〇古いアパート

〇ダイニング（食事なし）
写楽　成道（なりみち）「もぐもぐ」
写楽　沙羅（さら）「成道、今日は遅くなりそう？」
写楽　成道（なりみち）「そうでもないかな」
写楽　沙羅（さら）「じゃあ、お夕飯はいつも通り 作っちゃうわねー」
写楽　成道（なりみち）「ありがとう」
写楽　慧（けい）「おはよー」
写楽　沙羅（さら）「慧、よだれ出てるわよ」
写楽　沙羅（さら）「ほら座りなさい。パンたべる？」
写楽　慧（けい）「・・・（こくり）」
写楽　沙羅（さら）「もう、仕方ないわねぇ」
写楽　蓮（れん）「慧はもう少し、 早く寝た方がいい」
写楽　慧（けい）「んー、それがいい」
写楽　蓮（れん）「ダメだこりゃ」
写楽　真如（まさゆき）「みんな揃ったか」
写楽　真如（まさゆき）「実は、皆に言っておくことがある」
写楽　沙羅（さら）「お口開けてー。パン入れるね」
写楽　慧（けい）「あーん」
写楽　真如（まさゆき）「薄々気付いているかも しれないが・・・」
写楽　蓮（れん）「兄さん、この二次方程式なんだけど」
写楽　成道（なりみち）「小学校って、そんなのやってんの？」
写楽　蓮（れん）「方程式使った方が便利でさ」
写楽　真如（まさゆき）「お父さんな」
写楽　真如（まさゆき）「転生した閻魔大王だったんだ」
「・・・」
「・・・」
写楽　成道（なりみち）「あ、俺もう行かなきゃ」
写楽　蓮（れん）「いってらっしゃい」
写楽　成道（なりみち）「あんまりそういうの、 会社で言わない方がいいよ」
写楽　真如（まさゆき）「・・・」
写楽　沙羅（さら）「閻魔大王だって。 怖いわねぇ、慧ちゃん」
写楽　慧（けい）「何か言った？　ふああぁ」
写楽　蓮（れん）「ごちそうさま」
写楽　沙羅（さら）「あ、蓮ー。雑巾いるんだっけ」
写楽　蓮（れん）「大丈夫。昨日作ったから」
写楽　沙羅（さら）「あら。凄いわねぇ」
写楽　真如（まさゆき）「・・・」
写楽　真如（まさゆき）「閻魔大王だったんだ」

〇川に架かる橋
写楽　蓮（れん）「さて、説明しよう」
写楽　蓮（れん）「親父のことだけど」
写楽　蓮（れん）「閻魔大王の転生というのは本当だ」

〇裁きの門
　　死者の采配役、閻魔大王
　　彼も時代の流れには
　　逆らえなかった
地獄の役人「閻魔様、ついに出来ました！」
閻魔大王「何じゃ？」
地獄の役人「亡者を采配するAI 「ENMA越前」です！」
ENMA越前「我コソハ地獄ノ采配役」
ENMA越前「ENMA越前 1.06β　ダ」
ENMA越前「罪状演算中・・・」
ENMA越前「閻魔大王！ オマエハ針地獄ダー！」
閻魔大王「なっ、こやつ！　儂を！」
閻魔大王「斬り捨てい！」
地獄の役人「しっ、試運転です！」
ENMA越前「針地獄ダー！」
地獄の役人「ちょ、ちょっとまだ調節が必要ですね」

〇皇后の御殿
　　しかし、三ヶ月後

〇裁きの門
ENMA越前「叫喚地獄！」
ENMA越前「現世へ転生！」
ENMA越前「極楽浄土！」
地獄の役人「何というスピード！」
地獄の役人「こりゃ閻魔様、 必要なくなっちまうぜ」
地獄の役人「あっ」
閻魔大王「・・・」
地獄の役人「えっ、閻魔大王様！ 今のは冗談で」
地獄の役人「そうそう！　亡者の妄言～なんつって」
閻魔大王「いいんじゃよ。 確かに最近仕事しとらんしの」
閻魔大王「儂の時代は終わった」
閻魔大王「無駄飯食らいの隠居じゃ」
閻魔大王「わはは」
閻魔大王「なんじゃ、ENMA越前」
閻魔大王「まさか儂を慰めようと？」
ENMA越前「現世へ転生！」
閻魔大王「えっ？」
「えっ!?」

