第二話(脚本)
〇ゲームセンター
僕が籠池に来た理由はただひとつ・・・・・・どこにも行き場所がなかったから。
父親が殺人という重い罪を背負って、子供の僕に残ったのは孤独の文字だけ。
お母さんは物心つかないうちに他界してしまって、母方の祖母が独りになった僕を引き取ってくれた。
一年に一度だけ、お年玉を貰いに来る場所・・・・・・そう認知していた田舎に少しだけ期待してしまった。
環境が変わればあの軽蔑な視線、冷ややかな眼差しと聞こえる陰口をされないで済むと、そう願ってしまった。
二階堂玲央「ち、っくしょー。この配置なら絶対に取れるって思ったのに!」
二階堂玲央「隼人、あとはお前に託した。俺の千円という犠牲を糧に出来る限り落としてくれ!」
田沼隼人「が、頑張ります・・・・・・!」
二階堂玲央「た、頼んだ・・・・・・がくっ」
二階堂玲央「ふ、あははは!」
期待されてる、あの二階堂先輩から。
田沼隼人(・・・・・・嬉しい)
これには全力で応えないと。
ふふ、久しぶりのクレーンゲームだけど腕が鳴る。
この位置なら・・・・・・ワンコインで全部イケるかも。
けど、敢えて残して簡単な場所に整えてから再度先輩に挑戦して貰った方が実は盛り上がったりするかも・・・・・・ ?
でも、前者一択かな。
二階堂玲央「しっかしー、ちょっと意外だったな。まさか隼人がダラダラ・・・・・・休日を謳歌しましょうって言ってきた時は」
二階堂玲央「それでまずは手始めに大型ショッピングモールのゲーセンって。まあ、これも青春の在り方だよな」
田沼隼人「ぼ・・・・・・僕は。先輩と一緒なら、どこでも楽しめる自信が、その、あります・・・・・・!」
二階堂玲央「おお、それはそれは。嬉しいこと言ってくれるじゃーないか。うちの自慢の後輩くんはよぉ」
二階堂玲央「さーて、隼人の腕前を拝見したらちょっと休憩がてらカフェ行かないか? さっきオススメのメニュー看板を見掛てさー」
褒められた。しかも次の予定まで提案してくれるなんて。
何度も地獄を見た。苦しくて諦めかけたことだって・・・・・・。
・・・・・・
田沼隼人(でも今、この瞬間くらいは楽しんでもいいよね)
〇開けた交差点
ゲームセンターに喫茶店、春物の洋服を少し覗いてからスポーツ用品店に入った。
卓球コーナーはちょっと狭かったけど、今日だけでもたくさん笑った。
やはり先輩の存在は偉大であって、僕にとって必要不可欠。
──あの時、彼が存在しなかったら。
きっと、田沼隼人はここに居ない。あんな悲惨な想いに、耐えられなかったかもしれない。
――犯罪者の子供だからなんだよ。隼人は隼人だろ。
それよりも卓球やろうぜ、卓球は一人じゃ出来ない競技だからな。対戦でも仲間・・・・・・ダブルスでも、さぁ!
滅茶苦茶な理論でもいい。人数合わせの、幽霊部員ばかりで部活動を成り立たせるための口実に利用されたって。
僕は先輩と居たい。
叶わぬ恋でも彼が生きている未来があるのなら・・・・・・。
二階堂玲央「よっし、ちょっと早いがそろそろ帰るか。話しながら歩いて帰ろうぜ。体力の向上っていうそれっぽい動機も兼ねて」
田沼隼人「は、はい!」
来た、瞬時に脳波がピンとなった。
時刻は十六時三十二分。
運命の時まで約十分・・・・・・経験上、事故率が非常に多いので交通機関も含めて帰宅には気を付けなければいけない。
しかし、それ以外の可能性も圧倒的に考慮すべきであって・・・・・・。
二階堂玲央「なあ、隼人。すっげー突飛なこと聞くな?」
二階堂玲央「・・・・・・お前ってさ、好きなヤツとかいるの?」
田沼隼人「──え?」
それは唐突で。ただの世間話程度のことだったのかもしれない。
日当たりの良い先輩が厄介な柵を持った後輩に絡む、意味をそこまで持たない会話。
たとえ彼の頬が夕焼けの影響か、それとも別の理由で赤み掛かっているように見えても期待してはいけない。
そう、自分に宥めては言い聞かせて考える。そして回答に悩んだ末、何も出ずに彼を困らせてしまった。
田沼隼人「・・・・・・す、すみません・・・・・・ その、僕、は」
二階堂玲央「あー・・・・・・あはは。急になんだよ、って話だよな」
二階堂玲央「いや、別にたいした意味はないけどよ、つって」
二階堂玲央「・・・・・・おやおや、その反応はもしやいるな?」
田沼隼人「え、ええっと」
図星。演技力のない自分が嫌になる。
初めて、だよな。この展開に関しては。
田沼隼人(・・・・・・)
田沼隼人(・・・・・・先輩は、居るのだろうか)
田沼隼人(気にならない、と言えば嘘になる)
田沼隼人(この流れなら同じこと聞いたってバチは当たらない、よね?)
