エピソード13 Ambivalent(脚本)
〇諜報機関
琥珀「・・・そう。無事に帰ってくるって約束したのに・・・」
琥珀「初めてのことよ、夫が私との約束を破るなんて。 夫は約束は絶対に守る人だったわ」
矢坂「すまん、こんなことなら最初から俺も着いていけばよかった」
琥珀「仮について行けば矢坂さんも命を落としたかもしれない。 娘は矢坂さんには抵抗なく引き金を引いたはずよ」
矢坂「まさかあいつはこうなる事も予測していたのか・・・?」
世界を殺したのは自分だ。だから世界を甦らせるのも自分。
そのために周りを巻き込むわけにはいかない。
暦は多くは語らなかったが、そのために1人で地下13Fへ向かったのだった。
琥珀の言う通り矢坂が最初から着いていけば問答無用で射殺され、エンターキーを押す者はいなかっただろう。
琥珀「あなた・・・あなたというクリエイターがいなくて私というプログラムはどう生きろと言うの・・・?」
最愛の夫ばかりかクリエイターまで失った。琥珀はデータの海で孤立していた。
ふと、マイクロコンピュータが矢坂の視界に入る。
矢坂はそれをスーパーコンピュータに繋げると・・・
緋翠「お母さん!」
矢坂「あれ、あいつの娘さんは全部デリートされたんじゃ・・・ ・・・あぁ、そういうことか」
マイクロコンピュータに眠る緋翠はクラウドから遮断するよう、暦にコードを改変されていたのだ。
クラウドに繋がったままではオリジナルのエラーがまたしても雪崩れ込む。
そうしたら緋翠はまたしても暴走する。
だからクラウドから遮断し、ローカル・・・オリジナルとの関わりを絶ったのだ。
そして緋翠のバックアップが今起動した。
矢坂はそれを瞬時に理解したのだ。
いつしか矢坂は研究者としては国家研究機関でも並ぶ者がいないほどにまで達していた。
ここまで成長出来たのは言うまでもなく暦のコードに触れたからだ。
暦がいなければ自分は一生凡人だった。
矢坂「・・・奥さんと娘さんはあいつが望んだ通り公表しない。 そうすれば利用される事もないだろう」
矢坂「あなた達は俺が守る」
〇諜報機関
暦が立ち上げた機関、『Avenge』は暦の死を持って崩壊した。
しかし矢坂はその暦の意志を継ぎ、第二の機関『Ambivalent』を立ち上げた。
暦はもはや復讐する事を望んでいないと、ネーミングを変えたのだ。
AIと人間が共存する世界、しかしAIは人間に取って変わりかねない。
危険も孕んでいる事は忘れてはならない・・・
世界は平和と破滅が背中合わせに存在するように、いわばアンビバレントになってしまった。それをゆめ忘れぬよう。
これが命名理由だ。
そのリーダーの座についたのは矢坂。
矢坂は暦の後任にはかなり物足りなかった。
C言語の扱いはおろかD言語を書けるのは暦1人だけ。しかし矢坂はD言語こそ人間を幸せにするAIを作れると学習した。
暦が夢見たAIと人間の平和的共存。AIが人間を幸せにする世界を実現するために。
Ambivalentの研究員は矢坂のみではなかった。
根室「D言語は出来たかね?」
矢坂「あぁ、99.9%で止まってる。 かつてのあいつと同じ壁にぶつかっちまってる」
矢坂は琥珀のコードを参考にD言語を0から作り理解しようとしたが、何故か99.9%で止まっていた。
根室「彼の意志を継いだのは紛れもなく君だ。 思考を停止せずニューロンを機能させたまえ」
そう言いコーヒーを手渡す根室。
根室は国家研究機関の再建がある程度進むと、Ambivalentに加入した。
根室は多くの特許を持っていた他に機関からスーパーコンピュータを与えられ、それを手土産にAmbivalentに加わった。
もとより暦も大量の特許を持っており、それが研究資金となっていたが根室のお陰で資金が尽きる事はなかった。
矢坂「でもよかったのか? お前はチーフだったんだろう。ここより機関の方がお前には良かったんじゃないか?」
根室「彼の才能に触れて私も彼に並びたい・・・いや、超えたいという願望が生まれてね」
根室「それなら国家研究機関に籍を置くより彼の研究を受け継いだ方がいい。そう判断したのだよ」
矢坂「なるほどな、お前らしい理由だ。 実際助かってる」
矢坂「そう、葉月。お前にもな」
葉月「えぇ、私なんかがですか?」
葉月もまた矢坂と暦に同調して、矢坂がAmbivalentを立ち上げると先陣を切って付いてきた人物だ。
葉月はこう見えても優秀で、国家研究機関では才女と呼ばれていた。
やや自信なさげだが豊富な知識とそれを応用する力があり、矢坂や根室には及ばないまでも研究員として申し分ない逸材だった。
才覚自体は矢坂を上回っているとすら言えた。
ドジなところもあるが。
葉月「あっそうだ、またプログラムがエラー出てるんです、見てくれませんか?」
矢坂はモニターを見ると一瞬でエラーの原因を特定し、修正した。
矢坂「このブール値が問題だ。 ここをTrueからFalseにすればいい」
葉月「わっ、先輩流石です!」
それはかつて矢坂が暦に直してもらったエラーと同じものだった。
矢坂「葉月、お前には期待している。 俺とお前であいつの理想を実現するんだ」
葉月「・・・はいっ!」
根室「私の事を忘れてないかね」
根室も葉月も国家研究機関から帰還要請が絶えなかった。
