ゴールのその先へ(脚本)
〇集落の入口
ずっと、その背中を見て育ってきた。
村の女性「本当に、隆二君は凄いわね。この前の陸上大会でも、全国で一位だったんでしょう?」
佐藤隆二「僕なんて、まだまだですよ。もっと、上を目指さないと」
兄は、この過疎化の進む村の希望としてもてはやされている。
高校の教師も、道行く老人も、両親すらも俺の存在など見えてはいないようだ。
佐藤隆二「和満、早く行こう。灯台まで、競争だ」
佐藤和満「あ、待ってよ」
だが、兄だけは構ってくれる。それが、余計に嫉妬心を逆撫でるとも気づかずに。
兄の背中を追って、灯台まで走る。
普段からジョギングぐらいはしているとはいえ、灯台は遥か先に見える。流石に、この距離はきつい。
息が切れるのを感じながら、俺は必死に足を動かした。
〇断崖絶壁
佐藤隆二「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・着いたぞ!」
佐藤和満「ぜぇ・・・・・・うん、そうだね・・・・・・」
灯台に着く頃には、すっかり汗だくになっていた。
水分補給を行いつつ、兄は自分の夢を語りだす。
佐藤隆二「俺は将来、絶対に誰よりも速い陸上選手になるんだ! オリンピックにも出て、金メダルを取ってやる!」
佐藤和満「すごいなぁ・・・・・・」
これが夢物語にならないところが、兄の凄いところだ。
一方の俺は、将来のことなど何も考えていない。ただ漠然と、過ごしているだけだ。
佐藤和満「夢・・・・・・か」
ふとした呟きに、兄ははっとした表情をする。
それは、俺が事故で脚を失って陸上選手になることを諦めたことを知っているからだ。
今は、義足で生活をしている。日常用の義足だから走るのには向いていないが、ある程度は走ることも出来る。
スポーツ用の義足を手に入れる余裕は無いし、必要も無い。
何故なら俺はもう、陸上レーンを走るつもりは無いからだ。
佐藤隆二「和満、すまない。つい、昔のようなつもりで走ってしまって・・・・・・」
佐藤和満「いいんだよ。それよりさ、爺ちゃんの育てた野菜食ってみたか?」
佐藤隆二「え、ああ・・・・・・まだ、食べていないが」
佐藤和満「あれが、くっそ不味くてさ。爺ちゃんには悪いけど、腐っていたんじゃないかな?」
佐藤隆二「おいおい、あんまり爺ちゃんを悪く言うなよ」
佐藤和満「だって、爺ちゃん。自分は食べないくせに、人に勧めるんだぜ」
佐藤和満「おかげで、腹を壊して大変だったよ」
佐藤隆二「ははは、そりゃ災難だったな」
こういう空気の時は、くだらない話をするに限る。
俺は兄に嫉妬すると共に、その存在を誇らしくも思っていた。
きっと夢を叶えて、俺をオリンピックまで連れて行ってくれると信じていた。
そう、あの時までは。
〇病院の診察室
佐藤隆二「余命、半年ですか・・・・・・」
医者「うむ。残念じゃが、手術に耐えられる体力が無い。それに、この病気は非常に進行速度が速くてな」
佐藤隆二「つまり、手遅れだと」
医者「・・・・・・そうじゃ」
医者の言葉を聞いて、両親は泣き崩れた。
兄は、涙を流すことは無かったが茫然自失と言った様子で固まっていた。
佐藤和満「兄さん・・・・・・」
そんな兄の姿を見て、俺は何も言えなかった。
まるで自分に起こった出来事かのように、ショックを受けて黙り込むしか無かった。
〇集落の入口
佐藤隆二「和満、俺と灯台まで競争してくれないか?」
佐藤和満「え?」
それは、兄の余命が残り三か月を切った頃だった。病院を抜け出して、俺に会いに来たのだ。
死ぬ前にやりたいことはもう何も無いと言い切っていた兄が、最後に俺に頼んだこと。それが、共に走ることだった。
佐藤和満「駄目だよ、兄さん。無理したら、身体に堪えるし」
佐藤隆二「頼む、聞いてくれ。これが終わったら、もう走ることはしないから」
佐藤和満「・・・・・・分かった」
佐藤隆二「絶対に、手を抜かないでくれ」
そう言うと、兄は灯台に向けて走り出した。
俺も、その後に続く。当然のことだが、兄がまともに走れる訳が無い。
どんどんと、距離が離れて行ってしまう。
〇断崖絶壁
佐藤和満「兄さん!!」
灯台の手前で、耐えかねて振り返る。
兄は汗だくで、ゆっくりと灯台に向かって歩いていた。
佐藤和満「どうして、こんな無理をしたんだ。走れないって、分かっているのに」
佐藤隆二「はは。舐めてもらっては困るな、和満。俺は、勝つつもりだったぞ」
佐藤和満「そんな、身体で・・・・・・」
佐藤隆二「でもこんなザマだが、走ってみて良かったよ」
佐藤和満「何が、良かっただよ。どうするんだよ、病気が悪化したら」
佐藤隆二「和満の気持ちが、分かった気がする」
佐藤和満「どういうこと?」
佐藤隆二「ずっと、前を走っていたから分からなかった。こんなに、後ろを走るのが辛いなんて」
佐藤隆二「悔しくて悔しくて、怒りも湧いてきた」
佐藤和満「兄さん、違う。俺は・・・・・・!」
医者「おい、こんな所で何をしとるんじゃ!」
佐藤隆二「先生・・・・・・」
それは、兄を担当している医者だった。
散々小言を言われた挙句、兄は病院へと連れ戻されてしまった。
〇黒背景
それから三か月、奇跡など起こる訳もなく兄は死んだ。
だけど、俺は未だにその背中を追っていた。
〇競技場のトラック
この、パラリンピックの陸上レーンの上で。
「和満選手、日本新記録です!」
歓声の中、俺はゴールの先を見つめている。
そこには、以前と変わらぬ兄の背中があった。
それは目標でもあり、尊敬する兄の姿だ。
どの兄弟にも兄弟だからこその複雑な関係性や心情がありますよね。それぞれの思いが短い物語に集約されていて感銘を受けました。兄を失ってもその背中を追い続ける和満の決意が、隆二の人生や死が無駄ではなかったことの証ですね。
私には姉がいます。小さい頃ずっと背中を追っていました。姉が優勝したり有名になると誇らしく思ったことを覚えています。このお話にすごく共感しました。兄亡き後に弟が走り始めたこともとても理解できると感じました。