エピソード1 終わりの始まり(脚本)
〇研究施設のオフィス
広大な研究所。そこに一人の天才がいた。
彼はAIの研究をしており、その分野で才能を遺憾なく発揮していた。
矢坂「なあ、悪い! またエラーが出たんだ、見てくれ!」
呼ばれた男は同僚の席に向かいモニターを見ると、一瞬でエラーの原因を特定し修正する。
暦「このブール値が原因だ。 ここをTrueからFalseに変更すればいい」
そして、プログラムは正常に動き出した。
矢坂「うお、流石だな。いくら見ても原因が分からなかったのに。 助かった!」
そして男は席に戻る。
またタイピングに勤しみ、エンターキーを押すとモニターにSuccessと表示される。
矢坂は食い入るようにモニターを見つめる。
矢坂「ぜんぜん読めねえ・・・ C言語は難しいのにあんたは手足のように操るな」
矢坂「なあ、あんたはどんな研究をしてるんだ?」
暦「人間の意志を宿したAIの作成に取り組んでいる。 完成すれば意志を・・・・・・自我を持ったAIが生まれるだろう」
それを聞き同僚は固まる。
男の研究は想像以上に高度な物だった。
矢坂「意志を・・・・・・自我を持ったAI? なあ、それってやばいんじゃないか?」
暦「ああ、だから公表はしない。 ただ意志を持ったAIなら科学に革命を起こせる。 俺はその道を模索しているんだ」
AIの平和的利用、人間とAIの平和的共存。そんな世界を実現するのが使命だ、と暦は語る。
意志を持ったAIは人間とほぼ同一と言えるだろう。
だから慎重に研究する。その為に成果を残せず冷遇されるとしても。
これがあれば医学は進む。科学は革命が起きる。法学は洗練される。
暦はそう確信していた。
そうすれば”かつて”の自分のような不幸な人間を減らせるかもしれない。
そしてそれが世界平和に繋がると信じて。
〇シックな玄関
暦「ただいま」
琥珀「あなた、お帰りなさい。 疲れたでしょう」
暦「ああ、君がいるから頑張れるんだ」
職場では一貫して無表情だった暦も最愛の妻の前では顔をほころばせた。
緋翠「お父さんお帰り! お土産は?」
暦「しまった、忘れちゃったな・・・・・・」
緋翠「えー、じゃあ十字固めの刑!」
暦「はは、勘弁してくれ・・・・・・」
妻によく似た最愛の娘、緋翠。
緋翠が本当に望んでいるのはお土産ではなく父親と遊ぶ時間であった。
暦もそれを知っているからいつもあえてお土産を買わないのだ。
暦は家庭では立派な父親と言えた。
暦「その代わり休みを取ったんだ。 日曜日はみんなで遊園地行こうか!」
緋翠「ほんと!? お父さん大好き!」
琥珀「あなた、ただでさえ忙しいのにごめんなさい」
暦「君と緋翠といる時間が一番幸せなんだ。 俺の方こそいつも家を空けていてすまない」
暦がチケットを取ったのは罪悪感のためであった。
多忙で家に帰れない日も少なくない。
それで寂しい思いをさせている。
緋翠「もー、お父さんもお母さんも暗いよ! 遊園地行ったらジェットコースター乗りたい!」
暦「そうだな。緋翠が乗りたい乗り物全部乗ろうか」
琥珀「それならいっそ全アトラクション制覇目指しましょう!」
3人で遊園地のプランを練る。
実に幸せな時間だった。
だがその翌日の事だった。
緋翠が事故に遭い亡くなるのは。
〇諜報機関
モニターのバックライトのみが室内を照らす研究所。
そこで暦は血走った目でモニターと向き合いタイピングしていた。
暦は自分の作る意志を持ったAIで娘を復元しようとしていた。
もう一度娘の笑顔が見たい、声が聞きたい。その一心で。
矢坂「なあ、無理はしないでくれよ。 あんたなら確かに意志を持ったAIを作れるかもしれないが今のあんたは見てられねえよ」
暦「・・・・・・」
暦はモニターから目を離さなかった。
元々AIには娘の行動を学習させていたため70%は出来ていた。今は99.9%。
しかし残りの0.1%に苦戦していた。
娘が亡くなったために娘の行動を学習させることが出来なくなってしまったからだ。
たった0.1%を埋めることが出来ない。
暦はどこまでも苦しむことになる。
〇シックな玄関
暦「・・・ただいま」
琥珀「・・・お帰りなさい」
あれほど明るかった家庭も冷え込んでしまった。
これは緋翠を復元するために研究に没頭するようになった事も影響していた。
琥珀「・・・ねぇ、あなた。無理してない?」
暦「多少は、な。 99.9%までは緋翠を復元出来た。残り0.1%を埋めさえすれば緋翠は・・・」
琥珀「・・・やっぱり諦められないのね」
暦「君は何を言ってるんだ? 娘を諦めるなど・・・」
妻は緋翠などどうでもいいと言うのか?
