〇綺麗な港町
　　オグルの先導で港の方へ着いた。
　　そこから市場を逸れて、ひたすら歩いていくと、
　　今はほとんど使われていないような寂れた煉瓦造りの邸宅の前に出た。
　　左を向けば漁師や商人が使う船が多く並んでいるのが見える。
　　これほど近くに目立つような邸宅があったとは知らなかった。

〇立派な洋館
薄墨界「いつからこんな邸宅があったんだ？」
オグル・グリム「ずっとあったんじゃないかな」
オグル・グリム「でも、ほら」
オグル・グリム「ララお姉さんとか、他の魔女たちがやるように、」
オグル・グリム「自分の家を隠したり、来れなくしたり、」
オグル・グリム「それなりに魔法が使えるなら、簡単なことなんじゃないかな？」
　　そうオグルは言うと、邸宅の中へ入っていった。

〇洋館の玄関ホール
　　両開きのドアを開けると、シックな作りの床に赤いカーペットが敷かれていて、
　　天井からシャンデリアがぶら下がっている。
　　カーペットの先には階段が伸び、つき辺りから左右に分かれている。
　　階段の踊り場の壁には誰かの肖像画があったのだろう跡が残っているが、顔は見えない。
　　オグルは一切遠慮することなくずかずかと入っていく。
　　その後に続いていくと、扉は一人でしまった。
アルベリ「え、あの、」
薄墨界「閉まったな」
オグル・グリム「なんか面白いね！　ホラー小説みたい！」
薄墨界「なんでそんな楽しそうなんだお前は」
　　軽い足取りで鼻歌を歌いながら階段を登っていくオグルの後を仕方なく着いていく。
　　アルベリは不安そうに界の裾を握って懸命に足並みを揃えていた。

〇小さな小屋
　　一方、邸宅の一室で水晶玉を眺める男の姿があった。
　　玉座のようなアンティークチェアに足を組んで座り、
　　肘をついて目の前で転がる男の姿をまるで嘲笑するかのような眼差しで見た。
オンブル「ふむ。厄介な客人が来てしまったようですが、君の連れかね？」
？？？「い、いああいッ！！︎」
　　口にきつくロープが巻かれた男はそう叫んだ。
オンブル「そうですか」
　　適当に返事をすると、男は人差し指を宙で円を描くように動かすと、
　　転がっている男は足をぶらぶらとさせながら宙に浮き、
　　そのまま床に叩きつけられた。
男「うッ」
オンブル「あまり手荒なことはしたくないのですが」
　　椅子から立ち上がると、怯えて涙や涎を垂らす男に近づき片膝をついた。
　　白い手袋をした細長い指は男の顔に触れた。
オンブル「貴方が私の邪魔をしたのがいけないのです」
男「うッ、うあに、あ、ああえッ」
オンブル「うん？　・・・・・・ああ」
オンブル「“妻に会わせろ”、と？」
オンブル「それは一生叶わない、もしくは、助けがここまで辿り着くのを待つしかありませんね」
　　感情のない声色で言い放つと男は気絶した。
　　まるで汚いとでも言うように、男の肌に触れた手袋をとり、床に投げ捨てた。

〇洋館の廊下
　　オグルはハッとして足を止めた。
オグル・グリム「今、音がしたよね？」
薄墨界「そうだな。物が落ちる音にしては大きい気もするが」
アルベリ「うう・・・・・・」
　　アルベリは依然として界にしがみついている。
　　オグルと界は顔を見合わせると、
　　オグルは先を急ぐように走ったかと思うと、
　　魔法を使い、影と同化して消えてしまった。
アルベリ「え、え？」
薄墨界「偵察はオグルの得意分野だからな、あとは任せて、俺たちは急ごう」
　　界はアルベリを自分から引き剥がし、走っていった。
　　アルベリは置いていかれまいと半泣き状態で走って追いつく。

〇西洋風の部屋
　　オグルは影を伝っていき、三階へ辿り着いた。
　　三階、と言うよりは屋根裏部屋というのが正しいか、
　　ほとんど物置部屋のようになっていて、オグルはその置かれている物の影に潜んだ。
　　埃や蜘蛛の巣がそこらじゅうにあり、
　　うげぇと嫌な顔をしつつも、その先に見える人物の様子を伺った。
　　目先にいるのは女性だった。
　　ここに来る前に見かけた主婦と見た目は似ている。
　　同一人物だろうか、と考えていると、「ねえ」と声をかけられた。
女性「そこにいるのでしょう？」
　　こちらの気配がバレてしまっている。
　　オグルは仕方がないと言う風に物陰から出て、姿を現した。
女性「あら、可愛らしい。どうしてここに来たの？」
オグル・グリム「きみがオンブルっていう男の人と繋がりがあるんじゃないかって思ってね、」
オグル・グリム「やっぱりそうなんだね」
女性「あら、あらあら」
女性「ふふ、どうして分かったの？」
オグル・グリム「きみからどうしても同じオーラを感じてしまってね、」
オグル・グリム「魔法使いなんだろうって思ったんだ」
オグル・グリム「色は違うみたいだけど、司書の女の子が言ってた男の人も同じように変な感じがしたって言ってたし、」
オグル・グリム「共通点があるのかなって」
オグル・グリム「それで他の僕の知り合いがね、きみと話をしてて、」
オグル・グリム「嘘をついてるって気付いた」
オグル・グリム「昨日その男の人を見かけたって言っていたけど、実際は今日会っていた」
オグル・グリム「それに見かけた、じゃなくて、直接挨拶を言われた」
オグル・グリム「わざとそうしたのには理由があったのかな？」
オグル・グリム「でも現に、きみは」
女性「嘘、ね。そうね」
女性「でもあのお方はね、ずる賢いの。とっても」
女性「なんでも利用しようとするんですの」
女性「大切な、大切な自分の子供を見つける為に、」
女性「手段は選ばない」
　　そう言うと、女性はオグルの方へ近づき、
女性「もうチェックメイトね。私たちの邪魔はさせないわ」
　　そう言うと、手首から蔦が伸びたと思うとオグルの口や胴体に絡めついた。
オグル・グリム「ん!?」
女性「ふふ。おりこうにしてましょうね」
　　まるで美術品でも眺めるかのようにオグルを宙に浮かせると、椅子に座ってじっくりと眺め始めた。

〇洋館の廊下
　　オグルと分かれ、界とアルベリはひたすらある部屋を虱潰しに開けていった。
アルベリ「あのっ、ルイ、さん、・・・・・・」
　　邸宅の中を走り回り、体力が乏しい二人は息を切らしていた。
アルベリ「あの、・・・・・・も、もうちょっと、あったのでは・・・・・・？」
薄墨界「わ、悪かったな・・・・・・」
アルベリ（本当に頭いいのかなこの人・・・・・・）
薄墨界「それよりもっ、あとは上の階だけだ。ほら、行くぞ」
アルベリ「・・・・・・」
　　本当についてきて良かったのだろうか、と考えたが今更戻るつもりもない。
　　アルベリは界の後をついて行った。

〇洋館の階段
　　不自然に設置された階段を発見した。
　　そこからは異様な空気を感じ取り、思わず生唾を飲み込んだ。
アルベリ「ルイさん、これ」
薄墨界「ああ」
　　界はアルベリに手で制し、一人で階段を登った。