エピソード9 錯覚(脚本)
〇研究機関の会議室
暦がハッキングプログラムを仕掛けていた頃・・・
石井「・・・遂にクローン人間も人口の1%を超える目処が立ったか。実に順調だ」
「それもこれも君のおかげだ。ご苦労」
そう石井を労うサミットのメンバー。・・・いや、
緋翠。
サミットのメンバーは石井によりAI化されていた。
その代わりオリジナル・・・肉体は始末した。
石井は自分に忠実になるようプログラムを改変し、移植した。
あれこれ口を出されてはたまったものではない。
そこで石井は緋翠のアンドロイドを利用したのだ。
緋翠の肉体・・・クローンにメンバーの意志を再現したAIを宿した存在。
それが”メンバー”の正体だった。
石井「奴の娘のアンドロイドに軍事力を持たせろ。 ──核を」
緋翠「了解した。 ソ連により廃棄された核弾頭を使えば問題なかろう」
石井「いや、足りないだろう。核を精製しろ」
緋翠「了解した。だが君の国は核武装への反対が根強いという。 それはどうすると言うのだ」
石井「一部は途上国にも配れ。そうやって脅威を見せつけ脅すのだ。 核武装を防衛のために正当化させろ」
緋翠「了解した」
メンバーはどこまでも石井の言うことを聞いた。
石井「それに持たせる核は飾りだ。本懐は別にある」
緋翠「ほう・・・?」
〇諜報機関
「速報です。政府はアンドロイドに小型の核を武装させる方針を明らかにしました。 これは防衛のためであり・・・」
暦「とうとう政府もここまでやるようになったか・・・」
矢坂「小型の核だと? この辺をうようよ歩いてるアンドロイドに?」
緋翠のアンドロイドは国内だけで百万はいた。人口の100人にⅠ人弱は緋翠なのである。
それらに核をもたせる。
暦「だが娘に持たせられる核の量などたかがしれている。一人一人が脅威になるとは思えん」
矢坂「じゃあ何が狙いなんだ?」
暦は少しの間目を閉じて考える。
暦「おそらく持たせている核はこけおどしだ。 だがそれで終わるとは思えない」
矢坂「こけおどし? ますます分からん。 政府は何がしたいんだ」
暦「緋翠を物理的に守る目的もあるだろうが、おそらく緋翠一人一人は核弾頭の制御権を握っている」
矢坂「つまり目に見える形で脅したいわけか」
暦のこの推測は当たっていた。
国民は緋翠に核があれば迂闊に手を出せない。
一方の緋翠は核をちらつかせつつ制御している・・・
人間を脅すことによる統制。それが石井の狙いだった。
しかもこれは上手くいった場合のシナリオだ。
緋翠が一斉に反乱を起こしたらどうなるかわからない。
下手したら世界中の緋翠が一斉に核をばらまくかもしれない。
そんな最悪の事態が暦の脳裏をよぎった。
暦「それで矢坂、収穫とはなんだ?」
矢坂「あぁ、スーパーコンピュータが問題ならスーパーコンピュータを物理的に壊しちまえばいい、そう思ったんだ」
暦「馬鹿な、スーパーコンピュータを物理的に壊すなどそんな方法が・・・」
警備ロボがいる限りそんな事は断じて出来ない。論外だった。
この警備ロボは奇しくも暦が作ったものであり、その精度は制作した本人がよく分かっていた。
矢坂「違う違う、あんたのハッキングプログラムを使うんだよ」
暦「だがハッキングプログラムは通用しなかった。はっきり言って改良点も見当たらない」
矢坂「国家研究機関にいる仲間に会ってきた。 特別に許可を取って俺を機関のスーパーコンピュータのある部屋に立入させてくれるそうだ」
矢坂「そしてUSBにあんたのハッキングプログラムを入れてそれをスーパーコンピュータに差すんだ」
緋翠「その方法ならサーバーからスーパーコンピュータの干渉を受けない。 オリジナルに直接ハック出来る・・・世界を救えると思うわ」
暦「矢坂、お前は世界を救うかもしれん」
矢坂「何言ってんだ、世界を救うのはあんたのプログラムだよ!」
矢坂「世界がこうなった発端はあんただ、だからあんたがビシッと終わらせるんだ!」
暦「・・・あぁ!」
その時電話が鳴る。
矢坂「俺だ、根室か。 あぁ、分かった、直ちに向かう」
矢坂「・・・どうやら準備が出来たらしい。 行ってくる」
暦「あぁ、国家研究機関に潜入してくれ。 今こそ娘を止める時だ」
矢坂「あぁ! 任せてくれ!」
こうして矢坂は機関に潜入することになる。
世界の命運は矢坂にかかっていた。
〇大きい研究所
矢坂「俺だ、根室」
根室、と呼ばれた男が微笑を浮かべながら語る。
根室「矢坂か。そろそろ来ると思っていたよ、入るがいい」
矢坂と根室は同期で、大学の頃からの付き合いだった。
気心の知れた関係で、暦にいつか紹介したいと思っていたほどだ。
犯罪者の息子という矢坂に対しても差別も偏見もなく平等に、対等に接した。
根室が言うには君が咎を刻んだわけではない、なんの因果がある? とのことだった。
根室「君達が機関を去ってから効率が格段に落ちてしまってね、苦労させられているよ」
矢坂「すまんな。 だがお前なら・・・」
根室「私のような天才でも多少荷が重いのは否定できない。だが私以外の研究者ではとてもじゃないが務まるまい」
そして2人は研究所へ入る。
〇実験ルーム
矢坂「相変わらず陰鬱としてるな・・・ うちのラボが言えたもんじゃないが」
根室「君が惚れた男・・・暦と言ったか。 彼のプログラムは信頼に値するのか?」
矢坂「あいつの腕は確かだ。ハッキングプログラムも1週間で作ったんだ」
根室「・・・ほう。だが天才は2人もいるまい」
根室は優秀な科学者だった。
暦が去ったあとはそのポストを埋めた人物である。
しかし天才と呼ぶには若干物足りない。
前任である暦と散々比較され、酷いと無能のレッテルを貼られた。
それでも根室は劣等感を抱く事はなかった。
根室は外観に反して、科学者としては至極真っ当と言えた。
矢坂が信頼するだけある男であった。
根室は重厚なドアの前に立つとノックする。
根室「私だ。開けたまえ」
ドアのロックが解除される。
根室と矢坂は中に入る。
そこにあるのは巨大なコンピュータ。
このコンピュータこそ緋翠のオリジナルが眠る物である。
これをハッキングする事で世界は救われる──
矢坂はUSBをスーパーコンピュータに差す。
これで終わる・・・!