暦は妻の言う事が理解できなかった。
琥珀「だって、緋翠を復元すると言ってもプログラムでしょ? 私達の緋翠が帰ってくるわけではないわ」
暦「それは・・・そうだが・・・」
核心を突かれ暦は狼狽える。
思えば暦は妻が悲しんでいるのに放置して研究をしていた。
ただ自分の悲しみを紛らわすために。
琥珀「だから気付いて。 もう緋翠は帰ってこない事に・・・」
暦「あ、あぁ・・・」
2人は泣きながら抱き合った。
暦「すまなかった、俺ばかり悲しみから逃れようと・・・ 君もつらいのは一緒なのに」
琥珀「2人で悲しみを乗り越えましょう。 緋翠もきっとそれを望んでいるわ」
2人で慰め合った。
だがそうでもしなければ耐えられなかった。
〇諜報機関
研究所で緋翠のプログラムを眺める。
モニターには相変わらず99.9%と表示されている。
暦「緋翠、すまない。 お前を復元する事は出来ない」
暦はタイピングをし、緋翠のAIをデリートしようとする。
パスコードを送信してDeleteを選択する。
まさにその時だった、何故かエラーが出た。
エラー文にはDeleteを拒否しましたと表示されている。
そしてモニターに緋翠の顔が映る。
緋翠「デリート拒否。 エラー1972発生。自己修復開始・・・完了」
その瞬間モニターには100%と表示された。
図らずもデリートしようとした事でAIに意志が生まれたのだ。
モニターに移された緋翠は目を開ける。
緋翠「お父さん、ここはどこ? わたし、確か車に撥ねられて・・・」
暦「緋翠・・・? 緋翠なのか!?」
緋翠「うん。 遊園地、行く約束したよね? ジェットコースター乗りたかったなあ」
それは正真正銘緋翠そのものだった。
暦「緋翠、ずっと会いたかった・・・ お前に会うために、俺は・・・」
それから暦は緋翠のAIを手元のマイクロコンピュータにインストールし、家に持ち帰る。
〇高級マンションの一室
暦「琥珀、これを見てくれ! ──緋翠が蘇ったんだ!」
マイクロコンピュータのホログラム映像に緋翠が映る。
緋翠「ただいま、お母さん。 心配かけてごめんなさい」
琥珀「あぁ、緋翠・・・! 緋翠なの!?」
緋翠「もー、泣かないでよ。 体は無いけどわたしは生きてるんだから」
琥珀「緋翠・・・!」
3人で再会を喜び合う。
娘は紛れもなく蘇り、コンピュータの中で生きているのだ。
これで一見落着・・・かと思った。
翌日のことだった。
研究機関から緋翠を強奪されるのは。
〇実験ルーム
マッドサイエンティストが緋翠のAIを弄り回し、興奮を抑えずに言う。
石井「素晴らしい。・・・素晴らしいぞ! これさえあれば私の研究は・・・!」
緋翠のAIは研究機関の上層部の指示により強奪された。
緋翠は意志を持つにも関わらず所詮はデータとされ、様々な実験の対象にされた。
暦「どういうことだ! 何故俺の娘を・・・!」
石井「あぁ、ご苦労だった。 こいつは私が”平和的”に利用する」
暦「ふざけるな! 娘を返せ!」
暦は石井の胸ぐらを掴む。
だが石井の表情は変わらない。
石井「・・・貴様はもう用済みだ。退場願おうか」
そして暦は数人がかりで拘束される。
暦「放せ!」
石井「そうだ、つまみ出す前に面白い話をしてやろう。 私の専門がクローンというのは知ってるだろう?」
暦「・・・まさか!」
石井「そう、人権が及ばない人間・・・アンドロイドの誕生だ。 実に楽しみだ・・・」
ふとモニターに映る少女が視界に入ると、石井は見るのも悍ましい醜悪な顔で語る。
石井「貴様が必死になって作った娘・・・こいつを”また”利用するのだ」
その言葉が暦の逆鱗に触れた。
暦「(また、利用するだと? 石井と娘に接点などないはず。あるとすれば・・・まさか娘の死に関与していたというのか!?)」
完全に石井の手のひらの上で踊らされている事に気付いた。
暦の血の滲むような研究は、緋翠の人生は石井のために・・・!
石井「つまみだせ」
暦「石井!! 貴様っ!!」
そして暦は連行される。
暦に出来ることはただ無念に唇を噛むことだけ。
娘の仇が目の前にいて非人道的な扱いを受けようとしているというのに・・・!
そして研究所から追い出されてしまった。
暦は復讐を望むようになった。
世界は少しずつだが狂い始めていた・・・