〇不気味
閻魔大王「ああーーーー！」

〇一人部屋
　　そして閻魔大王は
　　親父の中へ転生し、
写楽　真如（まさゆき）「──！」
　　親父の精神と
　　同居することになった

〇川に架かる橋
写楽　蓮（れん）「なぜ知ってるかって？」
写楽　蓮（れん）「親父の独り言を 廊下で聞いたんだ」
写楽　蓮（れん）「でも関わるつもりはない」
写楽　蓮（れん）「面倒くさいからね」
写楽　蓮（れん）「これは・・・」
写楽　蓮（れん）「やれやれ」
写楽　蓮（れん）「また面倒くさいことになりそうだ」

〇古いアパート
写楽　真如（まさゆき）「だーかーら！」

〇ダイニング（食事なし）
写楽　真如（まさゆき）「儂は地獄に戻りたいんじゃ」
写楽　沙羅（さら）「戻ればいいじゃない」
写楽　真如（まさゆき）「じゃが、人間たちは 地獄を信じておらんのじゃ！」
写楽　真如（まさゆき）「信仰力なくしては、地獄に渡れぬ」
写楽　真如（まさゆき）「だ、そうだ」
写楽　沙羅（さら）「あ、こっちはパパね」
写楽　真如（まさゆき）「地獄の存在を 世にアピールしなければ」
写楽　沙羅（さら）「あ、じゃあ。これなんてどう？」
写楽　沙羅（さら）「のど自慢大会よ！」

〇空
　　数日後

〇商店街
写楽　成道（なりみち）「蓮。親父の話聞いたか？」
写楽　蓮（れん）「のど自慢大会の話なら」
写楽　成道（なりみち）「理由も知ってるのか」
写楽　蓮（れん）「地獄のため、でしょ」
写楽　成道（なりみち）「なあ、それ。 俺たちで止めようぜ」

〇大きな公園のステージ
写楽　成道（なりみち）「親父のやつ、優勝して 地獄をアピールするつもりらしい」
のど自慢司会「優勝おめでとうございます！」
写楽　真如（まさゆき）「ありがとうございます！」
のど自慢司会「この喜びを誰に伝えたいですか？」
写楽　真如（まさゆき）「地獄です！」
のど自慢司会「・・・は？」
写楽　真如（まさゆき）「私を生んでくれた地獄に 心からの感謝をしたいです！」
写楽　真如（まさゆき）「地獄は最高です！」
写楽　真如（まさゆき）「地獄こそ理想郷！」
のど自慢司会「あ、あの写楽さん？」
写楽　真如（まさゆき）「ビバ地獄ぅぅぅぅぅ！」

〇商店街
「・・・」
写楽　成道（なりみち）「SNSとかにアップされてみろ」
写楽　成道（なりみち）「俺たちは町の笑いもんだ」
写楽　蓮（れん）「それは嫌だ」
写楽　成道（なりみち）「だろ？　 のど自慢は一ヶ月後」
写楽　成道（なりみち）「何とかして 親父を諦めさせよう」
写楽　蓮（れん）「うーん、でもどうすれば」

