御手紙(脚本)
〇空
「コロナで広島に来れんかった信ちゃんへ」
「修学旅行は残念じゃったね」
「散歩がてら、ちょっとだけ広島の様子を お届けします」
「今、ここは鶴見橋」
「平和大通りの一番東」
「平和大通りは、ここから西に4km位続くんじゃ」
「別名100メートル道路と言われとる」
「100メートルはね、道路の幅なんよ」
「歩道がゆったり、緑いっぱいで、実に気持ちいい」
「秋には赤や黄色の紅葉 、夜はライトアップで青や白、緑も冴えて綺麗なんじゃ」
「歩くだけでも、爽やかで飽きがこんのよ。ここを歩ける自分がうらやましい」
「広島はね、三角州にできた街じゃけ、川やら橋が多いんよね」
「まずは、ここ京橋川に鶴見橋。続いて、元安川に平和大橋」
「平和公園を過ぎると、本川に西平和大橋、その西の天満川に緑大橋」
「平和大通りの先にも、道は続いて、西には太田川放水路に新己斐(こい)橋」
「その先は、己斐(こい)。背景に山が連なる」
「逆にここ鶴見橋から東は、すぐが比治山。トンネルを抜けて猿猴(えんこう)川にかかる平和橋を渡ったらマツダスタジアム」
「来年は、声ガラガラになるまでカープの応援しような」
「ここ鶴見橋から南を見ると、やがて河口、その先には瀬戸内海」
「ビルに挟まれて、似島(にのしま)にある安芸小富士がひょっこり見える」
「なんとなくイメージ沸くかね? 後でマップ検索してみんちゃい」
「ちなみに、さっき出てきた猿猴川の猿猴いうんは、河童のことなんじゃ」
〇ツタの絡まった倉庫
「広くて大きくて癒される道。それが初めて100メートル道路を歩いた時の印象。今も変わらんけど」
「でも、広いには広い訳があるんよね」
「「建物疎開」・・・ 信ちゃん聞いたことあるかいね?」
「戦時中、爆撃で火災が拡がらんように、密集しとる家を強制的に壊して、道を作ったんと」
「作業する人が足らんけ、今で言う中学1,2年生が大勢、作業に駆り出されたんじゃ」
「ちょうど、信ちゃんと同い年くらいよね」
「何千人もの生徒が、大人に混じって、この道を作った。そして、この道のために死んだ」
「立っとるだけで汗が吹き出す真夏。 遠くから歩いて歩いて歩いて、やっとここにたどり着いた」
「やっとたどり着いたら、空がピカっと光った。次のドンという音を聞く間もなく死んだ」
「1945年 8月6日 8時15分」
「世界で初めて原子爆弾が投下された」
「その前の日の8月5日、生徒を引率する先生同士が喧嘩した」
「ずっと作業が続いちょる。このクソ暑い中、1日中じゃ」
「しかも、今日は日曜じゃろうが。ろくに飯も食えずに、生徒はもう限界じゃ」
「これじゃあ、月月火水木金金じゃ」
「国のために散々、めちゃくちゃこの子らにさせてきとる」
「非国民? なんと言われようが、明日の動員には、絶対生徒を参加させん」
「こんままじゃ、爆撃喰らう前に死んでしまうわ」
「結局、その先生が受け持つ班は、次の日休みになった」
「そして死ななかった」
「もちろん、ほとんどの先生は、国のためじゃ言うて、生徒にはかわいそうじゃが、命令どおりに参加した」
「そして死んだ」
「蟻とキリギリスのお話の蟻は、みんな、ほんまに、めでたしめでたし・・・になったんじゃろうか」
「8月5日に戻れたら、全員を避難させられたんじゃろうか・・・」
「お、平和公園に着いたで」
〇炎
「まずは、正面に噴水」
「結構な高さまで吹き上げとるんよね」
「噴水の周りを歩いたら、びちょびちょじゃ。信ちゃんら中学生は大喜びかもしれんの」
「噴水の前に、嵐の中、お母さんが2人の子をおんぶとだっこしとる銅像がある」
「あの日、引率の先生の中には、女子学生を抱き抱えて、必死に逃げて、」
「気づいたら日赤病院じゃったっちゅう話も聞いたのお」
「平和公園は、あの日の前日までは、中島本町ていう、繁華街じゃったらしい」
「今の芝生広場あたりは材木町、資料館は天神町、噴水辺りは寺だった」
「原爆慰霊碑辺りは映画館、しかも外国映画やっとったらしい」
「あの日の前日もきっと、蝉の声、電車の行き交う音、川を行く小舟の音、格子戸をあける音、」
「線香の香り、風鈴の音、朝顔の鉢植えの赤、青、紫の色、子供たちの、おはようの声 が、いつもと変わらずしとったんじゃろう」
「子供らは、川に入って水浴びしたり、魚やら蟹やら取りよったんじゃろう」
「原爆ドームとレストハウスはなんとか残って、ずっと見続けとるんよね」
「昨日の次に今日があり、今日の次に明日があるんは、幸せじゃね」
「信ちゃん、今「原爆の子の像」に着いたよ」
「全国の小中高の生徒の叫びが刻まれとる」
「いつか信ちゃんが、自分の目で見れる日が来ますように」
「ほんじゃ帰るわ、真っ赤な大きな前かけした被曝地蔵さんが、見送ってくれよる」
「地蔵さんも、あの日の前から、今日もずっと見続けてくれよるんやなあ」
「ここらは猿楽町じゃら、細工町じゃったが、 原爆で名前も消されたんかのう」
「まいったまいった」
「大切なもんは目に見えんのよ・・・誰か言いよったなぁ」
「信ちゃん、覚えとってくれえの、そんで、大切な誰かと一緒に見に来てくれたら、うれしいのお」
「ほんじゃあの、また」
こんばんは!
まずはコロナで行けなかったから案内するというのがとてもお優しいですね
方言混じりの暖かい口調でした🤗
お手紙というスタイルで、しかも語り口調のため、親しみがあるトーンですっと入ってきますね。あの日のことを伝える手段は山のようにありますが、この手法は秀逸ですね。とても素敵です!
登場人物は1人だけで終始手紙を読んでいるという形でありながら、広島の情景や悲惨な過去、そこに生きている、生きていた人々の生活がありありと見えてくるような不思議な魅力の筆致に引き込まれました☺️