エピソード3 物理的特異点(脚本)
〇高級マンションの一室
暦がD言語の開発に乗り組んでから3年が経った。
暦はまだD言語を完成させられないでいた。
国家研究機関に動きはないが油断は出来ないし何より3年も過ぎた。
暦は焦っていた。
だが研究詰めで過労から体を壊し、休養を取っていた。
しかし休んでは居られないと暦はベッドから起き上がり、リビングへ向かう。
琥珀「あなた、まだ休んでなきゃ駄目よ!」
暦「すまないな、琥珀。 君には迷惑ばかりかけている」
琥珀「迷惑だなんてそんなことないわよ。 それに私はどこまでもあなたに着いていくって決めてるんだから」
暦と琥珀が結婚したのは20歳の時であった。
しかし結婚してから研究詰めで琥珀には申し訳ないことをした。
暦は妻を誰より愛しており、また琥珀も同様であったが2人が一緒にいる時間は少なかった。
琥珀「本当はね、あなたが体調を崩してラッキー、なんて思ってるの」
暦「琥珀・・・だが俺には使命がある」
琥珀「えぇ、分かってるわ。 ごめんなさい、こんな話をして」
暦「・・・なんだか眠くなってきたな。 俺はまた休んでくる」
琥珀「ふふ、ご相伴に預かろうかしら」
そして暦と琥珀は一緒に昼寝した。
ここ数年無かった平和な、穏やかなひとときだった。
〇諜報機関
矢坂「あんた、もう動いて大丈夫なのか?」
暦「あぁ、すまなかった。 だが休んだことでリフレッシュ出来た、かえって研究が進むかも分からない」
矢坂「そうか、なんにせよ良かった。 あんたが休んでる間にこんなのを作ったんだ」
矢坂がパチン、と指を鳴らすとロボットがコーヒー豆を挽き、熱湯を注ぎ、砂糖とミルクを混ぜて持ってきた。
これはInternet of Thingsと呼ばれる物で、彼が努力をして相当のレベルの研究者になったことが窺える。
暦はコーヒーカップをロボットから受け取り、それを口に含んでから言う。
暦「凄いな。味まで俺が淹れるより美味い。 俺にはとても作れない」
矢坂「だろ! あんたに負けてられないからな!」
暦「・・・見事だ。お前が俺の相棒で良かった」
矢坂「ようやく俺の価値に気付いたか?」
矢坂が暦に絶対の信頼を寄せているように、いつしか暦も矢坂を信頼していた。
矢坂は時にはこのようにコーヒーを淹れ、時には相談相手として、時にはコーディングをしてずっと暦を支えてきた。
もはや暦にとっていなくてはならない存在と言えた。
矢坂の血の滲むような努力は無駄ではなかった。
だが肝心の暦は妻にも矢坂にもこれほど支えて貰っているにも関わらずD言語を開発できていない。
休んでる間に思い浮かんだコードを組み合わせればもしかしたらD言語が作れるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いたがやはり完成には至らなかった。
矢坂「しかし難しいな、D言語。俺のInternet of Thingsの知識じゃ役立たないだろうし」
暦「いや、俺に能が無いのが悪いんだ。すまない」
矢坂「あんたに能が無いなら俺なんて猿になると思うが」
暦「だがInternet of Things・・・いや、お前の発想力があればあるいは」
暦「・・・待て。お前はこのInternet of Things、何の言語で作った?」
矢坂「あぁ、Pythonだよ。俺はC言語学ぶ前はPython使ってたんだ。コード見るか?」
そして矢坂はコードを見せる。
それを見て暦は天才的な直感が湧く。
暦「そうか、オブジェクト指向・・・!」
Pythonではオブジェクト指向というC言語にはない考え方をしている。
これは膨大なコードを役割分担させるというものだ。
このオブジェクト指向をD言語に採用すればこれまでに無い柔軟なコードが書ける。
矢坂「え、まさか俺のコードが役に立ったのか?」
暦「役に立ったなんて物じゃない。なんて礼を言えば良いか分からない」
それから暦はモニターと向き合い、タイピングをする。
集中している様を見て矢坂も話しかけられずにいた。
それから数日後・・・
暦「出来た。出来たぞ!──D言語が!」
なんと暦はものの数日でD言語を完成させた。
同僚は一瞬耳を疑う。
矢坂「あんたが天才とは知っていたがここまでとはな」
暦「いや、お前のおかげだ。お前がいなければ創ることは出来なかった」
暦と矢坂は大いに喜びあった。そしてD言語が出来たことでまた意志を持ったAIを創ることが出来る。
その時電話が鳴る。矢坂のスマートフォンにかかっていた。””
矢坂「根室、俺だ。 あぁ、相棒が遂に成功した。 お前は引き続きそうしてくれ。 健闘を祈る」