〇古いアパート
写楽　沙羅（さら）「ごめんねー」

〇ダイニング（食事なし）
写楽　沙羅（さら）「あなたたちがそんなに 悩んでたなんて」
写楽　沙羅（さら）「お母さんチラシ渡しちゃった」
写楽　成道（なりみち）「いや、親父には 元に戻ってもらいたいけどさ」
写楽　蓮（れん）「町の恥さらしは嫌だ」
写楽　沙羅（さら）「んー、だったらー」
写楽　沙羅（さら）「私たちでー、優勝しちゃう？」
「えっ！」
写楽　沙羅（さら）「だって、優勝って一人でしょ？」
写楽　沙羅（さら）「誰かが代わりに優勝すればいいのよ」
写楽　成道（なりみち）「でもなぁ」
写楽　蓮（れん）「歌とか」
写楽　慧（けい）「正直、自信ない」
写楽　沙羅（さら）「だいじょーぶ。　 お母さん、声楽科だったから」
写楽　慧（けい）「嘘だー、お母さんの歌なんて」
写楽　慧（けい）「聞いたことないよ」
写楽　沙羅（さら）「あらそう？」
写楽　成道（なりみち）「蓮をあやしてるときに 歌ってたよね」
写楽　成道（なりみち）「でも別にそんな上手くは」
写楽　沙羅（さら）「ああいうのは本気で 歌わないでしょー」
写楽　蓮（れん）「出場するなら プロに教わった方がいいね」
写楽　蓮（れん）「ネットでいくつか候補を探したよ」
写楽　沙羅（さら）「あーみんな 期待してないなー？」
写楽　沙羅（さら）「ちょっと歌ってみるから 聞きなさい」
写楽　沙羅（さら）「あ、でも数十年ぶりだから」
写楽　沙羅（さら）「下手だったらごめんね」
写楽　沙羅（さら）「すぅ──」

〇幻想

〇ダイニング（食事なし）
写楽　慧（けい）「す、すごい」
写楽　蓮（れん）「お母さん、なんで 主婦やってるの？」
写楽　成道（なりみち）「こりゃ優勝だわ」
写楽　沙羅（さら）「あなた達もやるのよ」
写楽　沙羅（さら）「家族なんだから 連帯責任よ！」

〇古いアパート
三人「えーー！」
　　そして、僕らとお父さんの
　　特訓が始まった

〇空

〇街中の公園
写楽　沙羅（さら）「最初は腹式呼吸よー」
写楽　沙羅（さら）「お腹を膨らませたまま 限界まで息を吸ってー」
「すうぅ──」
写楽　沙羅（さら）「お腹を膨らませたまま ながーく吐くー」
「ふぅーーーー」

〇音楽スタジオ
写楽　真如（まさゆき）（大丈夫だろうか）
写楽　真如（まさゆき）（このボイトレ教室、一回数万円だぞ）
　　なに、心配ない
　　『地獄の沙汰も金次第』
　　金だけは持っとるからな、儂
写楽　真如（まさゆき）（ならいいが。 お、あれが先生か）
ボイトレ教師「トーシロが俺の授業に来るとはな」
ボイトレ教師「金持ちの道楽かい？ 甘く見られたもんだ」
ボイトレ教師「マイケルもジャクソンもみんな この俺が教えたんだぜ？」
写楽　真如（まさゆき）（それは二人にカウントするのか？）
写楽　真如（まさゆき）「よろしくお願いします！」
ボイトレ教師「大船に乗ったつもりで タイタニックしようぜ！」
写楽　真如（まさゆき）（それは転覆してないか？）
写楽　真如（まさゆき）「頼りになります！」
ボイトレ教師「早速だがお前の歌唱力を知りたい」
ボイトレ教師「アカペラで一曲歌ってみてくれや！」
写楽　真如（まさゆき）「えっ、いきなりですか」
　　真如、儂が歌おう
写楽　真如（まさゆき）（大丈夫なのか？）
　　儂は地獄でも指折りの歌い手よ
　　まあ聞いておれ
ボイトレ教師「最初は誰でも下手なもんだぜ 恥ずかしがらずに、さあ！」
写楽　真如（まさゆき）「はい。では・・・」

〇炎
写楽　真如（まさゆき）「──────♪」
ボイトレ教師「──────！」
ボイトレ教師（このシャウト、このソウル）
ボイトレ教師（何故だ！ まるで地獄にでもいるようだぜ）
　　※　閻魔大王だからです

〇音楽スタジオ
写楽　真如（まさゆき）「ど、どうですか？」
ボイトレ教師「正直魂が震えたぜ」
ボイトレ教師「もはや授業料なんていらねぇ！」
ボイトレ教師「のど自慢までアンタを 育てさせてくれぇ！」

