箱庭世界

ラム25

しみゅれーしょん(脚本)

箱庭世界

ラム25

今すぐ読む

箱庭世界
この作品をTapNovel形式で読もう!
この作品をTapNovel形式で読もう!

今すぐ読む

〇研究施設のオフィス
石井「・・・み、きみ、聞いてるのかね!」
暦「あぁ、石井さん。すみません」
石井「しっかりしてくれ、君はチーフなんだ。優秀な科学者としてプロジェクトを牽引し・・・」
暦「はい、わかりました」
石井「ったく・・・」
矢坂「また随分こっぴどく叱られたな。まあそれだけ期待されてるってことだが」
暦「・・・あぁ、そうだな」
矢坂「あんたは優秀なのにどうも身が入ってないよなぁ・・・しっかりしてくれよ」
暦「はは、すまない ・・・あぁ、この後雨が降るぞ」
  するとぽつり、ぽつりと水滴が降り、やがて勢いが増すのが窓越しから見える。
暦(ほらな)
矢坂「あれ、本当だ・・・ 何で分かったんだ?」
暦「ちょっとした能力さ」
暦(俺はAIの研究の第一人者──という設定だ)
  暦は気づいていた、自分は作られた存在だということに。
  この世界は何かしら高度な次元からの強大な力によって出来ていると認識している。
  そして世界は暦の思った通りに動くという能力がある。
暦(・・・さて、妻って設定の女と娘って設定の子供が待ってる家に帰るか・・・)

〇高級マンションの一室
琥珀「あなた、お帰りなさい」
暦「ただいま」
暦(・・・で、このあとは娘がお土産をねだるんだろ)
緋翠「お父さんおかえり! お土産は?」
暦「・・・あぁ、チョコでいいかな?」
緋翠「流石お父さん!」
  暦にはパターンが分かるため家庭では完璧な父親を演じるなど訳なかった。
暦(・・・いつだろうな、ここが造られた世界だと気付いたのは)
暦(・・・あぁ、あの時か)

〇大教室
  暦は幼少時から天才として知られ、両親から愛を注がれた。
  欲しいものはなんでも手に入り、望んだことはなんでも叶った。
  特に彼がこの世界の構造に気付いたのは琥珀と出会った時だった。
暦(凄い美人だな、あんな彼女がいたら人生もっと楽しいだろうな・・・話しかけてくれないかなぁ)
  暦はそう願った。
  その時だった。
  目が合った。
琥珀「ねぇあなた。いつも講義一緒にいるわよね?」
暦「え、あぁ・・・」
琥珀「あなたは成績良いって聞いたわ! 私に少しだけ教えてくれない?」
暦「あ、俺でよければいいけど・・・」
琥珀「ほんと!? 私は琥珀、あなたは?」
暦「・・・俺は暦」
  暦はどこか浮かれられないでいた。
  あまりにも上手くいきすぎる。
  願った通りに物事が進んでしまう。
暦(嬉しいはずだけど・・・なんだかつまらない)

〇公園のベンチ
琥珀「ねぇ、私たち相性良いと思わない?」
暦「あぁ、まあ」
琥珀「ふふ、言いたいこと分かるわよね?」
暦「・・・その、えっと」
琥珀「もう、言わせる気?  ・・・好き」
  出会って1週間で琥珀が告白してきて疑念は確信に固まりつつあった。

〇結婚式場のレストラン
  多くの友人に祝福されながら迎える結婚式。人生の一大イベントだった。
琥珀「あなた、幸せになりましょうね」
暦「・・・あぁ」
  2人は誓いの口付けをし、式場の盛り上がりはピークに達する。
  しかしその中で1人暦は冷静にこう考えていた。
暦(あぁ、ここは俺のために用意された世界なんだな)

〇研究施設のオフィス
暦「・・・」
  暦は黙々とタイピングしている。
  そしてコードを書き終えるとエンターキーを押す。
  プログラムは実は1発で動くことは稀で、ほぼ必ずどこかしらエラーが生じる。
  しかし暦がエンターキーを押すとプログラムは正常に動き出す。
  暦も動くことをもはや疑ってはいなかった。
暦(何故俺はこんな能力を持つんだ・・・)
暦(・・・本当の世界はどこなんだ・・・俺の居場所は・・・)
矢坂「お疲れさん、コーヒー飲むか?」
暦「あぁ、悪いな」
  何もかも暦の想定通りに動く世界。
  暦は飽き飽きしつつも足掻く術を知らなかった。
暦(俺は本当に生きているのか・・・?)
  その時だった。
「えー、ただいま双葉小学校に立てこもっている男は身代金として10億円を要求しており・・・」
矢坂「立てこもりか、物騒だなあ」
暦「・・・え?」
  双葉小学校、それは娘が通う小学校だった。
「人質に取られている少女は銃口を向けられており・・・」
  そして映像に映るのは緋翠だった。
暦(馬鹿な、俺の想定範囲外の出来事が起きるなど初めてのことだ!)
暦(・・・まさか俺が変異を求めたから世界が狂ったのか?)
  不慮の事態、これすら自分が招いたシナリオだというのか。
  自分の力が緋翠を危険に晒してしまった・・・!
矢坂「な、なあ、これってあんたの娘さんじゃないか?」
暦「・・・ああ、そうだ」
暦「娘、娘のところに行かなきゃ・・・」
矢坂「あんたが娘さんのところに向かっても危険だ!」

