亀と雨の逃避行(脚本)
〇駅前広場
──明日は、高校生活最後の体育祭だ。
青春の大事な一ページと言っても過言ではない、重要なイベントだ。
それにも関わらず、今、俺は──
『雨』と呼ばれている彼女、陽子と一緒に高松行きの夜行バスが来るのを横浜駅で待っている。
今夜、高松行きの夜行バスに乗車してしまったら、明日の体育祭には絶対に間に合わないだろう。
雨(陽子)「早くバス来ないかな。楽しみだね、亀」
亀「亀って呼ぶな」
雨(陽子)「仕方ないじゃない。猫田って呼ぶよりも、亀の方がしっくりくるんだから」
雨(陽子)「それに亀だって、私を雨って呼んでるんだから、お互い様でしょ」
──品行方正で、今まで皆勤賞だったこの俺が、友達の家に泊まると両親に嘘をついてまで、体育祭をサボろうとしているのは、
この『亀』という不名誉なあだ名のせいだ。
〇教室
今までの人生、俺は猫田という苗字と、顔が猫っぽくて足が長いせいで
「すばしっこくて、足が速そう」という先入観を持たれてきた。
だけど、その先入観はいつも体育の陸上科目の時に砕け散るのだ。
〇グラウンドのトラック
──なぜなら、俺は本当に信じられないくらい、足が遅いからだ。
どうしてこんなに遅いのか、自分でも不思議で仕方がない。
あまりにも、あまりにも遅すぎてついたのが、この『亀』というあだ名なのだ。
〇駅前広場
俺は中学生時代までは、体育祭が嫌いだった。俺がみんなの足を引っ張り、俺がいたクラスは一度も優勝したことはなかった。
当時のクラスメイトから白い目で見られた記憶を思い出すと・・・あぁ、しんどい。
雨(陽子)「辛気臭い顔ね。今更体育祭をサボるのが、嫌になっちゃったわけ?」
亀(猫田)「そんなことはないけど・・・」
雨(陽子)「そりゃそうよね。だって、明日の体育祭は私がいないんだから!」
この太陽みたいに明るくケラケラと笑う雨とは、三年間同じクラスで、部活も同じ美術部だ。
〇学校の校舎
──彼女は学校では『雨』というあだ名で呼ばれている。
なぜ、『雨』と呼ばれているか。
〇学校の校舎
簡単なことだ、彼女が出席する学校行事は必ず雨になるからだ。
最初は『雨女』と呼ばれていたが、女子たちが『雨ちゃん』と呼ぶようになってから、男子からも『雨』と呼ばれるようになった。
──雨女なんてどこにでもいる、と思うかも知れないが、彼女は本物だ。
〇雑居ビル
学校行事だけではなく、部活仲間でどこか遊びに行く時も、彼女がいると必ず雨が降る。
〇遊園地の広場
彼女曰く、家族旅行も今までの人生、すべて雨だそうだ。
〇教室の教壇
そんな彼女から、
雨(陽子)「今夜、夜行バスに乗って二人で香川に行かない?」
と誘われたのは、今日の昼休みの出来事だった。
あまりにも突拍子もない雨の言葉に呆気に取られていると、彼女はスマホの天気予報アプリを俺に見せてきた。
雨(陽子)「これ見て。天気予報、明日は横浜の降水確率90%なんだって」
亀(猫田)「それがどうした」
雨(陽子)「私、閃いちゃったのよ」
雨(陽子)「──もしかしたら、この雨雲を引き離せるんじゃないかって!」
亀(猫田)「はぁ?」
雨(陽子)「明日、香川は降水確率0%なの」
雨(陽子)「これで私が香川に行って、横浜は晴れて、香川で雨が降ったら、私は正真正銘の雨女って証明できると思わない?」
亀(猫田)「馬鹿馬鹿しい」
雨(陽子)「・・・私、このクラス好きなのよ。だから、高校生活最後の体育祭、みんなに良い思い出を作って欲しいの」
雨(陽子)「私のせいで学校行事、二年連続、すべて雨だったから」
雨(陽子)「遠足と文化祭は雨でも実施できたけど、体育祭は二年連続中止だったでしょ?だから最後の体育祭は晴れさせたいの」
亀(猫田)「事情はわかったけど、俺は関係ないだろ」
雨(陽子)「亀、あんた分かってんの?」
雨(陽子)「私が本当に雨女だったら、明日は快晴になるのよ」
雨(陽子)「つまり、あんたも体育祭にでなきゃいけないのよ?」
雨のその一言を聞いて、冷や汗がたらりと流れた。
高校生になってから、体育祭は雨天中止だったため、今まで味わってきた”あの苦しみ”を回避してきた。
──しかし、もし、明日晴れてしまったら・・・。
雨(陽子)「それと、亀。あんたがいたクラスって、今まで一度も優勝したことないんでしょ?」
亀(猫田)「まぁ、そうだけど・・・」
雨(陽子)「明日、亀がいたら私たちのクラス、絶対負けちゃうじゃない」
亀(猫田)「事実だとしても、傷付くからはっきり言うな!」
雨(陽子)「まぁ、でも、これではっきりしたわね」
亀(猫田)「何がだよ」
雨(陽子)「私と亀で、明日の体育祭はみんなに良い思い出を作らせてあげようよ」
雨(陽子)「私たち二人が欠席すれば、体育祭成功間違いなしだよ」
雨(陽子)「──だから、亀。二人でサボっちゃおうよ、ね?」
雨(陽子)「・・・それに、流石の私も一人じゃ寂しいし」
亀(猫田)「・・・」
〇駅前広場
──こうして、俺は雨の誘いにのせられて、夜行バスを待っている。
雨(陽子)「・・・もし、明日、本当に体育祭が晴れたら、」
雨(陽子)「私は卒業式もどこか遠くに行こうかな。入学式も雨だったから」
亀(猫田)「・・・じゃあ、その時は北海道に行こう」
雨(陽子)「亀は別に卒業式はサボる必要ないじゃない」
亀(猫田)「俺は亀だからな、晴れよりも雨が好きなんだよ」
雨(陽子)「何それ、馬鹿みたい!!」
〇観光バスの中
雨がケラケラと笑ったと同時に、夜行バスがきたので二人で乗り込んだ。
──もう、後には戻れない。
朝には雨が降りしきる香川に到着しているだろう。
『亀』というあだ名は本当に不名誉だ。
・・・だけど、隣の席で気持ち良さそうに眠る雨を見ていたら、
こんなあだ名に感謝してしまいそうになったのは、万年経っても誰にも秘密だ。
クラスメイトの思い出を大切にしたい気持ちと、実験的な楽しさが伝わってきました。
なんとなくですが、二人の旅行ってちょっと楽しみなのかな?って思いました。
雨の心情が細やかに描かれていて心に響きます。クラスが大好きで良い思い出を作りたい、でも自分がいるとそれが叶わない、そしてそれを受け止めながら明るく振る舞う。健気ですね。せめて香川で美味しいうどんを食べて笑顔になってほしいですね。
果たして香川に雨が降ったのかどうかが気になりますが、そう言えば香川は雨が少ないそうです。香川では雨が降ろうが、でっかい商店街があって、うどん屋がいっぱいですから二人は楽しめたでしょうね笑