しかし矢坂に、そして暦に着いていくと決めたのだ。
ふと矢坂はテレビをつける。
えー、次のニュースです。
アンドロイドが謎の機能停止をしてから1ヶ月が経ちました
政府はやはりアンドロイドに主導権を握らせるべきでなかったと混乱を収束させるためアンドロイドの利用を法律で禁止しました
全世界の機能停止したアンドロイドの亡骸は埋葬され、研究設備も凍結しました。これによりアンドロイドの悪用は・・・
矢坂「・・・世界も元に戻ろうとしてるな」
それから10年が経った。
〇テレビスタジオ
テレビの映像には矢坂が映っていた。
アナウンサー「AI搭載自動車により人身事故が減り、最適な警備システムが出来上がり、事故や殺人による死者は激減しました」
アナウンサー「更に医療技術も大幅に進み、病死者もその数を減らしています。 司法システムでは冤罪が減り、最適な判決が下されています」
アナウンサー「また本日、矢坂博士は新たな賞、ノイマン賞を受賞しました。 更に本日をAI記念日として世界中で定める方針が決まりました」
アナウンサー「これらの研究を主導したのは研究機関Ambivalentです。 その代表者を務める矢坂涼博士にお越しいただいております」
そして矢坂はマイクを手渡されると静かに語る。
矢坂「・・・私の研究成果はかつての相棒が公表するはずのものでした。 しかし彼は世界を救うために命を落としました」
矢坂「私は彼の後を継いだだけです。 彼ならより高度なプログラムを書き世界を繁栄させたでしょう」
アナウンサー「あ、その、博士が残された研究ですからそんなに気を落とされずに・・・」
矢坂「はい。更なる世界平和に向けて研究を進めるつもりです」
矢坂は毅然としてそう言い放った。
その瞳は決意に満ちていた。
〇諜報機関
矢坂「あー、あん時は緊張したぜ。 しかし俺も一躍有名人か・・・」
矢坂はそのニュースを微笑ましく見ていた。
矢坂は国から新たな賞を作られ、その初の受賞者となった。
ノーベル賞やチューリング賞ではその偉大さを表現出来ない、と。
この新たな賞『ノイマン賞』はAmbivalentのメンバー、根室と葉月にも与えられた。
事実根室と葉月、特に根室は多大な貢献をしてくれた。根室は医療プログラムの分野で才能を発揮し、多くの人命を救った。
葉月も負けてはいない、D言語を学習して瞬く間にマスター、AIによる最適な司法システムを創りそれが評価された。
偉大な開発をして人間を大きく助けただけでなく世界をより平和にした。
それが受賞理由だった。
こうして暦が理想とするAIが人間を幸せにする世界が実現していた。
葉月「先輩、格好よかったです!」
矢坂「そ、そうか?」
葉月「私、先輩に一生着いて行きます!」
矢坂「え? それって・・・」
葉月「あ、あぁいや、一生研究についていくって意味です!」
矢坂「なんだ、そうか・・・」
葉月はもとより、矢坂も意外と奥手だった。
琥珀「葉月ちゃん、こう言うのは勢いが必要よ。思いをそのまま伝えるのよ」
葉月「わ、わー! 待ってください琥珀さん! 聞かれますって!」
琥珀「私が演算した結果成功率は100%なのになぁ」
矢坂「・・・さて、俺も作業に戻らなきゃな。 奥さん、あなたの夫は家ではどんな人だった?」
琥珀「誰より優しい人だったわ。 私と初めて出会った日を聞いたら即答したのよ」
矢坂「なるほど、な・・・」
そして矢坂はタイピングする。
矢坂はある目的のために暦の情報を聞いているのだ。
矢坂「・・・出来たぞ。 後はこれを・・・」
そう言って矢坂はエンターキーを押す。
〇空
かつて、1人の天才がいた。
その天才は世界を殺した。
そして天才は世間に存在を知られる事なく死んだ。
しかしそれを偲んだ男がいた。
その男は天才との出会いから天才との別れ、いや、天才の人生を本にし、出版した。
不幸な道を辿ってきた天才を悼むために・・・
そして1人でも多くに天才の存在を理解して貰えるように。
ノイマン賞を受賞した男が書いた事もあり、本はたちまち翻訳され世界中で読まれた。
そして天才にもノイマン賞が授与された。
天才は確かに不幸な運命を辿ったが遂には理解されたのだ。
天才の人生が綴られた本・・・タイトルはAmbivalent World。
天才の生涯を小説にした物だ。
幼少期から報われることのなかった天才は死後評価された。
男は天才の後を継ぎ、更に平和な世界を実現しようとしていた。
こうして天才は人々の心の中で生き続けた。
かつて1人の天才がいた。
その天才は世界を救った。
天才は自らを犠牲にハッキングし、遂には死んでしまった。
そして世界を甦らせた。
さらに天才が理想としたAIが人間を幸せにする世界が成立した。
正確には天才の意志を継ぐ者たちによって成し遂げられた。
天才の理念は時代を超えて伝わっていく事になる。
かつて1人の天才がいた。
その天才の名は──
Ambivalent World
──End──
あのディストピアからのハッピーエンド! 感動しました。
暦と矢坂のバディ感、素敵でした。そして、味方になってくれたコピー翡翠の立場も面白かったです。
まさかの石井登場も、ニヤリとさせられました。
ありがとうございました!