エピソード46(脚本)
〇けもの道
エミリアが合流してから一週間が経った。
一行はカラカール山脈に入り、道が険しくなるにつれてあたりの景色には高地らしい高くまっすぐな木が増えていった。
道中では何度かギアーズの襲来があったものの、実力は特級クラスのニルたちはなんなく討伐していた。
倒したギアーズのパーツやコアはすべて同行しているリンド商会に回収してもらっている。
中には珍しいアイテムもあったようで、マデオはたびたびニルたちの荷馬車に来ては上機嫌に全員のことを褒めちぎっていった。
涼しい森の中、一行は優しく日差しが差し込む開けた場所に出た。
太陽は天高く昇っており、昼食のため休憩をとることになった。
アイリとエルルは荷台の縁に座り、暖かな光の中で乾燥させたパンを口に含む。
ふたりの視線の先には、草むらに座って同じように昼食をとるニルとエミリアの姿があった。
〇けもの道
エミリア「ニル、これも美味いぞ」
エミリアはちぎったパンを調味料と水にひたして、簡単なスープを作っていた。
エミリアは緩みきった笑みを浮かべ、スプーンをニルの口元に差し出す。
アイリはそんなふたりを遠くから見ながら、ムスッとしたようにパンが入った袋をぎゅっと握りしめた。
ニル「ありがとうエミリア。 でも、俺の分もあるから大丈夫だよ」
ニルはエミリアのスープを断り、手にしているパンを頬張っている。
〇けもの道
この一週間毎日繰り返される光景を見ながら、エルルはコソコソとアイリに耳打ちをする。
エルル「アイリさん、これはまずいですよ!」
アイリ「・・・なにが?」
ジトっとした視線を向けるアイリに、エルルは腕を振りまわしながら声高に言った。
エルル「しらばっくれてる場合じゃないです! このままじゃ、時間の問題ですよ」
アイリ「な、なんの話よ! 私には関係ないんじゃない?」
エルル「もう~わかってるくせに。 エミリアさんとニルさんのことですよ!」
エルルは会話中にもチラチラとふたりの方を見るアイリに呆れて、ため息をつきながら言った。
アイリはきまりが悪そうにふん、と顔をそむけた。
アイリ「私にはそんなふぬけたことにかまけてる暇はないの!」
アイリ「ほら、はやく出発の準備するわよ!」
アイリはパンが入っていた袋をくしゃっと丸めてから、荷台の縁から降りる。
そのままスタスタ歩いていくアイリの背中を見て、エルルは慌てて声をかける。
エルル「え、どこ行くんですか! アイリさん!」
エルル「・・・もう!」
エルルは自身の太ももの上で頬杖をつき、困ったようにため息を吐いた。
〇けもの道
アイリは自分の荷物がある場所に行くと、その中から武器を手入れするために砥石を取り出した。
そして腰に下げている双剣と砥石をそっと地面に置くと、1本ずつ丁寧に研ぎ始める。
しばらくの間、刃と砥石がこすれる心地よい音色が響く。
手際よく研いでいくアイリだったが、ふと手を止めると小さくため息を吐いた。
アイリ(・・・そうよ、私にはそんなことに割く時間なんてないんだから)
アイリは脳裏に、ニル・エルル・エミリアの姿を思い浮かべる。
今までアイリはずっと「仲間」と呼べるものを持たずに、ひとりで強くなってきた。
たったひとりでたくさんのギアーズと渡りあってきたからこそ、アイリは自分の強さに絶対の自信があった。
しかしその自信は、最近の数々の凶悪なギアーズとの闘い、そしてそれらを倒す本当に強い仲間を前に揺らいでいた。
アイリは初めての「自分が仲間の足を引っ張っている」という状況に焦っていた。
ニルは出会ったとき、ヴェラグニルと戦ったときから規格外に強かった。
ネームドにしか使えないかわりに、すさまじい破壊力と何物も寄せ付けない防御力を兼ね備えた右腕。
そして、数えきれないギアーズを一撃で葬れる焔滅剣ヴェラグニス。
この二つで、どんな強大な敵も倒してきた。
さらに、エルルはコレクターになったばかりだが、実力は特級コレクターレベルだろう。
おそらくメルザム中を探してもエルルに力で勝てる者はいないだろう。
アイリ自身も何度もエルルに助けられている。
そしてエミリアも、アイリよりも小さなときからコレクターとして活躍し、メルザム中のコレクターの憧れの存在だ。
ついこのあいだまで歴代最強の騎士団長と呼ばれ、数々の伝説を作ってきたメルザム最強のひとりでもある。
・・・その一方で、アイリは階級こそ特級だがそれはニルの手柄を横取りするような形で特級になっただけだ。
自分の実力はせいぜい上級の上のほうに来るくらいで、仲間たちと比べることもできないことがアイリにはよくわかっていた。
実際、ゼノンはおろか、ガルバニアスやヴェラグニルと戦ったときも、アイリはなにもできなかった。
どう考えても、今のパーティーの中で一番の足手まといは自分だろう。
アイリは悔しさにくちびるをぎゅっと噛んだ。
ずっと、ずっと自分の日常と家族を壊した奴に復讐するために死ぬ気で努力してきた。
なのに、いざ復讐相手を前にしてもまったく歯が立たなかった。
アイリはそんな自分がなによりも情けなかった。
アイリは2本の剣を研ぎ終え、ゆっくりと砥石を鞄に仕舞う。
そのとき、後ろから声をかけられた。
ニル「アイリ? そろそろ出るみたいだよ」
アイリ「っ!」
ニルに後ろから声をかけられ、アイリの身体がビクンと反応する。
ニルはアイリの反応に少し面食らった。
アイリ「あ、ニル・・・。 すぐ行くわ。ありがとう」
ニル「・・・アイリ、大丈夫?」
しかしアイリはそれには答えずにすぐに立ち上がると、荷物を持って逃げるように荷馬車の方へと向かった。
残されたニルは、アイリの背中を心配そうに見送った。
〇けもの道
メルザムを出てから10日が経った。
ここ数日はギアーズも出ず、ニルたちは荷馬車の上で暇を持て余していた。
アイリとエミリアは、マデオがギアーズ討伐のお礼にくれた珍しいアイテムをいじっていた。
アイリ「これはいったいなにかしら・・・。 小型のギアーズに見えるんだけど」
アイリはラウルのような形をした獣型の人形をいじくりながら首を傾げた。
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