エピソード44(脚本)
〇高層マンションの一室
今日は土曜日、学校も休みだ。
午後の3時頃、俺は空手の練習を終え、薬師寺の家に帰ってきていた。
茶村和成「ただいまー」
リビングの扉を開けたが、家主の姿はない。
いつもなら「おかえり~」と間延びした声が飛んでくるのに、今日は静かだ。
茶村和成「・・・出かけてるのか?」
声を漏らしながら荷物を置く。
手を洗おうと一歩足を踏み出すと、すぐに家主を発見した。
薬師寺はソファの上で、すやすやと穏やかに眠っている。
その手に文庫本が握られているのを見ると、おそらく本を読んでいる最中にうとうとしてしまったのだろう。
俺は寝室から薄手のブランケットを持ってきて、薬師寺にかけてやった。
薬師寺はすこし寒かったのか、ブランケットを手繰り寄せ、くるまるように体勢をかえる。
茶村和成「・・・ふ」
笑いを漏らすと、のんきに眠っている薬師寺の顔が近くに見える場所にしゃがむ。
疲れているのだろうか。
薬師寺は一向に起きる気配なく眠り続けている。
薬師寺は時々、家を留守にすることがある。
いつもフラッといなくなって、いつのまにか帰ってきている。
期間もまちまちで、1日で帰ってくる時もあれば1週間以上帰ってこない時もある。
1週間ほど前も、泊りがけで出かけていた。
あいつはいつもどこに行っているのか言わないし、俺も別に聞かなった。
おそらく『怪異探偵』がらみだと思うがどこに行ってるのだろう・・・。
よく考えてみると、俺は薬師寺のことをなにも知らない。
どこに行っているのかどころか、薬師寺が何者でどうして俺の高校にいるのかすら知らないのだ。
わかっているのは薬師寺が『怪異』というものにとても詳しいこと。
そしてあの狐面をつけると、『怪異』を存在ごと消し去ることができる、ということだけだ。
薬師寺はいったい何者なんだろう。
どんな怪異も、薬師寺はいとも簡単に消し去って見せた。
どう考えても普通の存在じゃない。
俺は大きくため息をついた。
・・・やめよう。
こいつにもいろいろあるんだろうし、薬師寺が黙っているということは俺が知らなくていいことなのだろう。
薬師寺は相変わらず気持ちよさそうに眠っている。
ふと薬師寺から目をそらすと、テーブルの上に薬師寺がいつもつけているあの狐のお面が置いてあった。
珍しい。
いつもは本当に肌身離さず身に着けているのに。
俺は薬師寺が『怪異』を消すときのことを思い出していた。
『怪異』はいつもこの狐面に吸い込まれていくように見える。
このお面はいったいどうなってるのだろう。
むずむずと、狐のお面に触ってみたい気持ちに襲われる。
どうしようかな、と一瞬考えてから、好奇心には逆らえず、手を伸ばす。
そしてお面に触れた瞬間・・・
狐のお面がぱっくりと口を開けた。
茶村和成「え、」
俺は驚いて手を引っ込めたが、視界が突然ぐにゃりと歪む。
そして狐面の目がギラリと光ると、鋭い牙が覗く口に引っ張られるように感じた。
茶村和成「うわあああああ!?」
強い力に抗う術はなく、そのまま狐面の口に吸い込まれる。
そして、俺の意識は飛んだ。
〇白
気がつくと、空間が透き通っているように感じる不思議な空間に立っていた。
あたりを見回してみても、なにもない。
目印になるような物体は自分だけだ。
俺はどこか既視感のあるこの場所に、しばらく呆けてしまう。
茶村和成「・・・あ」
思い出した。
俺はここに一度、来たことがある。
以前に八木さんの依頼で薬師寺と行った、殺害された女性の怪異が出るホテルでおぼろげながらも来た記憶がある。
たしか、薬師寺が虚世(うつろよ)と呼んでいた場所だ。
茶村和成(やらかした・・・)
顔をしかめて、大きくため息を吐く。
焦っても仕方ないし、寝ていたとはいえ薬師寺もすぐ近くにいたのだから、起きたらきっと助けてくれるだろう。
自分にそう言い聞かせ、心を落ち着かせる。
薬師寺が来るまで、しばらくあたりを探索してみようと再び周囲を見わたした。
すると先ほどまではなにもなかったはずなのに、遠くに紫色の大きな穴のようなものが見えた。
茶村和成「さっきまでなかったのに・・・。 なんだろ、あれ」
俺はなんとなくその紫色の穴に向け歩き出した。
しばらく歩き続けてみると、近づくにつれてどんどん穴が大きくなっていく。
遠くから見ると気がつかなかったが、その穴はとてつもなく巨大なようだ。
どす黒くも見えるその巨大な穴からは、黒い煙のようなものが漏れ出していた。
茶村和成(なんだ・・・?)
俺は目を凝らしてその穴を見つめる。
そしてもう一歩近づくこうとしたとき、背筋にゾワリと冷たいものが走った。
茶村和成「!?」
突然心臓がばくばくと鳴り始める。
冷や汗が頬を伝う。
これ以上近づいてはいけないと、本能が叫んでいる。
それなのに、俺の足はその穴に向かって一歩踏み出していた。
茶村和成(だ、だめだ、ダメなのに・・・)
誰かに呼ばれている気がして、俺の足は無意識に踏み出している。
まるで自分の身体が誰か他の人の意思で操られているかのような感覚だ。
そしてまた一歩踏み出そうとした瞬間、俺は突然後ろから腕を掴まれた。
驚いて振り返ると、薬師寺が珍しく焦ったような顔で立っていた。
薬師寺廉太郎「ダメだよ。あっちに行けばもう戻れない」
茶村和成「薬師寺・・・」
呆けている俺に、薬師寺は困ったように笑った。
薬師寺廉太郎「ごめん、ちょっと油断してた。 僕のお面に触っちゃダメってちゃんと言っておけばよかったね」
茶村和成「・・・あれは?」
俺は紫色の穴を見て薬師寺に尋ねる。
薬師寺は眉間にシワを寄せ、俺の腕を強く引き胸元に引き寄せた。
薬師寺廉太郎「その話は戻ってからにしよう。 ここに居過ぎると、よくないから」
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