モニターに緋翠が映る。
緋翠「罠にかかったわね」
矢坂「なに? どういう意味だ?」
その瞬間警報が鳴り響く。
矢坂「バカな、どういうことだ!?」
まさか根室は嵌めたのか・・・?
しかし根室も明らかに困惑していた。
どういう意味か考えていると緋翠が答える。
緋翠「ネズミがうろちょろしてると聞いてね、スーパーコンピュータのダミーを置く事にしたの。 ・・・捕まえるためにね」
緋翠「グッバイ」
そうしてモニターの映像は切れてしまった。
警備ロボが駆け寄ってくる。
根室「や、矢坂・・・君がハッキングしようとしていただなんて!」
矢坂「何を言ってる? おい、まさかお前・・・」
そして矢坂のみが警備ロボにターゲットとして認定され、連行されてしまった。
〇屋敷の牢屋
矢坂「くそっ! 根室のやつ・・・」
矢坂は床を殴る。
しかし研究所にこんな施設があるとは知らなかった。
何故こんな牢屋があるのか・・・
矢坂はとりあえず牢獄の中を探し回った。
出られるきっかけがあるかもしれない。
しかしそれは幻想だった。
どうやら誰かが開けてくれない限り出られそうにない。
いや、出られるより先に矢坂は機関に処罰・・・下手したら殺されるのではないか。
そう考えていた。
矢坂「(まさかあいつが助けに来てくれるはずもないし・・・弱ったぜ)」
カツ、カツ、と足跡がする。
ひょっとしたら死神の来訪か・・・
そう覚悟した。
根室「矢坂、私だ」
矢坂「根室、てめぇ・・・!」
自分を嘲笑いにでも来たのか?
裏切り者が・・・!
そう思った。
しかし根室は鍵を握っていた。
それを鍵穴に差すと捻り、ドアを開ける。
根室「助けに来たぞ。あのまま2人とも捕まったらそれこそ犬死にだ。 だから咄嗟に君を売るような真似をしたのだ」
矢坂「そ、そうか! まあ俺は信じてたけどな!」
根室「・・・その割に声が震えてるが」
こうして矢坂は危機を乗り切った。
根室の機転のおかげだった。
〇大きい研究所
そして矢坂と根室は研究所を脱出した。
矢坂「なぁ根室、お前もうちのラボに来いよ。 戦力不足なんだ」
根室「そうしたい気もあるが私が国家研究機関から離れたらスーパーコンピュータへの足掛かりが消えるだろう」
根室「私はこの研究所で”オリジナル”が眠るスーパーコンピュータの在処を探す。 君は君で頑張りたまえ」
矢坂「そうか・・・また会おう」
矢坂と根室は握手する。
そして矢坂は暦たちのもとに戻った。
〇諜報機関
矢坂「・・・そういうわけでしくじったんだ。 すまん」
暦「そうか・・・ スーパーコンピュータが隠されているとは・・・」
ハッキングさせて世界を救う事は難しくなってしまった。
暦達は手詰まりになってしまった。
その時電話が鳴る。
矢坂「俺だ。 あぁ、根室か。どうした? ・・・そうか、分かった」
暦「どうした?」
矢坂「いや、根室もオリジナルの在処を上層部にそれとなく聞いたがはぐらかされたそうだ」
暦「そうか・・・」
暦「スーパーコンピュータにはアクセス出来ないがデータベースにはアクセス出来る。 それでオリジナルの在処を探すか」
矢坂「そうか、あんたならそれが出来たな。 根室にはUSBを1本預けてある、あんたが見つけさえすればいい」
そして暦はデータベースにアクセスする・・・