小釣井

危機綺羅

小釣井(脚本)

小釣井

危機綺羅

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小釣井
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〇おしゃれなリビングダイニング
  黒いもやが通り過ぎた。そのことを母に言うと、おどかすなと怒られた。

〇教室
  黒いもやが隅にあった。そのことを友達に言うと、嘘つきだとバカにされた

〇黒背景
  次第に黒いもやは、他人には見えるものでないことがわかっていった
  ・・・そうなるまでに、友達はほとんどいなくなった
  ただ、黒いもやは僕に危害をくわえることはなかった
  だからそれが怖いものだとは、決して思っていなかったのである

〇教室
クラスメイト「お前さー、霊感あるんだろ? 肝試しすっからさ、ついて来いよ」
  そう誘ってきたのは、クラスの騒がしいグループの内の一人だった
  小学生のころに広まってしまった噂を、彼はどうやら知っているらしい
内藤文太(ナイトウ ブンタ)「僕が行っても、なにも起こったりしないよ?」
クラスメイト「いいから、いいから! ついてくるだけ、な?」
内藤文太(ナイトウ ブンタ)「まあ・・・一回だけなら・・・」
クラスメイト「よし。×月×日の22時に、城山に集合だから。ばっくれんなよ!」
  彼は自分のグループに戻っていった
  そこから「絶対なにか起きるぞぉ」とはやし立てる声が聞こえる
  要求に折れてしまったことを後悔した。僕はしょせん、肝試しを盛り上げる種というわけだ
宇津田薬雄(ウツダ ヤクオ)「行かないほうがいいぞ」
  僕のことを憐れんでくれたのだろうか、隣の席から警告される
  彼は普段口数が少なく、あまり人と交流しないクラスメイトだった
  彼の胸元を見る。名札には宇津田薬雄と書いてあった
内藤文太(ナイトウ ブンタ)「ありがとう。でも、ああいうのは一回で飽きるから」
  小学生のころに何度か経験したことだ。肝試しに駆り出され、結局なにも起きずに僕が非難される。お決まりの流れだった
  ・・・まさか中学生になっても繰り返すことになるとは、さすがに思わなかったが
宇津田薬雄(ウツダ ヤクオ)「そうじゃねえよ」
宇津田薬雄(ウツダ ヤクオ)「城山の肝試しは別にいい。けど、その近くにある井戸はだめだ」
内藤文太(ナイトウ ブンタ)「えっと、それってどういうこと?」
  僕が怪訝そうな表情を見せると、薬雄はこれ以上説明する義理はないと言わんばかりに黙り込む

〇空
  ふと目を引かれて、僕は教室の窓に視線を向けた。なにかが視界の端を横切った気がしたのだ

〇教室
  視線を薬雄に戻す。彼は僕とは反対方向、教室の廊下側の窓に目を向けていた
  さっきの言葉はどういう意味だったのだろうか
  気にはなったが、親しくもないクラスメイトに追及するのも気が引ける
  それに彼はもう僕から興味を失っているようだった。腕を枕に、昼寝をしようと試みている

〇黒背景
  釈然としない心持ちのまま、僕はその日を終えることになった
  それから薬雄と話すこともなく、時折グループの彼から肝試しに関する話を聞き、その当日を迎えた

〇山道
クラスメイト「お、来たな。それじゃあ行くか。今から城山の山道を通って──」
  肝試しのメンバーは誘ってきた彼を含め六人、それに僕が加わるので合計七人だ
  夏場であるため、みんな軽装をしている。またそれぞれが懐中電灯を持っていた

〇けもの道

〇山中の坂道
  肝試しはつつがなく進行した
  そもそもその内容というのも拍子抜けで、城山の山道を通り、頂上にある広場へ行くだけだった

〇山道
  山道では木々が音を鳴らし、僕たちを驚かしたが、それも最初だけで慣れていく
  寄ってくる羽虫や、地面から立ち上る湿気が不快感を煽り、恐怖は次第に薄れてなくなった
クラスメイト「なあ内藤、なんか見えないの?」
内藤文太(ナイトウ ブンタ)「見えないよ」
クラスメイト「あっそ・・・」
  クラスメイトが懐中電灯を自分のあごに向けた。そしてメンバーに向き直り、ふざけ始める
  僕以外のメンバーはノリ良く、彼の悪ふざけに付き合った
  疎外感が胸に溜まり、早く家に帰りたいと願う

〇山の展望台(鍵無し)
  結局頂上まで登ると、すぐに下ろうと提案がなされた
クラスメイト「なんも出ないし、カラオケでも行こうぜ」
  彼の提案にグループ全員が賛成する
  恐らく僕は誘われていないのだろうと決めつけ、これで解放されると喜んだ

〇山道
  暗さや木々の影にも耐性がつき、帰り道はすでに肝試しのていをなしていない
  彼らはたまに冗談や悪ふざけを行い、勝手に盛り上がっていた
  もう山道の三分のニはきている。肝試しを終えるのも時間の問題だ

〇林道
クラスメイト「お、そういえばこっちは行ってないな」
  グループの誰かが、山道の脇にある看板を照らした
  そこには『小釣井』と題され、この先歩いて三分と案内されている
  看板の傍に細く枝別れた道が一本あった。清掃が雑なのか、その道は落ち葉が溢れている
  どうやら行きはまだ恐怖心があったために、小釣井の道を見落としていたらしい
  彼らは騒ぐネタを見つけたとばかりに、行こう行こうと張り切った
クラスメイト「どうせだから、二人一組で往復しよう」
  肝試しの締めであるから、誰もその発言を否定しない
  しかし僕は頬がひきつる思いだった
  二人一組というルールは、合計七人いる状況を明らかに無視している
クラスメイト「じゃあ内藤は一人な。霊感あるし、余裕だろ?」
  なにが余裕なのか。僕の反論は口内で消えた

