助けておネコ様!(脚本)
〇森の中の小屋
この家は、僕がつなぎ止めなきゃ、と思った
〇小さな小屋
学舎から帰って家の扉を開けると、父親が母に向かって謝っていた。
額と両手の平を床に擦り付け、震える声で許しを乞う。
タオ「本当にすまない。どうか許してくれないか。 必ず儲けになると信じていたんだ!」
母は情けなく床にへばりつく父に目もくれず、何か書き物をしている。
ページが茶色く劣化しているあの冊子は、おそらく家計簿だろう。
こんな場面は、何度見ても気が滅入る。
そういえば、今日は朝からずっと嫌な出来事が続いていた。
家から出るとき、カガミがじゃれてきたせいでズボンに穴が空いた。
学舎では同級生にちょっかいを出されて、その姿を女の子に笑われた。
学舎からの帰り道、気の立ったおじさんとぶつかり、「気をつけろ!」と怒鳴られた。
思い返して拳を握りしめていると、いつの間にかカガミが僕の足元にいた。
「みゃぁん!」
ヒロ「いいよな」
お前は。
好き勝手に振る舞っても、可愛く鳴いてれば誰にも咎められないんだから。
そんなことを思ったが、ネコに何を八つ当たりをしてるのかと思い直して、カガミの背中を撫でた。
「うおぉぉん」
満足したのか、僕の手にぽむ、と前足を乗せるカガミ。
くしくしと顔を洗った後、僕から離れて毛づくろいをし始めた。
いまだに母から見向きもされていない父に背を向けて、僕は妹の姿を探した。
〇屋敷の牢屋
家の雰囲気が悪くなると、妹はいつも祖父の部屋で時間を過ぎるのを待つ。
ヒロ「グウ、いるか?」
グウ「あ、お兄ちゃん。グウここいるよ」
祖父と話をしていた妹はこちらに笑顔を向ける。
マスラ「ああ、タオ。おかえり。学舎は楽しかったか?」
タオは父の名前だ。でも、僕はもう訂正するのを諦めている
ヒロ「楽しかったよ。今日はグウと何を話してたの?」
マスラ「カガミ様のことだよ。カガミ様のご利益だ。よくお世話して差し上げるんだよ」
ヒロ「うん」
祖父は、飼いネコを神様か何かと勘違いしている。
祖父がその妄想を語るようになったのは、僕をタオと呼ぶようになってからだ。
父の名前も、妹の名前も忘れていないのに、僕のことだけ記憶から消えていることが、いまだに胸を締めつける。
グウ「お父さん、またお金なくしたんだって」
妹は雨空を残念がるようにつぶやく。
ヒロ「そっか」
そんなやりとりを、ニコニコと聞いている祖父。・・・何が面白いのだろう?
きっと、両親の仲直りなんて諦めてしまう方が楽ちんだと思う。
それでも、僕はこの家族と一緒にいたい。諦めたくなったのも、もう何度目か分からない。
でも、離れ離れになると妹はきっと泣いてしまうから。
だから僕は、自分がなんとかしようと決めたのだ。
グウ「どうしたの?」
なかば無意識で、妹の頭を撫でた。
ヒロ「なんでもない」
くすぐったそうにする妹の頭を撫で回していると、父が祖父の部屋にきた。
タオ「ヒロ、一緒に来なさい」
〇中東の街
家を出た後、父から言い訳を聞かされた。
タオ「友達が、「絶対10倍に増えるから」っていうんで、すぐ出せるお金を全部渡したんだよ」
父のこういう愚行は初めてじゃない。
ただ、本人も事態の深刻さは自覚している。
だから、名誉を挽回するため、何か新しい方法でお金を稼ぐつもりのようだ。
タオ「知ってるか?最近、ネコを高値で買い取ってくれる好事家がいるらしい」
タオ「お前を呼んだのは、探すのを手伝ってほしいからだ」
手分けもせず、この人は何を言っているのか。
口答えをしても機嫌を損ねるだけなので、相槌を打ちながら聞き流していた。
街の様子はいつもと変わらない。みんな同じ服を着て、同じものを食べる。
野菜を作っている人や、橋を作っている人。
特に体力を使う仕事を割り振られている人は、追加配給札をもって食堂に並んでいる。
タオ「スパイク!おい!」
父は知らないおじさんと話し始めた。
タオ「・・・お前、金返せよ!」
スパイクと呼ばれたおじさんが、父が大金を渡した相手らしい。
タオ「それじゃあ、返金はいつになるんだ?」
国の開発計画が
アメリア共和国の侵攻で
再開の目処が立ってない
お前の金だけじゃない
だから、代わりにいい話を持ってきたんだよ!
