エピソード6 浅からぬ関係(脚本)
〇高級マンションの一室
暦「・・・」
妻を失い、ただでさえ広い部屋がどこまでも広大に感じる。
暦「・・・行ってきます」
無論返事など帰ってくるはずもなかった。
〇諜報機関
暦「・・・」
矢坂「その、気の毒だったな。 すまん、なんて声をかければいいか分からない」
暦「・・・いや、大丈夫だ」
大丈夫とは言ったが明らかに暦は覇気を失っていた。
ただでさえ口数の少ない暦は一層無口になってしまった。
矢坂は沈黙に耐えきれず指をパチン、と鳴らす。
すると得意とするInternet of Things技術によりロボットがコーヒーを淹れ、持ってくる。
矢坂はロボットからコーヒーを受け取ると、ほれ、と暦に分ける。
暦もそれを受け取る。
しかし真っ暗なコーヒーを見つめ、暦は言う。
暦「・・・俺は間違っていた。 意志を持ったAI、そんなもの作るべきじゃなかった」
弱気な様子の暦に矢坂は困惑する。
矢坂「いや、悪いのは国家研究機関の奴らだ。 あんたは悪くない」
暦「作った人間に責任がある。 悪用されるリスクがあるにも関わらず思考が及ばなかった」
暦「俺が世界を狂わせたんだ・・・!」
矢坂は暦の胸ぐらを掴む。
矢坂「しっかりしてくれ! 確かにあんたが世界を狂わせたかもしれない、だが世界を救えるのは同時にあんただけなんだ!」
暦「俺なんかに世界を救うなんて無理だ。 緋翠は世界中にばら撒かれてる。 そんなの俺如きじゃどうしようもない」
暦「世界はディストピアになるんだ・・・」
矢坂は暦を殴る。
しかし暦は反応しなかった。
矢坂「・・・すまん、殴って。 だがあんたがそんなんじゃそれこそ世界はおしまいなんだ」
暦「・・・無理だ。世界中の緋翠を止めるなんてそんな術あるはずがない。 俺は世界を殺したんだ」
矢坂「・・・ったく、見損なったぜ」
矢坂はすっかり暦に失望していた。
暦なら世界を救ってくれる、そんな憧れを抱いていたが幻想だったようだ。
〇高級マンションの一室
暦「・・・ただいま」
電気がついておらず、迎えるものもいない自宅。
暦はむなしくただいま、と口にした。
暦はテレビの電源をつける。
ニュース番組が映る。
「政府はクローンの製造に巨額の資金を投じ、その規模を拡大するとのことです。 次のニュースです、アンドロイドは・・・」
次のニュース、と言ったが話題はクローンに関することであった。
あれからテレビではクローン以外の報道は激減した。
まともにテレビを見れないのも自分のせいだな、とふと暦は思った。
このように暦はすっかり自分を責めるようになってしまった。
妻の死、それすらも自分が招いたと。
琥珀の死はそれほどショックだった。
暦「こんなに絶望するのはあの時以来か・・・」
暦は緋翠の写真を眺めて言う。
娘の死からも立ち直るには時間がかかったが今回は立ち直れる気がしなかった。
家族を失った。
そういえば家族を失うのは二度目だ。
暦は回想する・・・
〇明るいリビング
暦「お父さん、解けたよ」
そう言って暦は紙を見せる。
紙には複雑な数式が書かれている。
これはマサチューセッツ工科大学の偏微分方程式の問題だった。
それを10歳の暦が解いたのだ。
「お前は才能があるかもしれん! 流石私の息子だ」
そう言い頭をなでるのは・・・
石井だった。
石井は実に嬉しそうに微笑む。
母「この子はきっと天才よ。 将来は数学者になるんじゃないかしら」
暦「ぼく数学よりプログラミングの方が好きだな。 だからプログラマーになりたい」
石井「あぁ、お前ならきっと世界でもトップレベルのプログラマーになれる。 なにせ私の息子だからな」
暦「こんなプログラム作ったんだ。 AI搭載チャットボット」
そう言い暦はノートパソコンの画面を見せる。
そしてまるで人間とするかのように自然にチャットをする。
石井「ほう、C言語をここまで使えるとは・・・ やはりお前は天才だ」
母「知能検査の結果が楽しみだわ」
科学者の父親にその優秀な助手の母。
子の暦は数学のセンスによりその期待は絶大なものだった。
しかしその検査結果は両親を酷く落胆させることになる。
〇病院の診察室
医者「お子様は言語性IQは非常に高いのですが動作性IQに遅れが見られました ・・・自閉症の疑いがあります」
石井「なに!? 自閉症だと!? どういうことだ!」
医者「あ、あくまで疑いがあるという話であって確定では・・・」
石井「原因はなんだ! どうすれば治る!」
医者「治療法はありません・・・・・・」
石井「なんだと? そんな欠陥品だったと言うのか!」
医者「原因は遺伝が考えられます」
石井「まさか私から遺伝したというのか! ふざけるな!」
医者「そこまでは言っておりません。 確かに傾向はありますがこれを特性、個性として活かしてあげれば・・・」
石井「なにが個性だ! 障害者の面倒なんかだれが見ると言うんだ!」
石井「おい、お前から遺伝したんだろう!」
母「それを言うならあなたこそ!」
石井「こんな欠陥品を産みやがって・・・!」
母「あなたから遺伝したのよ! 私は悪くないわ!」
こうして両親はどちらから遺伝したかという論争の結果離婚してしまった。
障害の疑いのある暦の面倒を見るのは嫌だったのか父親も母親も引き取りを拒否。
親戚の家に預けられる。
周囲からもすっかり手のひらを返され、暦は人付き合いが怖くなり避けるようになる。
それから少しして石井が失脚した、と聞かされた。
石井は暦が遺伝性の障害を抱えている恐れがあるため、石井にもその障害があるのではと疑われ研究機関から追放されたのだ。
それから石井は狂ったかのように、いや狂っていたのだろう、クローン人間の製造など非合法の研究を独自に始めることになる。
しかしそれが逆に国に買われ、国家研究機関に返り咲いた。
だが暦への憎しみは消えず、いつしか暦も研究者になると目障りに思いつつその利用を考えた。
そしてクローン人間の脳の代わりになるAIを作らせるため、緋翠を殺害し暦を誘導した。
そして現在に至るのである。
〇高級マンションの一室
暦「(くそ、思い出したくもない記憶が蘇ってしまった)」
天涯孤独の身になった暦。
ただでさえ落ち込んでるのに過去のトラウマまでフラッシュバックする。
暦は両親から捨てられた後も人付き合いが苦手になったため友達が出来ず、孤独だった。
学校では一言も喋らず、家では一日中PCと向き合いプログラミングをするという暗い青春時代を送った。
そんな暦にとって琥珀の存在はまさに人生を変えるものだった。
暦は明るくなり、大学でも少しは友人が出来るようになり、そして在学中にスカウトされ研究員になった。
研究所では若くしてチーフを任されてしまったことから周囲の嫉妬を買い孤立していた。
話し相手は同年代の矢坂のみだった。
矢坂はこの頃から陰ながら暦を支えていたのだ。
暦「・・・」
妻も、矢坂も、いや、石井までも自分のせいで人生が狂ってしまった・・・
暦はどこまでも深く絶望する。