エピソード38(脚本)
〇牢獄
ニルは困惑したまま、予想外の提案に焦りを覚える。
ニル「で、でもいくらブッシュバウム家が借りを作らないとはいえ・・・エミリアさんはそれでいいんですか?」
エミリア「わっ、私だっていくら家訓とはいえ誰にでもこんな提案をするわけじゃないぞ!」
ニル「それならなんで・・・?」
エミリア「うっ・・・」
エミリアは言葉を詰まらせ、ニルから視線を逸した。
それから、羞恥(しゅうち)をにじませた声で言う。
エミリア「・・・私がお前と結婚したいからだ。 言わせるな、恥ずかしい」
ニル「えっ・・・な・・・えっ!?」
エミリアの頬も耳も、熟れたリンゴのように赤い。
ニルもつられて赤くなってしまった。
エミリア「か、かか勘違いするな! 私としてもお前でなければならない理由があるのだ!」
エミリアは昂ぶる気を落ち着かせるようにふぅ、とひとつ息をつくと語りだした。
エミリア「・・・実は、ブッシュバウム家の女性には「自分より強い男としか結婚できない」という掟があるのだ」
エミリア「私も小さい頃は、自分もいずれ誰かとめぐりあい、結婚して子供をもうけるものだと思っていたのだが・・・」
エミリア「自分で言うのもなんだが、私は女の血筋では稀(まれ)に見る力と才能があった」
エミリア「厳しい修練を積まされていくうちに、気がつくと私より強い男は誰もいなくなっていてな・・・」
エミリアは過去の話を始めたことで少し冷静になったのか、落ち着きを取り戻しつつあった。
エミリア「もちろん、メタリカ騎士団の団長としての仕事はやりがいがあるし、今の自分に不満があるわけではないのだが・・・」
エミリア「たまに思うのだ」
エミリア「もし私が結婚して、子供を作って、家庭を築く道を歩んでいたらどうなっていたのだろうな、と」
エミリア「だからお前の噂を聞いたときもしかしたら、と思ったんだ」
エミリア「こんな私でもまだ普通の女性としての幸せを得ることができるんじゃないかとな」
エミリア「・・・しかしお前はあっさりと私に敗れ、私の願いは露と消えたかに見えた」
ニルはエミリアと決闘したときのことを思い出す。
エミリアがニルに対して「本気で来い」と激怒していたのはそんな理由があったのか。
エミリア「だがどうだ? 真のお前は私が敵わなかった敵を一撃で葬ることができるほど強い男だった!」
エミリアはニルに微笑んでから、牢屋の鉄格子に手をかけた。
顔を伏せたかと思うと、鉄格子を握る拳に力が入る。
バッと上げたエミリアの表情は真剣そのものだった。
エミリア「これは私に残された最後のチャンスだ。 それを評議会の連中の都合で潰されてたまるものか!」
エミリア「ニル、もう一度言う。 私と結婚してくれないか・・・?」
ニル「・・・なるほど」
エミリアの主張を聞いて、ニルは頷(うなず)く。
エミリアは伝えたいことを言い切りスッキリした表情の反面、返事が気になってしかたがない様子でそわそわとしている。
しばし沈黙の時間が続き、エミリアはニルの顔色をうかがう。
エミリア「その・・・私じゃ嫌か?」
ニル「いいえ、嫌じゃありません」
エミリア「じゃあ・・・!」
ニル「でも、結婚はできません」
キッパリと告げられたその言葉に、エミリアは呆気(あっけ)にとられた。
納得いかないというように、エミリアは唇を噛みしめる。
エミリア「・・・なぜだ」
ニルはエミリアの表情を見て苦笑した。
ニル「俺のせいでエミリアさんとブッシュバウム家に迷惑をかけるわけにはいきませんから」
エミリア「迷惑なものか! 私がしたいから・・・」
ニル「それでも、です」
真剣な表情でニルはエミリアを見る。
無言で見つめあっていたふたりだったが、エミリアがふっと息を漏らした。
エミリア「・・・どこまでも優しいな、お前は」
すっと伸びたエミリアの手がニルの頭をわしゃわしゃとなでる。
ニルは驚きながらもその手を止めようとはせず、エミリアが頭をなでやすいように少し顔を伏せた。
ニル(なんか、ギルを思い出すなぁ)
そんなことを思っているうちに、エミリアの手がニルの頭から離れる。
エミリア「だが、私は諦めないぞ」
ニル「え————」
ニルが顔をあげると、エミリアの顔がすぐ近くにあった。
そのままエミリアの唇がニルの額に柔らかく押し当てられる。
ニルが目を見開いて動揺の声を出す前に、エミリアはさっと背を向ける。
エミリア「またな、ニル」
エミリアは振り返るそぶりなく、まっすぐと歩を進める。
ニルは呆気に取られたまま、エミリアの遠ざかる足音を聞いていた。
〇西洋風の部屋
アイリとエルルは、ニル奪還の作戦を立てるためにアイリの家に来ていた。
しかし、出てくる案は机上の空論としか呼びようがないものばかりで、ふたりの作戦会議は難航している。
エルル「それじゃあ、私がハンマーで牢屋までの壁を破って、ニルさんのところへ行くのはどうですか!」
アイリ「だめよ。そんな方法じゃすぐにバレるわ」
アイリ「それに、もしアンタが捕まればメイザスさんだってただじゃすまない」
はあ、とアイリがため息を吐く。
一向に作戦は固まらず、もどかしさだけが募る。
それはエルルも同じ気持ちだったんだろう。エルルは泣きそうな声で叫んだ。
エルル「じゃあどうしたら・・・このままじゃニルさんは処刑されてしまいます!」
アイリ「それを今考えてるんでしょ!」
思わず強く言ってしまったアイリは、その直後にハッとしてうつむく。
エルル「・・・ごめんなさい」
アイリ「・・・いえ、私も、弱気なことを言ってしまってごめんなさい・・・」
ふたりに重苦しい雰囲気がのしかかる。お互いなにも言えずにいた。
そのときだった。
何者かの気配を感じて、アイリとエルルは同時に窓の方をバッと向く。
目を合わせて頷(うなず)きあったあと、立てかけていた武器を取りふたりは窓へと歩み寄っていく。
アイリは手早く窓を開けると、少し後ろに下がって剣を構えた。
アイリ「隠れても無駄よ。出てきなさい」
数秒の緊張と沈黙のあと、フード付きのマントに身を包んだ人物が窓を越えて部屋の中に入ってくる。
「さすがですね」とつぶやいた謎の人物は、声色からして男のようだ。
アイリとエルルが警戒を強めると、バサリと男がマントを脱ぐ。
そこには見覚えのある男が立っていた。
アイリ「アンタは・・・」
エドガー「ご無沙汰しております。 エドガー・アルベルト・ブッシュバウムです」
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