生活続けていたら、いつかはアイディアも枯渇しそう」
男子A「この曲、最近いいなと思って・・・・・・」
男子B「おっ、いいじゃん」
愛音(この曲・・・・・・)
愛音(お兄さんっぽい)
愛音「まあ、音楽を続けているなら」
愛音「会いに来なくても、許してやりますか」
  お兄さん
  お兄さんのいない音楽業界は
愛音「とてもつまらないですよ」
愛音(生き残ってくださいね、絶対)

〇桜並木
愛音(今年の桜も、いい感じに美しい!)
愛音(お花見、満喫してるなー)
女子高生B「みんな! カラオケで盛り上がりすぎ!」
女子高生B「ほかの人の迷惑に・・・・・・」
「一緒に唄おうよ!」
女子高生B「もう! 今日だけだからね!」
  大好きな音楽を、忘れたくない
  忘れたくない
  忘れたくない
  ずっと、好きな曲を口ずさんでいたい
愛音「もう嘆いたりしませんよ」
愛音「私も、人の心に残る音楽を書きたい」
愛音(お兄さん)
愛音(私が作った曲、届いていますか)

〇桜の見える丘
愛音「私」
愛音「お兄さんの音楽を」
愛音「ずっとずっと」
愛音「死ぬ最期の日まで」
愛音「愛し続けることを誓いますっ」
愛音(我ながら、かっこいい告白だと自画自賛)
愛音「自惚れないと、この世界を生きていけませんからね」
愛音「まったく」
愛音「お兄さんが、この世からいなくなったと勘違いしちゃいましたよ」
お兄さん「思っていた以上に、消える曲が多すぎて」
お兄さん「見せる顔がなかったんだよ」
愛音「お兄さんが、見せる顔ないとか言ったら」
愛音「私たち、永遠に会うことができませんね」
お兄さん「あちこちで、愛音さんの音楽聞いてたよ」
愛音「ありがとうございます」
愛音「心に残すために、曲を書いてきたので」
愛音「お兄さんの心を奪うことに成功したって」
愛音「自惚れてみますっ」
愛音「ところで、どうして今なんですか?」
愛音「今まで、会うことを避けていたのに」
愛音「どうして今、会いに来てくれたんですか?」
お兄さん「白詰草の季節だなって」
お兄さん「愛音さんと出会った季節だなって」
お兄さん「その、四つ葉のクローバー」
お兄さん「少しは意味合い変わった?」
愛音「貪欲に、クローバーに込められた意味すべてを求めていこうかなと」
愛音「幸せになりたいですから」
愛音「葉1枚1枚にも、花言葉があるって知ってましたか?」
お兄さん「葉って、もう花言葉でもなんでもないと思うけど」
愛音「始まり」
愛音「素敵な出会い」
愛音「愛」
愛音「あと1つは」
お兄さん「近況報告できなかった詫びとして」
愛音「え!? まだ私の話は終わってない・・・・・・」
お兄さん「まずは、愛音さんが作った曲の感想を言い合うところから始めようか」
愛音「お兄さん!!」
お兄さん(最後の花言葉は)
愛音「せっかくの再会なのに、置いていくつもりですか?」
お兄さん(私のものになって)
お兄さん「今度、四つ葉のクローバーを探してみたいんだけど」
愛音「願掛けですか?」
愛音「これからも私と会ってくれるなら、喜んで」
  こんなにも絶望的な日々だけど
  たとえ、この世界の音が止んだとしても
  今日も私たちは、音楽を創造し続ける

コメント

  • 「不条理な世界で足掻き続ける2人の切ない恋模様」、「大量生産、大量消費の社会への風刺」、「この大量消費社会で活動し続ける創作者たちへの賛歌」、いずれの観点でも読める本当に奥深い物語ですね!
    繊細な描写が愛音さんのキャラクタービジュアルともマッチして、この世界観にさらに深みが!とっても素敵な作品ですね!

  • 不思議な現象に侵食される世界と、それでも前に進む2人の音楽や暮らし、対比を感じてとても素敵です。
    とても不安を覚える世界であっても、2人のような人たちが希望になるんですね。

  • 「世界から消えた音楽は二度と聞くことができない」とか「音を鳴らすことができない楽譜」とか、残酷でありながらも儚い魅力を持つ表現の数々にドキッとしました。次々と消えていく音楽に絶望しかけても、ひたすら音楽を生み出し続けるふたりの姿はひたすら尊いですね。

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