読切(脚本)
〇広いベランダ
クマ・ムシ太「人間はどうしてこうも不可解なんだ──」
クマ・ムシ太「なんとしても生態を解明しなければ、さもないと──」
クマ・ムシ美「お兄ちゃーん、もうすぐ晩ご飯だよー」
クマ・ムシ美「・・・って、まーた人間観察やってんの?」
クマ・ムシ太「ムシ美か」
クマ・ムシ太「僕がやってるのは観察じゃなく、監視だよ」
クマ・ムシ美「監視?」
クマ・ムシ美「お兄ちゃんってホント、心配性だよね・・・」
クマ・ムシ美「てか、人間が攻めてくるわけないっしょ?」
クマ・ムシ太「それはちがう」
クマ・ムシ太「だいたい僕らは──」
クマ・ムシ子「ムシ太、ムシ美、ご飯よー」
クマ・ムシ美「はーい、いま行くー」
クマ・ムシ美「ほら、お兄ちゃんも来なよ?」
クマ・ムシ太「──みんな、楽観的すぎるんだ」
〇ダイニング
クマ・ムシ夫「ムシ太、また人間界を覗き見してたんだって?」
クマ・ムシ夫「見つかったら拉致されて、宇宙で虫体実験かもしれないぞ?」
※厳密にはクマムシは虫の仲間ではなく、緩歩(かんぽ)動物と呼ばれる生き物の仲間です。
クマ・ムシ夫「まぁクマムシは宇宙空間でも不死身だけどな!」
クマ・ムシ夫「ガハハ!」
クマ・ムシ太「・・・眠ってるあいだだけでしょ」
※クマムシは乾眠(かんみん)と呼ばれる仮死状態になることで、あらゆる環境に対する高い耐性を手に入れます。
クマ・ムシ子「あらあら」
クマ・ムシ子「でもお母さん、ムシ太の話も聞いてみたいわ?」
クマ・ムシ美「ま、それは同感かも」
クマ・ムシ美「案外面白いし?」
クマ・ムシ太「・・・わかったよ」
クマ・ムシ太「今日はとある家族の父親を監視していたんだ」
クマ・ムシ太「まず、その家では父親が一番偉いらしい」
クマ・ムシ美「どして?」
クマ・ムシ太「オカネ──っていう価値のあるものを集めてくるからじゃないかな」
クマ・ムシ太「そのために毎日働いているんだ」
クマ・ムシ子「じゃあ、うちのお父さんは人間界だと全然尊敬されないわねぇ?」
クマ・ムシ夫「必要なときに必要なぶんしか働かないからな?」
クマ・ムシ夫「ガハハ!」
クマ・ムシ太「・・・クマムシとは比較できないよ」
クマ・ムシ太「人間は働きすぎで死ぬこともあるんだ」
クマ・ムシ夫「ほぉ、命懸けか」
クマ・ムシ夫「尊敬されるのも分からんでもないな?」
クマ・ムシ太「でも、変なんだ」
クマ・ムシ太「家のなかではどうみても母親が一番偉いんだよ」
クマ・ムシ太「その人、なにも言い返せないんだ」
クマ・ムシ子「あら、なんだか複雑ねぇ」
クマ・ムシ太「まぁ、母親のほうが偉くなるのも分からなくはないけどね」
クマ・ムシ太「父親はオカネを集めるために働きづめで、家事や子育ては見て見ぬふりだったし」
クマ・ムシ太「とにかく、人間界っていうのはそういう仕組みらしいんだ」
クマ・ムシ美「・・・なーんか、生きづらそ」
クマ・ムシ太「別にその人たちに限った話じゃないよ」
クマ・ムシ太「人間ってのは皆、生きづらそうさ」
クマ・ムシ太「・・・あとカイシャっていうのを辞めるかどうかでその人、悩んでたな」
クマ・ムシ夫「カイシャってのは?」
クマ・ムシ太「オカネを集める集団だよ」
クマ・ムシ太「まぁ、集めたオカネはほとんどシャチョーが持ってくんだけどね」
クマ・ムシ太「カイシャで一番偉い人さ」
クマ・ムシ夫「なるほど?」
クマ・ムシ夫「それで、カイシャを辞めたいのはもらえるオカネが少ないからか?」
クマ・ムシ太「いいや」
クマ・ムシ太「カイシャでジョウシって人がいじめてくるからだよ」
クマ・ムシ太「これがまたすごい偉そうなんだ」
クマ・ムシ太「だからまた言い返せないんだよ」
クマ・ムシ太「それがブカの宿命なんだってさ」
クマ・ムシ美「ふーん・・・」
クマ・ムシ美「・・・ねぇ、ジョウシってやつはなんでまたそんなに偉そうわけ?」
クマ・ムシ太「たぶん、ブカより早く生まれてきたからじゃないかな?」
クマ・ムシ太「だいたい年上だし」
クマ・ムシ夫「年上?」
クマ・ムシ夫「そのぶん早く死ぬのにな?」
クマ・ムシ夫「結局、最後まで生きてたやつが一番偉いに決まってる」
クマ・ムシ夫「そう思わないか?」
クマ・ムシ太「クマムシが言うとまた意味が変わってくる気がするけど・・・」
クマ・ムシ太「・・・まぁ、僕は人間なんて若者も年寄りも似たようなものだと思うよ」
クマ・ムシ子「・・・でも、そんなにひどい環境ならどうして早く辞めないのかしら?」
クマ・ムシ太「──その人には娘がいるんだけどね?」
クマ・ムシ太「辛そうなときはいつもその娘の写真を眺めてるんだ」
クマ・ムシ太「家族を養うためには仕方ないんだって、そんな顔してさ」
クマ・ムシ美「なんだか切ないね?」
クマ・ムシ子「そうねぇ・・・」
クマ・ムシ夫「・・・うーん、それにしても人間界っていうのは階級社会なのか?」
クマ・ムシ夫「さっきから誰が偉いとかそんな話ばっかりだぞ?」
クマ・ムシ太「いや、それが平等な社会らしいんだよ」
クマ・ムシ夫「はぁ?」
クマ・ムシ夫「なんだそりゃ?」
クマ・ムシ子「ますます複雑になってきたわねぇ・・・」
クマ・ムシ美「人間ってマジ理解不能だわー・・・」
クマ・ムシ太「!!」
クマ・ムシ太「そ、そうだろ?!」
クマ・ムシ太「人間には謎が多すぎるんだ!」
クマ・ムシ太「いつ気が変わって僕らの平和を脅かす存在になるか、分かったもんじゃないよ!!」
クマ・ムシ太「だから常に監視しておくべきだって、皆もそう思うよね?!」
クマ・ムシ夫「いや、それは考えすぎだな」
クマ・ムシ太「えっ」
クマ・ムシ子「そうねぇ、もっと気楽に考えていいんじゃないかしら?」
クマ・ムシ太「えっえっ」
クマ・ムシ美「てか、お兄ちゃんさ」
クマ・ムシ美「人間に毒されスギじゃね?」
クマ・ムシ美「顔が人間そっくりだよ?」
クマ・ムシ太「えっ」
つづく
クマムシ親子の人間へのコメントから、なんだか自分がその人間であることに気が引けてしまいました。ただクマムシ親子には味わうことのできない、何かがきっと私達の社会にはあると信じたいですね。
ほぼ不死身のクマムシから見た人間社会、ムシできないですね。クマムシが働かなくてもいいなんて、そんなムシのいい話ありますか?それにしても、改めて説明されると人間の生活ほど不思議なものはないですね。今度はぜひカギムシ家族の意見も聞いてみたいです。