箱庭世界

ラム25

しみゅれーしょん(脚本)

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〇研究施設のオフィス
暦(この世界は喩えるなら小説のようなもの、いや、小説そのものだ)
暦(そして特定の登場人物が主人公に選ばれ、俺はその主人公だ。 なぜそう思うかというと・・・)
石井「・・・み、きみ、聞いてるのかね!」
暦「あぁ、すみません」
石井「しっかりしてくれ、君はチーフなんだ。優秀な科学者としてプロジェクトを牽引し・・・」
暦「はい、はい、わかりました」
石井「ったく・・・」
  上司が席に座りモニターと向き合うと、何故かコンピュータに異常が生じ、画面が暗点する。
石井「あ、あれ? なんだ急に」
暦「ああ、任せてください」
  暦は片手だけでキーボードを叩き素早く何かを打ち込む。
  すると、たちまちコンピュータは正常に動作する。
石井「おお、流石だ!」
  機嫌を良くした上司に見送られ、暦は席に戻る。
  同僚が慣れた光景を目にし、呟く。
矢坂「相変わらず間がいいな。 あんたの才能一つくらいわけろよこんちくしょう!」
暦「・・・あぁ、そうだな」
矢坂「あんたが優秀なのは陰で努力してるからなんだろうが、どうも身が入ってないよなぁ・・・ しっかりしてくれよ」
暦「はは、すまない。 ・・・あぁ、今日は雨が降るぞ」
矢坂「え? 今日は予報では・・・」
  するとぽつり、ぽつりと水滴が降り、やがて勢いが増すのが窓越しから見える。
暦(ほらな、俺が描いた脚本通りだ)
矢坂「あれ、本当だ・・・ 何で分かるんだ?」
暦「ちょっとした能力さ」
暦(俺はAIの研究の第一人者──という設定だ)
  暦は気づいていた、自分は作られた存在だということに。
  この世界は何かしら高度な次元からの強大な力によって出来ていると認識している。
  そして世界は暦の思った通りに動くという能力がある。
  クラスのいじめっ子に消えてほしいと願ったら転校した。
  ろくに努力をしなくても国立大学の主席になれた。
  AIに興味を持ったら研究機関にスカウトされた。
暦(・・・さて、妻って設定の女と娘って設定の子供が待ってる家に帰るか・・・)

〇高級マンションの一室
琥珀「あなた、お帰りなさい」
暦「ただいま。 あぁ、お風呂お湯が溢れてると思うよ」
琥珀「え? あら、ほんとだわ! 相変わらずすごい直感ね」
暦(・・・で、このあとは娘がお土産をねだるんだろ)
緋翠「お父さんおかえり! れいのぶつは?」
暦「・・・あぁ、欲しがってたチョコ」
緋翠「お父さん大好き!」
  暦にはパターンが分かるため家庭では完璧な父親を演じるなど訳なかった。
暦(・・・いつだろうな、ここが造られた世界だと気付いたのは)
暦(小学生の時宝くじで200万円当てようとして本当に当たった時?)
暦(中学のテニス全国大会で年上に圧勝した時?)
暦(いや、もっと後・・・ ・・・あぁ、あの時か)

〇大教室
  暦は幼少時から天才として知られ、両親から愛を注がれた。
  欲しいものはなんでも手に入り、望んだことはなんでも叶った。
  特に彼がこの世界の構造に気付いたのは琥珀と出会った時だった。
暦(凄い美人だな、あんな彼女がいたら人生もっと楽しいだろうな・・・ 話しかける勇気ないし声かけてくれないかなぁ)
  暦はそう願った。
  その時だった。
  目が合った。
琥珀「ねぇあなた。いつも講義一緒にいるわよね?」
暦「え、あぁ・・・」
琥珀「あなたは成績良いって聞いたわ! 私に少しだけ教えてくれない?」
暦「俺でよければいいけど」
琥珀「ほんと!? 私は琥珀、あなたは?」
暦「・・・俺は暦」
  暦はどこか浮かれられないでいた。
  あまりにも上手くいきすぎる。
  願った通りに物事が進んでしまう。
暦(嬉しいはずだけど・・・なんだかつまらない)

〇公園のベンチ
  琥珀は暦と距離を詰める一方だった。
琥珀「ねぇ、私たち相性良いと思わない?」
暦「あぁ、まあな」
琥珀「ふふ、言いたいこと分かるわよね?」
暦「・・・その、えっと」
琥珀「もう、言わせる気?  ・・・好きよ」
  出会って1週間で琥珀が告白してきて疑念は確信に固まりつつあった。