〇大きな公園のステージ
　　そしてのど自慢当日──
のど自慢司会「さあ始まりました のど自慢大会、2023 in 奈落町」
のど自慢司会「今年も沢山の挑戦者が 参加してくれています」
のど自慢司会「優勝して一流レストラン食事券を 手にするのは誰か！」
のど自慢司会「のど自慢大会、開始です！」

〇空

〇大きな公園のステージ
　　それは、地方ののど自慢と
　　思えないほど激しい戦いだった
参加者「──♪」
写楽　成道（なりみち）「あの男、なんか鼻につくけど 歌は上手いなー」
写楽　沙羅（さら）「いやあの女の子だって相当よ」
写楽　沙羅（さら）「アイドルだったりしたのかしら」
写楽　慧（けい）「私たち、参加していいのかな」
写楽　慧（けい）「レベルが違いすぎて・・・」
写楽　蓮（れん）「でもチャンスでもある」
写楽　蓮（れん）「僕ら以外がお父さんを 阻止してもいいわけだからね」
写楽　成道（なりみち）「確かに。なら楽しんだ方がいいか」
写楽　沙羅（さら）「あ、次私の番だー。 行ってきますー」
写楽　慧（けい）「お母さん、頑張れー！」

〇空
　　そして、お父さんの番もやってきた

〇大きな公園のステージ
ボイトレ教師「俺の技術は全て叩き込んだ」
ボイトレ教師「のど自慢大会なんか、 ただの通過点でしかねぇぜ」
ボイトレ教師「もはやテイラーもスイフトも 目じゃねぇってな！」
写楽　真如（まさゆき）（だからそれは・・・ まあいいか、この際）
写楽　真如（まさゆき）「ありがとうございました」
ボイトレ教師「観客席を今日一番沸かせるのは 間違いなく、お前だ」
写楽　真如（まさゆき）「はい！」
ボイトレ教師「ふっ、ボイトレ教師30年」
ボイトレ教師「まさかあんなおじさんに 原石が眠ってるとはな」
のど自慢司会「では、最後になりました」
のど自慢司会「76番さん、張り切ってどうぞ！」
写楽　真如（まさゆき）「76番、オリジナルソング 「Go Back to Hell」歌います！」
のど自慢司会「あのっ、オリジナル曲はちょっと・・・」
写楽　真如（まさゆき）「行くぞ！　ワン・ツー・スリー！」
写楽　真如（まさゆき）「判じる事さえ忘れた儂はー♪」
写楽　真如（まさゆき）「あの世のお荷物　部屋で内職ー♪」
写楽　成道（なりみち）「歌でアピールする つもりだったのか」
写楽　蓮（れん）「でも、これって」
のど自慢司会「76番さん、失格です」
「だよね・・・」

〇通学路
写楽　真如（まさゆき）「儂の地獄アピールが・・・」
写楽　沙羅（さら）「まあ、いいじゃないですか」
写楽　沙羅（さら）「閻魔さんの歌、とてもお上手でした」
写楽　慧（けい）「うん、曲も素敵だった」
写楽　真如（まさゆき）「そうか？　そう言われると 悪い気はせんのぅ」
写楽　成道（なりみち）「俺たちの目的も達成されたし 一安心だな、蓮」
写楽　蓮（れん）「・・・」
写楽　成道（なりみち）「どうした？」
写楽　蓮（れん）「何か見落としてる気がする」
写楽　成道（なりみち）「大丈夫だって。 お前はいつも考えすぎだよ」
写楽　真如（まさゆき）「・・・」
　　なあ、真如。お前は幸せ者じゃのう
写楽　真如（まさゆき）「なんじゃ、急に。 別に普通の家族だろう？」
　　ふふ・・・まあ、そうかもな
　　地獄アピールには失敗したが
　　まあよしとするか
写楽　真如（まさゆき）「変なやつだ」

〇大きな公園のステージ
写楽　真如（まさゆき）「地獄、地獄、今地獄に 帰ることも出来ないまま♪」
写楽　真如（まさゆき）「泣ーいーてーいたのは、エ・ン・マ♪」

〇渋谷駅前
女子高生「面白すぎて辛いー」
　　ちなみに堂々と自作曲で
　　失格となった動画は
　　プチバズりした