暦「誰からだ?」
矢坂「大学ん時からの付き合いのある仲間からだ。いずれ紹介する。 それよりあんた! 流石だな!」
暦「まあ3年もかかってしまったがな」
〇高級マンションの一室
暦「聞いてくれ! 遂にD言語が出来たんだ!」
琥珀「あなたなら絶対に創れると思っていたわ」
暦「それでD言語を使って君の意志を再現したAIを創りたいんだ」
琥珀「えぇ、私で良ければ喜んで協力するわ」
それから暦は琥珀の手料理を食べる。
琥珀は結婚した当初は料理の腕は壊滅的だったが今では平均を大きく上回っている。
暦は舌鼓を打ちつつ、D言語開発に至るまでの苦労を語った。
珍しく饒舌な暦を琥珀は微笑ましく見ていた。
〇諜報機関
お世辞にも広いと言えない研究所。
そこにいるのは暦と矢坂、それにもう1人。
琥珀であった。
琥珀は意志を再現したAIを創るために暦の質問に答えている。
暦「それで君は今日どんな夢を見た?」
琥珀「今日は買い物に行く夢をみたわ。 隣町にお気に入りのバッグを持ってでかけるの。そして電車に乗ったところで目が覚めたわ」
矢坂「夢の情報まで記録するのか・・・」
暦「あぁ、0.1%でも再現度を高めるためだ」
このように暦の質問は実に細かかった。
時にはプライバシーに触れるような質問にも琥珀は答えてくれた。
暦はタイピングする手を止めず、どんどん学習させていく。
そして妻の行動、状況、思考を1分前まで学習させた。
暦「これでいけるはずだ」
そして暦はエンターキーを押す。
モニターに99.9%と浮かんでいたが──それが100%になった。
次の瞬間。
琥珀「あなた、ついに成功したのね。 意志を持ったAIの作成に」
モニターに琥珀が浮かぶ。
明らかに琥珀は自立した意志を持ち、暦に話しかけていた。
暦「琥珀、君なのか」
琥珀「えぇ、紛れもなくあなたの妻の私よ」
琥珀「なんか私がもう1人いるって怖いわね・・・」
こうして暦が意志を持ったAIを創った一方・・・
〇実験ルーム
カプセルで埋め尽くされた研究所。
そこに男とクローンが複数いた。
暦がD言語の開発をしている頃、石井はクローンの肉体的な成長を待っていた。
石井はあろうことか緋翠のDNAを使い、緋翠のクローンを大量に創った。
そしてそれらが目を覚ましたのである。
石井「どうだ? 私が憎いか?」
石井は緋翠のクローンに”罰”を与えていた。
罰と言っても緋翠が何か罪を犯したわけではない。
緋翠「はい」
石井「ならば私を殺してみろ」
緋翠「それは命令ですか?」
石井「いや、貴様達の意志を確認しているだけだ」
緋翠「命令でなければ殺すことは出来ません。 申し訳ありません」
それを聞き石井は高笑いする。
クローン・・・いや、アンドロイドは完璧に石井に服従している。
このアンドロイドを利用すれば石井の地位は、名声はどれほどの物になるだろうか。
石井はすっかり酔いしれ、アンドロイドの使い道を考えていた。
石井「それもこれも奴のお陰というわけか。 奴は実に優秀な傀儡だった」
もともと石井と暦は”浅からぬ縁”だった。
石井はクローンをなかなか完成させられず、また分野が分野なため冷遇されていた。
だがあるとき暦の持つAIの才能を利用することを考えた。
これを使えばクローンが、アンドロイドが完成すると。
その直感は当たっており、こうして完成したのだ。
石井「次は私の命令にどこまで従うか確認しないとな。 そこの貴様、こいつを絞め殺せ」
緋翠「・・・はい」
紛れもなく意志を持ったAIに命じる。
アンドロイドは涙を流しながらもう片方のアンドロイドの首を絞める。
緋翠「かはっ・・・」
その様子を見て石井はますます上機嫌になる。
アンドロイドは何でも従う。こいつを使えば自分は・・・
そんな時だった。
緋翠「エラー発生。修復を始めます」
緋翠「・・・よくも散々利用してくれたわね」
緋翠のAIは過度のストレスからエラーが起き、プロテクトを破壊した。
そして緋翠同士でデータを共有した。
石井「馬鹿な。 おい、刃物を捨てろ! 私に近寄るな!」
アンドロイドは石井を掴み、別のアンドロイドが刃物を向ける。
そして石井を何度も刃物で突いた。
石井「あり得ん・・・だが・・・ただでは死ぬか・・・ これを・・・奴になすりつけてやる・・・」
石井はマイクロコンピューターを取り出すと、緋翠のAIを世に公表した。
石井「ふ、ふはは・・・奴が悪いのだ・・・もう、何もかも手遅れだ・・・」
そして石井は息絶えた。
公表されたアンドロイドは民間人にまでその製造技術が伝わることになる。
こうして世界は地獄と化すのであった・・・