〇結婚式場のレストラン
  多くの友人に祝福されながら迎える結婚式、人生の一大イベント。
琥珀「あなた、幸せになりましょうね」
暦「・・・あぁ」
  2人は誓いの口付けを交わし、式場の盛り上がりはピークに達する。
  しかしその中で1人暦は冷静にこう考えていた。
暦(あぁ、ここは俺のために用意された世界なんだな)

〇高級マンションの一室
暦「じゃあ仕事行ってくる」
琥珀「行ってらっしゃい、あなた。 夕飯なにがいいかしら?」
暦「君の手料理ならなんでもいいよ」
琥珀「なんでもいいって言うのが一番困るのよ!」
暦「はは、すまないな。俺は幸せ者だ」
琥珀「そうよ、あなたは昔からやたら運がいいわよね」
暦(恐らく俺の能力のことを運と解釈してるな)
暦(愛しい琥珀・・・ これも妻という設定が与えられただけで自我を持たないのではないのか・・・)
  暦は琥珀に見送られつつ職場へ向かう。

〇研究施設のオフィス
暦「・・・」
  暦は黙々とタイピングしている。
  そしてコードを書き終えるとエンターキーを押す。
  プログラムは1発で動くことは稀だが、暦がエンターキーを押すと正常に動き出す。
  暦も動くことをもはや疑ってはいなかった。
暦(何故俺はこんな能力を持つんだ・・・)
暦(本当の世界はどこなんだ・・・ 俺の居場所は・・・)
  何もかも暦の思い通りに動く世界。
  暦は飽き飽きしつつも足掻く術を知らなかった。
暦(俺は本当に生きているのか・・・? あるいは生かされてる・・・)
暦(生きてるかも分からない世界なんていっそ・・・)
  その時だった。
「えー、ただいま双葉小学校に立てこもっている男は身代金として10億円を要求しており・・・」
矢坂「立てこもりか、物騒だなあ」
暦「・・・え?」
  双葉小学校、それは娘が通う小学校だった。
「人質に取られている少女は銃口を向けられており・・・」
  そして映像に映るのは緋翠だった。
暦(馬鹿な、俺の想定範囲外の出来事が起きるなど初めてのことだ!)
暦(まさか俺が変異を求めたから世界が狂ったのか!?)
  不慮の事態、これすら自分が招いたシナリオだというのか。
暦(自分の力が緋翠を危険に晒してしまった・・・!)
矢坂「な、なあ、これってあんたの娘さんじゃないか?」
暦「・・・ああ、そうだ」
暦「娘、娘のところに行かなきゃ・・・」
暦(俺のせいで娘は・・・!)
矢坂「あんたが娘さんのところに向かっても危険だ!」
  暦はそれを無視して学校へ向かう。

