第3話 北の刻印(脚本)
〇雑誌編集部
七ツ森ヤオコ「鑑識の結果が出たよー!」
翌日。事務所で仕事をしていると、姉のヤオコが飛び込んできました。
七ツ森ヤオコ「被害者の傷口にねじ込まれていたのは、亜鉛、アンチモン、錫(スズ)の合金で・・・その昔は『活字合金』と・・・」
七ツ森アドミ「やっぱり!」
七ツ森ヤオコ「そう! アドミちゃん、アンタの言うとおり、あの金属棒は『活字』だったんだよ!」
七ツ森ヤオコ「・・・ところで、この四角いハンコみたいな『活字』ってやつ、だけど、どうやって使ってたんだい?」
七ツ森アドミ「え・・・そこから? 説明が必要なの?」
七ツ森ヤオコ「うん。聞くは一時の恥聞かぬは末代の恥! 教えて! いよっ! 特別技術捜査協力者!」
七ツ森アドミ「『活字』というのは昔の『活版印刷』で使われてたもので、」
七ツ森アドミ「職人が『活字』を1文字ずつ手で集めて、印刷用の《版》を作ったの」
七ツ森ヤオコ「え、手で一文字ずつ? ジグソーパズルみたい。 めっちゃ大変じゃん!」
七ツ森アドミ「まさに。採字とか文選っていうんだけど、日本語は活字の種類が膨大だから、活字棚を歩き回りながら活字を拾った」
七ツ森ヤオコ「へー、手と足を使って! 大変だったんだねえ。 こういう活字は今も使われてるのかい?」
七ツ森アドミ「今はもう」
七ツ森アドミ「戦後、光学的・機械的な写真植字《写植》が普及したし、昭和の終わりにパソコンを使ったDTPが普及したから・・・」
七ツ森ヤオコ「なるほど。で、昨日の『活字』だけど・・・アンタの言う通り文字が刻まれていたそうよ。刻まれていたのは『星』」
七ツ森アドミ「『星』・・・」
星まるお「どもー、おはース」
そのとき、出勤してきたのは、アメディオ装幀事務所の社長、星まるおさんです。
七ツ森ヤオコ「星さん! あなたが犯人ね! 逮捕します!」
星まるお「え!? どういうこと? いやいやいや」
七ツ森ヤオコ「遺留品の『星』の字が何よりの証拠です!」
星まるお「手錠はやめてください、お姉さん」
七ツ森アドミ「お姉ちゃん! 冗談ははそれくらいにして、被害者の身元はわかったの?」
七ツ森ヤオコ「そうそう。えっと、被害者は元大学講師の『川元海道(かわもと・かいどう)』。 78歳」
七ツ森ヤオコ「北海道三樽別町出身、札幌開拓大学卒。その前は出版社の経営者。知ってる?」
七ツ森アドミ「川元で出版社って、川元書林?」
星まるお「川元書林か。評判は良くはないですね。計画倒産で借金を踏み倒したり、会社を乗っ取ったり。自費出版でも訴えられてたな」
七ツ森ヤオコ「じゃあ、川元を恨んでいる人は・・・」
星まるお「まあ、多いでしょうね」
星まるお「儲かるならヘイト本でも、ゴシップ本でも、ネットのコピペ本でも、何でも出すし、って感じですね・・・」
七ツ森ヤオコ「なるほど。ところでアドミ氏、もう一つの遺留品・・・例の本を読んでみて、どうだった?」
七ツ森アドミ「うーん、詩集『星のうた』、内容については、何ていうか、どう形容していいかわからない、観念的な詩集なんだけど・・・」
七ツ森ヤオコ「これコピーね」
ヤオコ姉さんは、バッグからコピー用紙の束を取り出しました。
星まるお「え、何これすげえ! 現代の字体とはどれも似ていない見たことない字体! 珍しい。 このフォント欲しい!」
七ツ森アドミ「そう。やっぱり特筆すべきは、不思議な魅力を持つこのフォントなんですよね」
七ツ森ヤオコ「それと・・・ここ「あとがき」と「奥付」のページが・・・破りとられてるんだよね」
七ツ森アドミ「本当だ。なんで破ったんだろう?」
七ツ森アドミ「犯人が、何かを隠すため・・・出版社や作者の名前は表紙にも載ってる」
七ツ森アドミ「ということは、奥付にしかない情報、たとえば・・・」
七ツ森ヤオコ「・・・ちょっと待って、ボスから電話。はい! ボスボス? ええ。新宿花畑神社で身元不明の男性の死体!? また本と活字?」
「え!?」
〇神社の本殿
七ツ森ヤオコ「遺体の上には本が残され、被害者は活字を握ってた・・・昨日の事件と同様に」
七ツ森アドミ「同一犯っていうことか」
七ツ森ヤオコ「そゆこと。本庁捜査一課はこの2件を連続殺人事件と見て、今日にも捜査本部を立ち上げる予定だよ」
七ツ森アドミ「今度は絞殺・・・?」
七ツ森ヤオコ「多分ね。まあ監察医さんにお見立てよろしくって感じだな・・・上林氏、遺留品はあるかい」
このスーツのおじさんは、上林警部補。ヤオコ姉さんの部下で、叩き上げの刑事さんだそうです。
上林「七ツ森警部! こちら、活字の金属片です。 本もすぐお持ちします」
あわただしく行き交う捜査員たちの中で、ヤオコ姉さんは明らかに場違いに見えます。
七ツ森アドミ「ぷふふ」
七ツ森ヤオコ「どした、アドミ氏」
七ツ森アドミ「ふふふ。ごめん。なんかお姉ちゃんが歳上の捜査員にテキパキ指示してるのが可笑しくって。親と娘みたいに見えるのに」
七ツ森ヤオコ「ふん。私だって年相応に見られたいぞ。ほい、これ。次の活字・・・刻まれた文字は」
七ツ森アドミ「【北】・・・!?」
七ツ森ヤオコ「【星】と【北】。どう思うかい、アドミ氏」
七ツ森アドミ「北星、北極星、北斗七星・・・これが連続殺人であることのアピールかもしれない。 だとしたら、あと何人で終わるのか・・・」
七ツ森ヤオコ「さあね。 案外、そこまで考えてなかったりして」
上林「これが、遺体の上に置かれていた遺留品の本です」
七ツ森ヤオコ「ありがとう。えーっと、『北海道積丹半島の竜神伝説』? 研究書かな? 作者は・・・?」
ヤオコ姉さんから手渡された本を見て、私は驚きました。
七ツ森アドミ「えっ、作者・・・川元海道・・・って」
七ツ森ヤオコ「前の被害者・・・若い頃に、こんな真面目な本を出してたとはね」
七ツ森アドミ「紙の退色の具合や、仮名遣いからすると、戦後しばらく、昭和30年前後ってとこかな・・・」
七ツ森ヤオコ「さすが、古書マニア。本の中身はどうだい」
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