怪異探偵薬師寺くん

西野みやこ

エピソード51(脚本)

怪異探偵薬師寺くん

西野みやこ

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〇ビルの裏
  振り下ろされたナイフは、全力で転がれば避けられるかもしれない。
  しかし、俺が避けてしまったら倒れている女子高生が危険だ。
  俺は動くのをためらって、ぐっと全身に力を込めた。
茶村和成(薬師寺・・・!)
  ナイフが目の前に迫ってきた瞬間、カボチャ頭の腕がなにかに巻き取られる。
  柔らかい長い布がカボチャ頭の全身を包みぎゅっと羽交い締めにしてしまう。
  その光景に呆気にとられていると、後ろから聞き慣れた声がした。
薬師寺廉太郎「ほんと、お人好しなんだから」
  俺が声の方へ視線を向けると、薬師寺は困ったように息を吐く。
  薬師寺のストールがなくなっているのを見て、俺はようやくカボチャ頭に巻き付いたそれが薬師寺のものだと気づいた。
薬師寺廉太郎「無事?」
茶村和成「あ、ああ・・・」
薬師寺廉太郎「そっか。よかった」
  安心したように薬師寺が目を細める。それとともにカボチャ頭が苦しげに身じろぐ気配を感じた。
  薬師寺は俺に向け手を差し伸べる。
  その手をつかんで立ち上がり、カボチャ頭と距離をとった。
  カボチャ頭は苦しみながらも、薬師寺のストールから逃れるためナイフを必死に振り回している。
薬師寺廉太郎「・・・“皮剝ジャック”、ね」
  薬師寺がカボチャ頭に向けて足を踏み出した。
  それに気づいたカボチャ頭がさらに激しく暴れまわる。
  しかし動けば動くほど、薬師寺のスカーフが身体に食い込んでいきカボチャ頭は苦しげにうめいた。
  その姿を見て、ふっと薬師寺が微笑む。
  すると怪異に巻き付いていたストールが突然意思を失ったかのように地面にするりと落ちた。
  ここぞとばかりにカボチャ頭は薬師寺にナイフで襲いかかる。
  薬師寺はそれを見て焦る様子もなく、じっとカボチャ頭を見つめていた。
  今にもナイフが薬師寺の胸部に刺さろうとしたとき、ぴたりとカボチャ頭の動きが止まる。
薬師寺廉太郎「・・・・・・」
  薬師寺はいつもと変わらない様子で、カボチャ頭に笑いかけた。
  小刻みに震えたまま動かないカボチャ頭は、まるで見えない力に押さえつけられているかのようだ。
  薬師寺がストールを拾い上げて首に巻きなおす。
  そして静かに言葉を紡いだ。
薬師寺廉太郎「これ以上、君が罪を重ねる必要はない」
  薬師寺の言葉に、カボチャ頭はマスクから覗かせる目を見開いた。
  手からナイフが滑り落ちる。
  刃先が地面とぶつかり、鈍い音を立てた。
  風に紛れてかすかに聞こえてきたのは、カボチャ頭の声だった。
  ・・・ッタ・・・、ヨカッタ・・・
  その声を聞いた瞬間、頭の中に学生服に身を包んだ彼の記憶が流れ込んでくる。

〇渋谷のスクランブル交差点
  カボチャのマスクは苦しいくらいに顔に密着して離れない。
  ナイフを握っている手は震えているのに、どうしても目の前にいる人物を殺したい衝動が抑えられない。
  殺したくない、本当は殺したくなんかない!
  そう思うのに、ナイフを振り下ろす腕は止まらない。
  ズタズタに切り裂かれて赤く染まった死体のなかで、唯一無事だった顔は恐怖と痛みで歪んでいる。
  その顔の皮を丁寧に剥いでから、カボチャ頭はようやく自分の被っているマスクを脱ぐことができた。
  脱いだマスクの下からは、歪んだ表情の自分の顔が血溜まりに浮かんでいる。
  手にしている血まみれのマスクを死体に被せると、ひどい頭痛が襲いかかる。
  頭を抱えてうめき苦しんでいると、いつの間にかまた自分はカボチャのマスクを被っていた。
  どうして、どうしてどうしてどうして
  苦しみから解放されたい。殺したくない。
  誰か、僕を止めてくれ──。

〇ビルの裏
薬師寺廉太郎「茶村!」
茶村和成「っ!」
  薬師寺の言葉にハッとして我に返る。
  裏通りにはすでに静けさが戻っていて、カボチャ頭の姿はなかった。
  先ほどまで見せられていた記憶を思い出し、俺はぐっと拳を握り込む。
  なんだか、やるせない気持ちだった。
薬師寺廉太郎「・・・元人間はこれだからな。 茶村が引きずられちゃう」
茶村和成「え? 今なんて・・・」
  俺が聞き返すと、薬師寺は首を横に振り「それよりも」と言葉を重ねる。
薬師寺廉太郎「八木さんがすぐにここに来るって。 疲れてるだろうけどごめんね、茶村」
茶村和成「大丈夫だ。わかった」
  十分もしないうちに、数台のパトカーとともに八木さんが姿を現した。
八木要「ふたりとも、無事か?」
薬師寺廉太郎「ん。怪異は片付いたよ」
茶村和成「巻き込まれた女の子たちがいるんで保護をお願いします」
八木要「わかった。・・・と、薬師寺。 さっきの話の続きだが・・・」
  話し始めた八木さんと薬師寺を一歩引いて眺めていると、そばのカーブミラーに映る自分の姿がふと目に入る。
茶村和成(うお・・・)
  鏡に映った自分の顔が血で汚れているのを確認して、少しぎょっとしてしまった。
  おそらく、怪異のナイフが鼻先をかすめたときの出血だろう。
  と、そこで、シャツの袖にも血が飛んでいることに気づく。
茶村和成(やべ、すぐに洗わないとシミになる・・・・!)
  どこか水道は、と周りを見回すと通りの入り口のすぐそばに少し広めの公園を見つけた。
  奥の方にトイレらしき建物が確認できる。
  あそこなら水道もあるだろう。
  ちらっと薬師寺たちのほうを見ると、なにやら真剣な表情で話し込んでいる。
茶村和成(ふたりとも話し込んでるな・・・。 今のうちにさっと洗ってくるか)

〇荒れた公衆トイレ
茶村和成「・・・よかった。綺麗に落ちそうだな」
  袖口を水ですすぎながら、ほっと息を吐く。
茶村和成(なにはともあれ、一件落着・・・だよな)
  シャツを洗った流れのまま顔を洗う。

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