Story#2626:秘密の主とあの悪夢(脚本)
〇豪華なリビングダイニング
胸に組み込まれた結晶回路が拍動する。またどこかに怪物が出たらしい。
遠隔透視で現場を見る。まだ変化していないようだが、梨先生は警戒している。
フレデリック「我が主、秘密の主、インカル・サーシャよ」
フレデリック「その神威を以て我に神装、纏わせよ!」
サーシャ(ZZZ)
フレデリック「・・・・・・あの、サーシャさん?」
どうやら眠っているようだ。
〇教室の教壇
俺がサーシャと契約したのは二年前、14の時だった。
フレデリック(兄さんはやっぱりカッコいいなあ)
近所のお兄さんがシリウスBを共有者に持つエリクシアで、時折市街にやってくる怪物を討伐し、街の平和を守ってくれていた。
だが、お兄さんはあるときから心を病んで、街を守ることが出来なくなった。
フレデリック(これからは、俺が街を守るんだ)
そして、秘密の主、プレアデスのサーシャと契約した。
〇歯車
フレデリック「うわ、またこの夢か」
契約してしばらく経ったある夜、奇妙な夢を見るようになった。
マジックミラーの向こうから、一塊になってもがき苦しむ人々を見つめるだけ。それだけの夢だったが、実に苦痛だった。
フレデリック「これは夢だ、覚めろ覚めろ」
夢だと知りつつそう唱えても、夢は覚めずに拡がっていく。
フレデリック「どうしたらこの夢を終わらせられるんだろう」
ずっと考えていたが、分からなかった。
〇豪華なリビングダイニング
転機が来たのは一ヶ月程経った頃だった。
ナタリア「初めまして。私は、新しくこの街の調停官に着任したナタリア・ラピスです」
新任の地区担当官としてやってきた梨先生に、俺は悪夢のことを相談した。
フレデリック「──という夢を、サーシャと契約してから見るようになって。夢だとは分かっているんですが、あまりにリアルで怖いんです」
ナタリア「そうですか。どうにか出来ないか、あなたの主サーシャさんに聞いてみますね」
サーシャ「何か?」
ナタリア「──という夢を、彼は貴方と契約してからずっと見ているそうですが、何か心当たりはありますか?」
秘密の主サーシャは、しばらく考えてから答えた。
サーシャ「契約者エリクシアになった者には、宿命があるのです。主たるマスターと夢を共有し解きほぐす宿命が」
サーシャ「いつか、私の夢を理解出来るようになる。その時、あなたと私は真の共有者になるのです」
その時は意味が分からなかった。
〇教室の教壇
フレデリック「うーん、共有する夢の解法かあ」
俺は、ずっとこの悪夢とサーシャの関係について考えていた。
フレデリック「分からん!ちょっとサーシャ、ヒントくれない?」
サーシャ「答えに直結するようなヒントは出せませんよ。自分で考えるのに疲れたなら、先生に聞いてみたらどうですか?」
こんな答えだろうと予想はしていた。
フレデリック「分かった!梨先生に聞いてみる」
そして梨先生からは、意外な言葉を聞くことになる。
〇カラフルな宇宙空間
フレデリック「あの、梨先生。エリクシアとしてマスターと契約して見る夢って、どうしてこんなに悪夢なんでしょう」
俺は梨先生に悪夢のことを相談した。
ナタリア「ああ。それはですね、マスターが人だった頃に捨てざるを得なかった夢だからですよ」
フレデリック「希望が、絶望に?」
ナタリア「はい。そしてマスターと契約した人間は、その”絶望”を再び”希望”に練り直さなければならないのです」
フレデリック「それを達成した人は、どうなるんですか?」
梨先生は、意外な言葉を口にした。
ナタリア「悪夢の中の地獄を消し去り、地獄に堕ちた人々を救い、アセンションを果たしてマスターとなります」
『一つ先の未来世で、ですが』
〇歯車
慣れない悪夢。もがき苦しむ人々を、マジックミラーの向こうから見つめているだけの。
ナタリア「サーシャの夢を、知っていますか?」
昼間、聞いた言葉を思い出す。
ナタリア「彼女の夢は、”言葉の通じない夢”でした」
曰く、サーシャはその最後の人生を、宇宙連合の司令官として生きたという。
”司令官”と言えば聞こえは良いが、思想の違いから言葉の通じない人たちとの戦いの日々だったらしい。
フレデリック「俺に何が出来る?俺はどうしたら良い?」
考え倦ねて疲れ果て、空を見上げて呟いたその時、どこかから声がした。
「”思いをカタチに”」
フレデリック「え、今の」
サーシャの声だ。確かに聞こえた。
〇教室の教壇
フレデリック「思いをカタチに、か」
自己表現せよ、という事だろうか。
フレデリック(でも、芸術的才能なんて無いしなあ。どうしよう)
サーシャ「日記を付けてはどうですか?」
サーシャ「起きている間の出来事に集中すれば、夢と現実の区別が付くようになるでしょう」
フレデリック「区別を付けないと、どうなるの?」
サーシャは静かに答えた。
サーシャ「あの夢の世界は、実在する聖霊界の階層の一つです。永遠に近い時に灼かれる、続く懲罰の世界。救うべき、最下層の次元の人々です」
サーシャ「以前、この街を守っていた圭介・トミー・九曜さんは、自己表現が苦手な方で、正面からあの世界とぶつかってしまいました」
フレデリック「・・・・・・」
その先は、聞かなくても分かる。ぶつかって、砕けてしまったのだ。
〇本棚のある部屋
フレデリック「お久しぶりです。九曜兄さん」
休みの初日の金曜日、俺は兄さんに会いに行った。単純に伝えたいことがあったからだ。
九曜「今は、お前が街を守っているんだったな。どうだ、最近の調子は」
フレデリック「まあまあです。兄さんこそ元気でしたか?」
しばらく他愛もない話をした後、俺はあの夢と日記から得た答えを兄さんに言う。
フレデリック「兄さんは、まだあの世界の幻覚を見てるんですよね。あの世界の事ですが」
兄さんの表情が険しくなったが、俺は言葉を続けた。
フレデリック「あの世界の人々は、”救うべき”人々です。彼らを救えるのは真実だけ。真実を心に描き続けていれば、きっと明日は変わります」
兄さんはしばらく黙って俺の言葉を聞いていたが、やがて口を開いた。
九曜「・・・・・・で、お前は、それをわざわざ伝えに来たのか?」
フレデリック「はい」
俺の答えを聞くと、兄さんは笑い出した。すっきりした、というように。
気が付くと、俺も笑っていた。
〇豪華なリビングダイニング
胸に組み込まれた結晶回路が拍動する。また、どこかに怪物が出たらしい。
遠隔透視で現場を見る。まだ変化していないが、梨先生は警戒している。
フレデリック「我が主、秘密の主、インカル・サーシャよ」
フレデリック「その神威を以て我に神装、纏わせよ!」
サーシャ「・・・・・・」
サーシャ「大人になりましたね」
サーシャは、微笑んでいた。