エピソード1(脚本)
〇ライブハウスの入口
ライブハウス『絶対☆音域』
〇ライブハウスのステージ
松山紫苑「次は私達だよ!」
「せーのっ!」
「マジで倒れる五秒前!」
「世界一守りたくなる、ひ弱アイドル『ぺぇる☆ぃえろー』ですっ!」
「はぁ~フラフラぁ~」
ステージに立つ二人の決めポーズに、観客席から大きな声援が上がる。
ステージ右側に立つ松山紫苑(まつやましおん)が、客席に向かって声をかける。
松山紫苑「自己紹介いきます! ・・・今日寒くても!」
三寒しおん!
松山紫苑「貴方のハートを温めちゃう! しーちゃんこと、松山紫苑でーす」
大野菜々美「ひゅー! じゃ、菜々美もいきまーす」
大野菜々美「はい、ちょっぴり強気な!」
ななみ節!
大野菜々美「たこやきかけるの!」
かつお節!
大野菜々美「くいしんぼう担当のナナミンゴこと、大野菜々美(おおのななみ)でーす!」
大野菜々美「プリンがあれば何杯でもごはんいけまーす」
松山紫苑「偏食過ぎ!」
松山紫苑「大きなお友達のみんなは、野菜もとってね☆」
大野菜々美「でも菜々美ね、プリンに醤油は合わないと思う」
大野菜々美「あんなの全然ウニじゃないじゃん? やっぱりさぁ──」
松山紫苑「はいはい」
松山紫苑「では、お聞きください。 『恋はモルヒネ☆魔法のエンドルフィン』です!」
大野菜々美「あ、ちょっと!」
〇ライブハウスの控室
マネージャー「二人ともおつかれっ!」
松山紫苑「どーも~」
大野菜々美「うえーい!」
松山紫苑「あー! 疲れた~」
大野菜々美「何言ってるの! 紫苑は全く!」
大野菜々美「もし自分たちだけでライブ出来るようになったらこんなもんじゃないよ!?」
松山紫苑「そーいう菜々美も、プリンの下り引っ張り過ぎじゃない?」
大野菜々美「え? ・・・そう?」
松山紫苑「しかもプリンに醤油って何アピール?」
松山紫苑「もっと言うことあるでしょ。 ギャップ見せるとかさ」
大野菜々美「そう? じゃ、次は変えよ」
大野菜々美「あ、てかさ、今度ゴムボートに乗って客席まわるのとか面白くない?」
大野菜々美「『集中治療』とか言って」
松山紫苑「え! それいい! やろやろ!」
マネージャー「なに、反省会? 二人ともすっかりプロだね~」
松山紫苑「北澤(きたざわ)さん! いや、反省会っていうか・・・」
マネージャー「ふふ。いいよ、いいよ」
マネージャー「紫苑はずいぶん成長したな。 前はあんなにアイドルをバカにしてたのに」
松山紫苑「やだ~、もうやめてください~」
マネージャー「覚えてる? あの日のこと」
松山紫苑「え・・・? それは──」
〇黒
忘れる筈は無い
私の人生は、あの日を境に百八十度変わったのだから
〇白
アングラ☆リーガル
〇電器街
半年前──
〇繁華街の大通り
電気屋の袋を抱えた紫苑(しおん)は、電話しながら秋葉原の街並みを歩いていた。
松山紫苑「ごめんなさい。 今日、門限に間に合わなさそう」
松山紫苑「え? ああ、授業で使うやつ買いに来てて」
松山紫苑「秋葉原。 すぐ帰るから・・・ごめんなさい」
北澤瑛士「ねぇ、ちょっと説明会来てくれるだけでもいいからさ、お願い!」
女子高生「嫌です!」
北澤瑛士「君、絶対アイドル向いてるよ」
女子高生「興味無いですって! 放して下さい!」
松山紫苑「もしもし? え、何? うるさくて聞こえない」
北澤瑛士「まってよ! お願い! ねぇねぇねぇってばぁ! ねーぇえ!」
松山紫苑「本当だって! 遊びに行ってる訳ないでしょ!」
松山紫苑「それ、通行人の声! じゃ、切るね。はい──」
北澤瑛士「俺を助けると思ってさ!! 一生のお願い!」
女子高生「やめて! 誰か!! 助けて!」
松山紫苑「ちょっとお兄さん!」
北澤瑛士「えっ? なに?」
松山紫苑「路上での執拗な勧誘は、東京都の迷惑防止条例違反に該当する・・・可能性がありますよ」
松山紫苑「逮捕、されてもいいんですか?」
北澤瑛士「え、逮捕!?」
女子高生「あの、ありがとうございました!」
松山紫苑「いえ」
松山紫苑「職業としてスカウトをされている方なら知っておくべき事項です」
北澤瑛士「・・・・・・」
松山紫苑「所属されている会社の評判にも関わる事かと思いますし、一度そういった自己の業務に関する法律は学ばれた方が──」
北澤瑛士「・・・見つけた」
北澤瑛士「本物! 見つけたよ!」
松山紫苑「え?」
北澤瑛士「ねえ、君、やってみない?」
松山紫苑「キャバクラですか? 私、そういうのはちょっと・・・」
北澤瑛士「キャバクラじゃない! アイドルだよ!」
松山紫苑「・・・アイドル?」
北澤瑛士「興味ない?」
松山紫苑「見たことはあります。 ホコ天で踊ってる子達」
松山紫苑「何か・・・気持ち悪かったです!」
北澤瑛士「気持ち悪い?」
松山紫苑「だってそうじゃないですか。 露出度高い服着て、男に媚びて・・・」
松山紫苑「あーいうの、一番苦手な人種です」
北澤瑛士「そうかな? やってみたら楽しいと思うよ」
北澤瑛士「可愛い格好してステージに立って、皆が君の笑顔を求めて劇場に来てくれる」
北澤瑛士「気持ちいいぞ~」
松山紫苑「ホント興味無いです。 私、堅実な大学生なんで・・・じゃ」
北澤瑛士「え、大学生なの? 部活は?」
松山紫苑「ですから・・・」
北澤瑛士「ごめんごめん」
北澤瑛士「あのさ、大学生でバイトや部活感覚でやってる子いっぱいいるからさ、良かったら一度見学来てみてよ」
北澤瑛士「より充実した学生生活になると思うよ。 そうだ、名刺・・・」
松山紫苑「いいです。勉強も忙しいし・・・」
北澤瑛士「まぁ、受け取っといて! 秋葉来場記念に! じゃあね!」
松山紫苑「私がアイドル!? 無い無い」
『株式会社ふぁんしいぱれっと 北澤瑛士(きたざわえいじ)』
紫苑は目を細めると、名刺に顔を近づけて読みづらそうに眉をひそめる。
松山紫苑「きたざわ・・・えいじ?」
松山紫苑「・・・って、あれ? 私のメガネ!」
松山紫苑「あいつ、窃盗罪!」