エピソード45(脚本)
〇高層マンションの一室
茶村和成「それで?」
俺がもう一度あの虚世(うつろよ)にあった穴のことを尋ねると、薬師寺は話を始めた。
薬師寺廉太郎「茶村、虚世がなんなのかについては覚えてる?」
茶村和成「ああ」
俺は以前、薬師寺に説明されたことを思い出す。
〇ダブルベッドの部屋
薬師寺廉太郎「虚世っていうのは、此世(このよ)と彼世(あのよ)の狭間の世界のことを言うんだ」
薬師寺廉太郎「此世と彼世の齟齬(そご)が生み出した、透明な虚無の世界・・・」
薬師寺廉太郎「此世と彼世と虚世──、怪異はそれらの世界の均衡を崩す。 すると、色々なものがおかしくなるんだよ」
〇高層マンションの一室
茶村和成「・・・って言ってたよな?」
俺の言葉に、薬師寺は満足げに頷(うなず)く。
薬師寺廉太郎「そう、虚世の役割は緩衝材のようなものなんだ」
薬師寺廉太郎「此世と彼世が直接つながってるとズレたときにお互いへの影響が大きすぎる」
薬師寺廉太郎「だから、6体の力の強い怪異が虚世を作り、影響を最小限に抑えることにしたんだ」
茶村和成「・・・6体の怪異? 虚世を作ったのは、怪異・・・?」
茶村和成「待ってくれ、怪異は此世と彼世の均衡を崩すんじゃないのか?」
薬師寺廉太郎「そういう奴らが多いけど、全員がそう望んでるわけじゃない」
薬師寺廉太郎「で、力を注ぐことでこれまでは虚世うまくいってたんだけどね~」
薬師寺廉太郎「最近虚世を維持してた内の1体が消滅しちゃって、完全な結界が維持できなくなっちゃってね」
薬師寺廉太郎「あの穴が開いたんだ」
薬師寺廉太郎「そう・・・。 虚世にあるあの穴はね、彼世へとつながる穴なんだ」
薬師寺廉太郎「一度入れば、二度と戻って来れない。 こことは違う世界の世界の入口だよ」
俺はさっき、自分の意志とは関係なく穴に向かって足が動いていたことを思い出した。
茶村和成(もし、あのまま行っていたら)
俺はゾッとして顔が青ざめた。
茶村和成「・・・でも、最近消えたってかなり大事なんじゃないのか?」
薬師寺廉太郎「まあそれ自体はねぇ。 けど、じきに別の怪異が成長してその枠を埋めるからそこまで心配しなくても大丈夫」
薬師寺廉太郎「問題はそれまであの穴がこれ以上広がらないようになんとかしなくちゃいけないってことかな」
薬師寺廉太郎「もしこのまま穴が大きくなり続ければ、いずれ虚世を飲み込んで此世と彼世の境界線がなくなっちゃうんだ」
茶村和成「・・・そうなると、なにが起こるんだ?」
薬師寺はあごに手をあてる。
薬師寺廉太郎「うーん。 いわゆる、終末とか世紀末とかってやつが訪れることになるだろうねぇ」
茶村和成「なっ・・・! それは・・・、だいぶまずいんじゃないか?」
薬師寺は困ったように笑った。
薬師寺廉太郎「うん、そうだよ。 だから俺が、なんとかしてこれ以上穴が広がらないようにしてるってわけ」
茶村和成「お前が? どうやって?」
薬師寺廉太郎「ひゃひゃ、まあ色々とね。 意外とすごいでしょ~?」
薬師寺はいつもどおりの調子でえっへんと胸を張る。
俺はそんな薬師寺に呆れた眼差しを向ける。
茶村和成「ふうん? それまではお前が世界の命運を握ってるってわけか」
薬師寺廉太郎「そういうこと~」
薬師寺は、本当に世界の命運を握っているとは思えないほどゆるみきった笑顔を見せる。
俺が呆れた目で見ていると、薬師寺は笑顔を引っ込めた。
薬師寺廉太郎「でも、俺がその役目を全うするためには、あることが必要なんだ」
茶村和成「・・・あること?」
不穏な言葉に眉をひそめると、薬師寺はゆっくりと頷いて俺の脚に手を伸ばした。
薬師寺廉太郎「それはね、茶村の癒やしだよ!」
そう言って、俺の脚をスリスリと触る薬師寺に、俺は大きくため息を吐く。
それから拳をぎゅっと握る。
茶村和成「・・・調子に乗るなっ!」
薬師寺廉太郎「いてっ」
俺は拳を薬師寺の頭にお見舞いして、着替えるためにソファから腰を上げた。
〇高層マンションの一室
翌日、日曜日の朝。
俺は快晴の中で、洗濯物を干し終わって一息吐こうとソファに腰掛けた。
そのとき、ポケットに入れていたスマートフォンが鳴る。
画面に表示されたのは、由比の名前だ。
俺は通話ボタンを押した。
茶村和成「もしもし?」
あ、茶村ー? 今日暇ぁ?
スワと暇だし映画でも行こうかって話してんだけど。
茶村も一緒にどう?
茶村和成「あー・・・」
『シンガジラ』、茶村も気になるって言ってたよな?
たしかに気になっている映画ではある。
でも今日は昨日薬師寺に話を聞いたときからなにをするか決めていた。
茶村和成「悪い、今日はちょっと行きたいとこあるから」
へぇ、どこ行くの?
茶村和成「あぁ、図書館に、ちょっとな」
図書館? なんで?
由比は不思議そうに尋ねる。
それもそうだ。
学校以外の図書館なんて、長期休みの宿題を終わらせるときくらいにしか利用しない。
茶村和成「いや・・・」
一瞬、どう言い訳をしようかと考えたが、思い直してすぐに口を開いた。
茶村和成「怪異についてちゃんと調べてみようと思ってさ」
茶村和成「図書館で調べてわかるかは謎だけど・・・」
!!
なんだよ~それなら最初から誘ってくれればよかったのに。俺たちも行くって!
由比のはずんだ声が俺には嬉しかった。
由比もスワも、俺と一緒にいることを嫌がってない。
じゃあ図書館行ったあとに映画行こうぜ。
映画が始まんの16時半くらいだし
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