閉じてゆく場所

ikaru_sakae

エピソード1(脚本)

閉じてゆく場所

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〇アーケード商店街
  滅びにむかうこの国では、多くのものが閉じてゆく
  終わりゆくもの。崩れゆくもの
  家族、という言葉は。ここではもう、過去のものだ
  僕のここでの役割は、最後に消え残る声なき光を、
  この目でひとり見届ける
  そのために僕はここにいる
  そして今日もまた、
  終わりに向かうひとつの場所が、
  しずかに遠くで僕を呼ぶ
  ・・・それでは、行こうか
  今日いく場所は、真冬のとある地方都市
  厳しい冬の寒さに耐えかねて、多くの人たちはすでにその都市を離れた。
  残っているのは、年寄りたちだ。
  そういった、もう置き忘れられた名もない場所が。今また、僕を呼んでいる──

〇開けた高速道路
  年末さいごのこの日、夕方から降り始めた雨は、夜に入って雪に変わろうとしている
  山に囲まれた地方都市。夜に入って冷え込みは、いっそう厳しくなってきている
  水のよどんだ古い水路のそばに、その目的の家は建っていた
  ふりしきるみぞれ雪の向こう、1階の窓には、暖かな明かりが見えている

〇古い本
  峰沢房枝(みねざわ・ふさえ)
  82才。現在この家にひとり暮らしだ
  ここ数年、少し認知症の症状も出ている
  もともと綺麗好きで、整理整頓にも熱心だったが
  近頃では、家の中は多くの物があちこち散らばり、雑然としている
  おそらく今日、僕をここに呼んだのは この人だろう
リンネ「こんばんは」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「まあまあ! 帰ったのね! 待っていたわよぉ!」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「道中、長かったでしょう。さ、入って入って」
  いまこの人の目には、僕は息子の「浩司(こうじ)」に見えている
  これは僕の能力だ。
  僕を呼んだその人は、いつも僕のことを、その人が見たい姿でそこに見ている
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「さあさあ、さっそくご飯にしましょう。お腹すいたでしょう?」
リンネ「そうだね。少し、すいたかな」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「あなたの好きな、べったら漬けの美味しいのがあるのよ。かやくごはんも、炊けてるわ」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「あとそう、あとでいいから、仏壇のお父さんに挨拶してね」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「きっと父さんも、あんたのこと、待ってたと思うのよ」
リンネ「わかった。 あとで、あいさつしておくよ」
  本物の浩司(こうじ)は、いま、家族で南国のリゾートに長期旅行に行っている
  「せっかくの休みに、またあのしけた田舎に戻るなんて、無理だね」と、
  笑って妻に話していたようだ
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「でも、あれ、あんたひとりなの?」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「ほかのみんなは、来なかったのかい?」
リンネ「うん。ちょっと、いろいろ用事があってね。一緒に来るのは無理だったんだ」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「そう。じゃ、帰りはいっぱい、おみやげを持って帰ってあげないとねぇ」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「多賀野さんから、作りたての「ごろごろコンニャク」の大玉を、いっぱいもらったの」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「あれ持って帰ると、みんなぜったい喜ぶよぉ」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「あとそう。あんたの好きな「日高軒」の「ゆう餅」。たくさん買っておいてあるのよぉ」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「あとでたくさん、食べてねぇ。おいしいお茶も、入れましょうねぇ」
リンネ「うん。ありがとう。ほんとに、いろいろ」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「あと、お風呂もちゃんと沸かしてるからね。あとでゆっくり、お湯につかりなよ」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「今年はぜったい誰か戻ると思って。ぜんぶ、いろいろ、準備しておいたんだからねぇ」
リンネ「ありがとう、かあさん」
リンネ「食事のあとに、ゆっくりお湯につからせてもらうよ」
  僕が言う言葉は、その人がいちばん聴きたい言葉だ
  僕には、相手の求めるその言葉を。そのまま語る力があるのだ
  心のこもらぬ嘘の言葉だ、偽善だと言う人もいるだろう
  その点については、否定はしない
  だけどこれは、この場を閉じる儀式の一部だ
  僕はここで、ただ、自分がやるべきそのことを。ただ、淡々とこなすのみ
  それはもちろん、この人に向けた同情、なんかじゃない
  それはこの場所に向けた、リスペクト
  ひとつの場所が、これまでつむいできた とてもささやかに光る何かに、
  僕から差し出す、僕なりの礼儀なのだ。