田沼隼人「せ、先輩は・・・・・・」
二階堂玲央「ん?」
優しい眼差し。僕が次を発するまで待っていてくれる。
どんどん皆は先に進んでしまうのに、彼は・・・・・・二階堂先輩だけは後ろを振り向く。
そんな先輩のことが大好きで、本当はもっと欲望が赴くままに知りたい。
田沼隼人「・・・・・・」
田沼隼人「・・・・・・先輩は、その、居ますか」
二階堂玲央「何がって言いたいところだけど。さすがに流れで察しろだよな」
二階堂玲央「・・・・・・いるよ」
田沼隼人「っ・・・・・・」
それは僕ですか。
そんな問い掛けは喉の奥に閉まった。
田沼隼人(そう、だよな・・・・・・先輩くらい素敵な人が好きな女性くらい居ても変では・・・・・・女性)
僕も、性別が違ったら、この気持ちを包み隠さなくても。
──いや、どうだろう。
どんなに見た目が変わっても、僕はきっと僕のままだから・・・・・・ 。
二階堂玲央「実は今日もいつかは届くように、神社に願掛けしてきてさ」
二階堂玲央「でも本当に効果があるのかはよく・・・・・・隼人?」
田沼隼人(嫌だ、もう聞きたくない)
先輩が誰かと結ばれるくらいなら・・・・・・もういっそ。
ガシャン。
ほんの僅かに先を歩く彼の頭に『何か』が落下する。
その鈍くて、重い鉄骨音は記憶を探る限りでは確かにあって。
僕は知っていた。
知っていたのに彼を──見殺しにした。
四月四日、午後四時四十四分。
二階堂玲央、工事現場の鉄柱落下により頭上から突き刺さり死亡。
・・・・・・それ以外の情報は全て不明。それに知ったところで意味を持たない。だって”また”始まるのだから。
〇開けた交差点
背景並びに、騒ぎ立てた人々は時間の流れに逆らうように停止した。代替えとして神様が皮肉を吐きながら降臨する。
ヨヒト「はっ、茶番だな」
田沼隼人「ヨヒト、僕・・・・・・」
未来に何が起きるのか知っていて、何もしなかった。
今回は動けなかったわけじゃない・・・・・・ 敢えて、動かなかった。
それでもあそこを通ったのは偶然で、先輩が自ら選んだ道をただ・・・・・・なんて、酷くつまらない言い訳だけが脳裏に浮かぶ。
ヨヒト「弁疏とは下らぬ愚者の戯言よ。あれだけ豪語を施して起きながら、その程度で溺れるとは嗤える」
田沼隼人「・・・・・・」
田沼隼人(・・・・・・返す言葉もない)
時が止まった、僕らの世界には変わり果てた――鉄柱ごと身体を貫かれた先輩が惨い姿で睨んでいるように見えた。
どうすれば最善だったのだろう、そんなこと考えずとも結論は一環していたというのに。
どうして僕はおぞましく、最低で、恐ろしい行動をしてしまったのだろう。
このまま永遠に、この日を繰り返せばこの彼はきっと、この腐れ切った僕だけを相手にしてくれるって。
ヨヒト「・・・・・・なにゆえ、お前は泣く?」
田沼隼人「ヨヒト、僕は・・・・・・最低な人間だ・・・・・・」
こんな僕に先輩を救う資格なんてあるのだろうか。ううん、その前に彼の隣に立つことだって許されていいのか。
田沼隼人(・・・・・・わからない)
どうしていいかとかじゃなく。続けることで正解が導けるのか、誰も、教えてくれなのに。
ならヨヒトの言う通り、諦めてしまった方がきっと楽になれ──。
ヨヒト「はぁー・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ヨヒト「・・・・・・・・・・・・」
ヨヒト「神社」
田沼隼人「・・・・・・」
田沼隼人「・・・・・・え?」
三十秒ほどの長い溜息の後、ヨヒトはぼそりと呟いた。
田沼隼人(神社、神社って・・・・・・あの?)
そういえば先輩も神社で願掛けしたって。
それにヨヒトもどこかの神社の神様だったような
田沼隼人(・・・・・・偶然、なのだろうか)
ヨヒト「ふんっ。お前の情けない顔を見るのも見飽きた。精々ありったけの思考を捻じ曲げて、ここから出ていくことに専念するのだな」
田沼隼人「え、ちょっ・・・・・・ヨヒト、それってどういう意味で」
ヨヒト「ええい、煩い!これだけ示唆を与えてやったのだ、次は・・・・・・」
ヨヒト「無いと思え」
田沼隼人「ヨ、ヨヒトー!」
僕の叫び声はぐにゃりとした視界に呆気なく潰される。この感覚、何度も何度も経験をした。
時間が──巻き、戻る。