〇学校の校舎
  学校の前は報道陣と警察が殺到していた。
暦「通してください、娘が危ないんです!」
  暦を止める者はいなかった。
  こういうところではご都合主義という名の能力が発動するのに娘は・・・
犯人「なんだお前! それ以上寄ったら撃つぞ!」
緋翠「お父さん・・・助けて・・・」
暦「緋翠、待っててくれ。今助ける」
  しかし助ける、とは言ったが暦には案が無かった。
  いや、自分の能力で娘が危機に晒されたなら自分の能力で娘を救えばいい。
  能力を使えばこの状況を打破できる──
暦(娘を俺の能力で助けるんだ!)
  そこで暦は頭の中でシナリオを組み立てる。
  そう、例えば緋翠が一瞬の隙を突いて犯人に一撃浴びせる。
  その隙に犯人と一斉に距離を詰めて殴り、銃を奪い取り無力化させる。
  そしてハッピーエンド。よし、これでいこう。
  そう暦が思った瞬間──
緋翠「離して!」
犯人「いてっ!」
  緋翠が犯人の手に噛みつく。
  そしてその瞬間──
犯人「!」
  暦は距離を詰め、犯人の頬にストレートを食らわす。
犯人「ぐぁっ──」
  そして犯人はたまらず銃を手放す。
  暦はその銃を取り、犯人に向ける。
  思い描いた通りの逆転劇となった。
暦「緋翠、もう大丈夫だ、怖く──」
犯人「そこまでだ」
暦「!」
犯人「格好つけるのはその辺にしとけよ」
  赤髪の男が暦の後ろから銃を向けていた。
  どうやら仲間がいたらしい。
暦(くっ、今の俺は絶体絶命と呼ぶに相応しい)
  娘どころか自分が危機だ。だがこれすら自分の招いたシナリオだ。自分の能力に首を絞められている。
  あるいはこの世界を造った誰かが暦を楽しませるために用意した演出。
  暦は強い不快感を抱いた。
暦(くそっ、これですら俺の能力だというのか・・・!)
暦(集中しろ、どれだけ危機的状況でも俺の能力なら──)
  暦が金髪の男に銃を向け、赤髪の男が暦に銃を向ける。まるでドラマのように。
暦(能力を使えばいい、たとえばこうだ)
暦「無駄だ。こうしてる間にも機動隊は近寄ってきている。チェックメイトだ」
  あえて確信じみた言動をした。
  そうすればこのゲームは終わる。
  そして緋翠との、琥珀との日常が待っている。
犯人「・・・お前勘違いしてないか? そいつは端から切るつもりだった」
暦「え──」
  犯人は躊躇なく暦に引き金を引いた。
暦(あれ・・・)
暦「ばかな・・・こんなことのぞんで・・・」
犯人「まだ生きてたか! もう1発・・・」
  響く銃声。 
  しかし銃は暴発した。
緋翠「・・・かはっ」
  それは娘に命中した。
暦(あ、あぁ・・・嘘だ、こんなの・・・ここは俺のために造られた世界なのに・・・ 俺はこんな事望んでいない・・・)
犯人「ひゃはは! こうなったらお前らも道連──あれっ?」
  銃は弾切れだった。
機動隊「今だ!」
犯人「う、うわぁああああ! お前ら! 寄るな! 寄るなぁああ!!」
機動隊「確保!」
犯人「くそっ! なんなんだ、まるで見計らったかのように弾が・・・!」
  赤髪の男は機動隊により拘束された。
  娘を守れてよかった。
  しかし娘の命の危機というシチュエーションを望むまでに自分は捻じ曲がってしまったのか──
暦(本当に怖いのは能力ではなく俺の心の闇なのではないか・・・)
  暦と緋翠はこの後救急車に運ばれるだろう。
  しかし血が止まらない。
暦(俺は心のどこかで生きることを望んでいなかった。 だがもう少しだけ・・・)
暦(そして娘もなんとか無事で──)
  暦は生きることに希望を見出した。暦の思い通りになる能力が発動すれば、きっと助かるだろう。
  輸血され銃弾も摘出されるはずだ。
  しかしもし──もしここが暦の思い通りの世界・・・造られた世界でなければ?

〇田舎の病院の病室
琥珀「あなた、目を覚まして・・・」
  病室のベッドで眠る暦の頬を琥珀が撫でる。
  暦の世界は本当に造られた物だったのかは分からない。
  あるいは暦がシミュレーテッド・リアリティ(仮想現実妄想)という症状に翻弄されていたのかすら・・・

コメント

  • めちゃくちゃ読み応えのある作品ですごくよかったです!この作品は物事がうまくいかないからこそうまくいってほしいと努力し、そしてその結果に泣いたり笑ったりするという、失敗と成功の大切さを物語っている素晴らしい作品だと思いました。主人公の暦はその失敗というのを命を代償とするまで気づかなかったのだから人間誰しも、大きな岩で躓く前に、小さな石で躓き慣れておくことが大切だと、そんなことが感じ取れる作品でした。

  • ラム25さんの作品ではこの家族3人が繰り返し登場しますね。暦が自分の人生が予定調和の虚構ではないかと疑い「誰かが書く物語の中に自分がいる」と考える。それがまさに真実であることを知る読者が神の視点から物語を見守る、という多重構造が面白い。予定調和が崩れ始めて困惑する読者に突きつける最後の一文もかっこいいですね。

成分キーワード

ページTOPへ