という話を聞いたところで、同級生のファンユから声をかけられた。
思わず頬が緩む。
ファンユ「ヒロ君・・・あの、今日どうしたの?」
ファンユの話では、どうやら学舎での僕の振る舞いが奇妙だったそうだ。
ファンユ「難しい話ばっかりで何を言ってるのか分からないし」
ファンユ「いつも泣かされてたバンガを今日はやっつけちゃうし」
ファンユ「ヒロ君、ちょっと怖かったよ?」
いつもに比べて何だか嫌な目にばかり合うのは、僕自身のせいなのだろうか。
そそくさと、逃げるように去っていくファンユの背中を見送りながら、僕は胸が苦しくなった。
タオ「ヒロ!スパイクがカガミを高値で買ってくれるってさ!」
結論としては、ここで父を止めなかったのは正解だった
父がカガミを差し出そうとしてくれたおかげで
我が家は幸せをつかむチャンスを得ることができたのだ
〇小さな小屋
家に帰ると、母は髪を短く切っていた。
タオ「フラ・・・お前、なんで」
フラ「思ったより高く売れた。来月の生活費は心配いらないから」
父は、せめて母の覚悟に報いたいと思ったのだろうか。
タオ「新しい儲け話を聞いてきた!」
フラ「・・・」
母の反応を待つ僕と父。
視界の端で、カガミが祖父の部屋に歩いていくのが見えた。
フラ「そう・・・」
怒るでも喜ぶでもなく、母の反応は冷たい。
タオ「カガミを高値で買ってくれる金持ちが見つかったんだ!」
母の視線に耐えきれず、父は口を開いた。
マスラ「おい。タオ」
そのとき、祖父がやってきた。
雰囲気がいつもと違う。
父を鋭い目で見据え、ずんずんと父との距離を詰め
次の瞬間、父の体が壁に向かって飛んだ
マスラ「てめえ!何のつもりでカガミ様を売り飛ばすってんだ!」
祖父に続いて、妹もやってきた。
妹の表情は、見たことがないほど明るい。
いつもなら、逃げ出しそうな場面なのに。
ヒロ「グウ、何があったんだ?」
妹の表情からすると、きっと望ましい出来事があったのだろう。
グウ「カガミがね、おじいちゃんを叩いたらピカッてして、元気になったの!」
グウ「大丈夫だからな、ってよしよししてくれた!」
要領を得ないが、カガミのおかげ、ということらしい。
ちゃっちゃっ・・・
小走りで妹の足元に駆けてきたカガミが、ふす!と鼻を鳴らした。
マスラ「カガミ様は神獣だ!」
マスラ「ご先祖様と厄災を退けたんだ!俺ら一族はその恩義に報いなきゃならねぇ!」
「何を突飛もないことを言ってるんだ」とは、父も僕も言えなかった。
父の体を拳で吹き飛ばす膂力も、家中に響く声量も、神様からの賜り物でなければ何なのか。
タオ「何だよ親父・・・急に・・・。そ、そんな話信じられるかよ!」
ただ、父は自分の理解が及ばないことは否定してしまう人間だ。
マスラ「確かにお前に何も説明しないままボケちまった俺にも非はあらあな」
マスラ「でもやっぱりお前にゃ説明しても意味ないな。国の教育を疑いもしねえ」
マスラ「厄災の歴史は国が隠した。カガミ様のことを国は知らねえ」
マスラ「俺ら一家がいま苦しい思いしてんのは、国を頼ってカガミ様を蔑ろにしてるからだ、馬鹿野郎」
腰が引けている父を糾弾する祖父。ただ、言ってることは半分も分からない。
息を継いだ瞬間、祖父はそれまでの勢いを失い、苦しそうにテーブルに手をついた。
マスラ「カガミ様のご利益もここまでか・・・」
マスラ「ヒロ。聞け」
僕は、自分の名前が呼ばれたことに一瞬気づかず、返事が遅れた。
ヒロ「・・・え、何?」
マスラ「カガミ様の加護はお前に宿った。お前がカガミ様を目覚めさせろ」
マスラ「お前の願いは、カガミ様が叶えてくださる!」
「俺にはできなかった」、そう言い残して祖父は気を失った。
目覚めた祖父は、僕のことをタオと呼んだ。
だけど、家族が幸せになる方法がある。
それが分かっただけで、僕には十分だった。
カガミ様のネコぱんちは、ここぞというときのみ家族に喝を入れるために発動するのでしょうか。そのパンチを受ける力がタオではなくヒロに継承されたということは、神獣の加護を得るには家族を救いたいという強い思いがなければダメだということなのかな。カガミ様の全貌に興味が湧きました。
ヒロの家族を繋ぎとめたい純粋な気持ちがよく伝わってきました。やり方がどうであれ、父親も生活苦をなんとかしたいという気持ちがあるのが救いだなと感じました。飼い猫が神獣なのかもという設定も神秘的で好きでした!
カガミ様はどんなタイプの猫だろう、その描写が何もないのがすごく興味を惹かれました。なんだかアンバランスそうでバランスの取れた家族みたいですね。