〇時計
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「それで、あんたはいつまで、こっちにいられるの?」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「お正月は、ゆっくりできるのかい?」
リンネ「そうだね」
リンネ「今回は長めに休暇がとれたから、」
リンネ「しばらく、こっちにいようと思うんだ」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「そりゃよかったねぇ。よかったよぉ」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「おせちもいっぱい、作ってあるからね」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「ひとりじゃとっても、食べきれないと思っていたけど」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「あんたがいてくれたら、いっぱい食べてくれるものねぇ」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「おもちも、いっぱい買ったのよ。たくさん食べて、ゆっくり体を休めていってね」
リンネ「うん。 ありがとう、かあさん」
リンネ「やっぱりこの家で過ごす正月が、」
リンネ「いちばんゆっくりできるから」
リンネ「明日は、一緒に初参りに行こう」
リンネ「そのあと、父さんのお墓にも、少しは寄ろうと思っているよ」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「それはいいねぇ。きっとあの人も、喜ぶよぉ!」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「・・・・・・いた、いたたたた」
リンネ「どうかしたの、かあさん?」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「いやね、またちょっと、頭が痛くなってきた」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「なんだか、秋から、頭が痛んでしょうがないのよ。少し横になると、治るのだけど」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「やっぱり年には勝てないねぇ」
リンネ「もう休んだ方がいいよ、かあさん」
リンネ「ゆっくり休んで。 ストーブの火の始末とかは、」
リンネ「ぼくがあとで、全部やっておく」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「そうかい。すまないねぇ」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「じゃ、お言葉に甘えて、休ませてもらおうかね」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「でもよかった。かあさんちょっと、ほっとしたわ」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「あんたが帰ってきてくれて。明日は、家族で、あったかいお正月をむかえられるよ」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「それが何より、いちばん、ありがたいことだと。この年になると、思うのよ」
リンネ「そうだね」
リンネ「わかる気がするよ」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「それじゃあ、あんたも、ほどほどで休んで」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「明日、もし雪が止んだら、」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「そしたら二人で、城址公園の散歩にも行きたいねぇ」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「あとは、そうねえ、湯山神社にも。お参りに行って。それから、」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「ちょっぴり足をのばして、奥沢の温泉にも、つかりにいきたいねぇ」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「家族でいつも、よく行っていたねぇ」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「まるで昨日のことみたいに、今でも思いだせるのよ」
リンネ「・・・そうだね」
リンネ「じゃ、もう休んだ方がいい」
リンネ「明日がきたら。きっと、また、」
リンネ「いろいろ家族で。たくさんの場所へ」
リンネ「みんなで、ゆっくり。昔みたいに、ね」
リンネ「だからもう、何も心配しないで休むといい」
リンネ「明日はきっと。母さんにとって素晴らしい新年がやってくる」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「・・・そうだねぇ。じゃ、わたしはもう休むわよ」
峰澤房枝(みねざわ・ふさえ)「おやすみ、浩司。また明日ね」
リンネ「おやすみ」
リンネ「また明日」
  雪はますます強さを増して、眠りゆくこの町に降り積もる
  そして僕はもう知っている
  あの人はもう、このあと二度と目を覚ますことはないのだと
  ひとつの場所が、終わりゆく
  壊れてゆく家族の。最後のきずなが
  いま、時たちが降らせる雪の中で
  少しずつとけて、閉じてゆく
  僕はただ、それを見守る
  僕がそれを見届ける
  そこに意味があるのか、と。
  人々は言うのかもしれないが
  どうだろう。その答えは、
  今でも僕にもわからない。

〇黒背景
  雪はけして止むこともなく、
  古びた街に降り積もる
  滅びに向かうこの国の、
  いま崩れてゆく この名前のない街で
  ひとつの場所が、いま閉じてゆく
  それは悲しむべきことなのか
  それは悼むべきことなのか
  答えは僕にも、わからない
  ただ僕は、自分のここでの役割を
  しずかに果たしてゆくのみだ
  ただ今、僕に言えるのは
  僕はそういった小さな場所たちが
  なぜか好きだということだ
  だから僕はここにいる
  家族が消えゆくこの街に、
  このあとどれだけ雪が降り、
  深く埋もれて、滅びてゆくのか
  あるいはここにも、朝が来るのか
  それは僕も、まだ知らない
  僕の名は、リンネ。
  場所を閉じる、役目をもった存在だ
  僕はこれからも、閉じてゆく
  そしてその場所たちを、見守るだろう
  明日も、そして次の日も
  家族がほころび、風と虚無の中に吹き消えてゆく、
  いま滅びゆくこの国の、どこかの街で。
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  原案・制作  ikaru_sakae
  Thank you for watching...

コメント

  • 「その人が一番聞きたい言葉を儀式の一部として言う」とのリンネの役割に美学を感じます。その人の人生を終わらせるのではなく、あくまでも「物語が紡がれた場所を閉じる」という描き方が新鮮で心に響きました。

  • 哀れさの中に温かいものを感じました。家族関係の崩壊は諸行無常という言葉には当てはまらないかもしれませんが、リンネがその場所を嫌いになれない理由は、そこに確かな歴史を感じるからなのだと思いました。

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