〇学校の校舎
  学校の前は報道陣と警察が殺到していた。
暦「通してください、娘が危ないんです!」
  暦を止める者はいなかった。
  こういうところではご都合主義という名の能力が発動するのに娘は・・・
犯人「なんだお前! それ以上寄ったら撃つぞ!」
緋翠「お父さん・・・助けて・・・」
暦「緋翠、待っててくれ。今助ける」
  しかし助ける、とは言ったが暦には案が無かった。
  いや、自分の能力で娘が危機に晒されたなら自分の能力で娘を救えばいい。
  能力を使えばこの状況を打破できる──
暦(娘を俺の能力で助けるんだ!)
  そこで暦は頭の中でシナリオを組み立てる。
  そう、例えば緋翠が一瞬の隙を突いて男に一撃浴びせる。
  その隙に男と一斉に距離を詰めて殴り、銃を奪い取り無力化させる。
  そしてハッピーエンド。よし、これでいこう。
  そう暦が思った瞬間──
緋翠「離して!」
犯人「いてっ!」
  緋翠が男の手に噛みつく。
  その瞬間暦は距離を詰め──
犯人「!」
暦(大丈夫だ、能力さえあれば! 顎を狙って拳を・・・叩き込む!)
  男の頬にストレートを食らわす。
  狙った位置に、狙った角度で。
犯人「ぐぁっ──」
  男はたまらず銃を手放す。
  暦はその銃を取り、男に向ける。
  思い描いた通りの逆転劇となった。
暦(娘を巻き込んでしまったのは腑に落ちないが、スリリングな体験だった)
暦(ただどうせならもう少し楽しみたかったな・・・ いや、俺は何を考えているんだ、平穏な日常が一番だ)
暦「緋翠、もう大丈夫だ、怖く──」
犯人「そこまでだ」
暦「!」
犯人「格好つけるのはその辺にしとけよ」
  赤髪の男が暦の後ろから銃を向けていた。
  どうやら仲間がいたらしい。
暦(くっ、今の俺は絶体絶命と呼ぶに相応しい)
暦(俺がうっすらと刺激を求めたから・・・ つまりこれも俺の能力だと言うのか・・・!)
  娘どころか自分が危機だ。
  だがこれすら自分の招いたシナリオだ。
  自分の能力に首を絞められている。
  この世界を造った誰かが暦を楽しませるために、あるいは自分が愉しむために用意した演出。
暦(くそっ、俺はピエロじゃない!)
  暦は強い不快感を抱くも、思考を切り替える。
暦(集中しろ、どれだけ危機的状況でも俺の能力なら──)
  暦が金髪の男に銃を向け、赤髪の男が暦に銃を向ける。まるでドラマのように。
暦(能力を使えばいい、たとえばこうだ)
暦「無駄だ。こうしてる間にも機動隊は近寄ってきている。 チェックメイトだ」
  あえて確信じみた言動をした。
  そうすればこのゲームは終わる。
  そして緋翠との、琥珀との日常が待っている。
暦(今回ばかりは俺も日常を望んでいる。 これでこいつらはお役御免だ。なんだ、能力を使いこなせば簡単じゃ──)
犯人「お前勘違いしてないか? そいつは端から切るつもりだった」
暦「え──」
  男は躊躇なく暦に引き金を引いた。
  鮮血と共に無様に倒れ込む。
暦(あれ・・・? まさか・・・撃たれた?)
  過呼吸気味に息をしつつ、暦は呟く。
暦「ばかな・・・こんなことのぞんで・・・」
犯人「まだ生きてたか! もう1発・・・見せしめだ!」
  響く銃声。 
  しかし銃弾は暦には命中しなかった。
緋翠「・・・かはっ」
  それは娘に命中した。
  口から血を吐き倒れる娘がスローモーションに見える。
暦(あ、あぁ・・・嘘だ、こんなの・・・ここは俺のために造られた世界なのに・・・ 俺はこんな事望んでいない・・・)
犯人「ひゃはは! こうなったらお前らも道連──あれっ?」
  銃は弾切れだった。
機動隊「今だ!」
  機動隊が一斉に距離を詰める。
犯人「う、うわぁああああ! お前ら! 寄るな! 寄るなぁああ!!」
  無様にも空砲を乱発する男。
機動隊「確保!」
犯人「くそっ! なんなんだ、まるで見計らったかのように弾が・・・!」
暦(赤髪の男は機動隊により拘束されたか)
暦(しかし自分だけでなく娘の命の危機というシチュエーションを望むまでに俺は捻じ曲がってしまったのか──)
暦(本当に怖いのは能力ではなく俺の心の闇なのではないか・・・)
  暦と緋翠はこの後救急車に運ばれるだろう。
  しかし血が止まらない。
暦(俺は心のどこかで生きることを望んでいなかった。 だがもう少しだけ・・・)
暦(せめて娘だけでもなんとか無事で──)
  暦は生きることに希望を見出した。
  暦の思い通りになる能力が発動すれば、きっと助かるだろう。
  輸血され銃弾も摘出されるはずだ。
  しかしもし・・・
  ──もしここが暦の思い通りの世界・・・造られた世界でなければ?

〇田舎の病院の病室
暦「・・・」
琥珀「あなた、目を覚まして・・・」
  病室のベッドで眠る暦の頬を琥珀が撫でる。
緋翠「お父さん、まだ起きないの?」
  娘は当たり所が良かったのだろうか、無事なようだ。
  彼の能力なのか、偶然なのかは定かではないが。
琥珀「あなた・・・ どうしてあんな・・・」
  暦の世界は本当に造られた物だったのかは分からない。
  これまでの出来事はもしかしたら植物人間の暦が見ていた夢なのかもしれない。
  あるいは暦は上手く行き過ぎて
  シミュレーテッド・リアリティという現実が空想に見える症状に苦しんでいたのではないのか。
  つまり、この世界は──

コメント

  • めちゃくちゃ読み応えのある作品ですごくよかったです!この作品は物事がうまくいかないからこそうまくいってほしいと努力し、そしてその結果に泣いたり笑ったりするという、失敗と成功の大切さを物語っている素晴らしい作品だと思いました。主人公の暦はその失敗というのを命を代償とするまで気づかなかったのだから人間誰しも、大きな岩で躓く前に、小さな石で躓き慣れておくことが大切だと、そんなことが感じ取れる作品でした。

  • ラム25さんの作品ではこの家族3人が繰り返し登場しますね。暦が自分の人生が予定調和の虚構ではないかと疑い「誰かが書く物語の中に自分がいる」と考える。それがまさに真実であることを知る読者が神の視点から物語を見守る、という多重構造が面白い。予定調和が崩れ始めて困惑する読者に突きつける最後の一文もかっこいいですね。

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