〇黒背景
  小釣井を見たら戻ってくる、というシンプルなルールで肝試しの締めは始まった
  順番は二人一組を三回の後、僕が最後
  僕が帰ってくるころには、グループの六人が帰っていてもおかしくない順番だった

〇林道
  一番目の二人組はグループの中でも気丈な方なのか、笑いながら道の奥へと進んでいった
  一度、道の奥から「うおっ!」という声が聞こえてくる
  残された僕らに緊張が走り、顔を見合わせた
  しかしほどなく彼らは戻ってきて、お互いに平気そうな顔をしていた
クラスメイト「ちょっと躓いてさ。そしたら驚いたこいつが声出してよぉ」
クラスメイト2「やめろよ。まじでびっくりしたんだからよ!」
  僕らの緊張もとけ、彼らに道中の様子を聞いた
クラスメイト「ちょっと道が悪いから、足下を照らしたほうがいいぞ」
クラスメイト2「井戸は周りに柵があったし、さっさと戻ってきた」

〇林道
  危険がないことが分かり、二番目の二人は意気揚々と星釣井に向かった
  多少表情が硬かったので、彼らは少し臆病なのかもしれない
  二番目の二人組が出発してから、その内の一人が突然、走って引き返してきた。
  遅れてもう一人も戻ってくる。遅れてきた方は、両目に涙をためていた
内藤文太(ナイトウ ブンタ)「なにかあったの?」
クラスメイト4「こいつが突然走って逃げたんだよ! そしたら俺、怖くなってさ・・・くそ!」
クラスメイト3「わ、悪い。なんかビビッてパニくちゃって・・・」
クラスメイト3「本当、ごめん!」
クラスメイト4「・・・ああ、もういいって。俺もビビったのは同じだし」
  彼らは仲の良いグループであるから、すぐにわだかまりもなくなった

〇林道
  ところが、三番目の二人組は影響をもろに受けてしまっていた
  彼らの表情から行きたくないことが伝わってくる
  かといってグループとしても、行かせないのは不平等であるという無言の意思が漂っていた
内藤文太(ナイトウ ブンタ)「もう全員で行けばいいじゃないかな」
  いい加減グループのいざこざにうんざりしていたので、助け船を出す提案をした
  グループは妙案とばかりにそれにのった
  一番目の二人は再び行くことになるはずだが、ともかく全員が肝試しをしたという事実が重要なのだろう

〇霧の立ち込める森
  ほどなく、七人のメンバーで細い道を進み始めた
  七本のライトが僕たちの行く道を心強く照らす
  落ち葉を踏みしめる音が七人分、騒がしく鳴り続ける
  道を進み始めた時は、肝試し始めのような警戒心もあったが、やはり七人もいればそれも薄れる
  小釣井が見えてくるころには、僕らもすっかり立ち直っていた

〇枯れ井戸
  小釣井は名前の通り、小さな井戸だった
  井戸の周りは誰かが言ったとおり、柵で囲まれている
  僕の胸まではある木製の柵で、容易には井戸を覗けなくなっている
  恐らくは落下防止のために設置されているのだろう
クラスメイト5「こんなところがあったんだなぁ。雰囲気あるじゃん」
  小釣井は古い石造りの井戸で、懐中電灯で照らすと至る所に苔やカビが見える
  それが小釣井の年季を物語っており、確かに物々しさを感じることができた
  しかし、それだけではない
  見た目だけでなく、僕はなにかから威圧されているように思うのだ
  それは確実に小釣井から発されている。自然と井戸を注視した

〇枯れ井戸
内藤文太(ナイトウ ブンタ)「あっ!」
  短い声が出る。それは無意識のもので、人がなにかを気づいてしまったときに出る声
  僕は見つけてしまったのである。僕以外には見えないそれを
  井戸の口からわずかに立ちのぼる、闇に混じった黒いもや
  ──それは確実に、そこにあった。

〇枯れ井戸
クラスメイト「なになに、なんか見えた・・・!?」
クラスメイト「──内藤がなんか見えたってさ!」
  思い思いに井戸を観察していたグループが、僕の周りに集まってくる
内藤文太(ナイトウ ブンタ)「井戸の口から、黒いもやがのぼってる」
  深く考えることなく、僕はそう口にした
  ──そして後悔する。なぜ僕は言ってしまったのだろう
クラスメイト「やべー、やべー!」
クラスメイト2「内藤君連れてきて正解だな」
  彼らは浮足立っていた
  僕の発言も、ようやく盛り上げることを言った、くらいにしか思っていない
  なぜ僕は見えたことを言ってしまったのだろうか。黙っていれば、そのまま帰れるのに
  理由はすぐにわかった。僕は動揺しているのだ

〇黒背景
  肝試しに付き合わされることは何度もあった。そして二度とは呼ばれない
  なぜなら僕が、肝試し中に一度も霊を見たことがなかったからだ
  つまり僕は今回、初めて肝試し中に黒いもやを見てしまったのである
  その初めての体験に、僕は混乱してしまったのだ

〇枯れ井戸
クラスメイト「せっかくだからさ、俺、井戸覗いて来るわ!」
クラスメイト5「よ、男の中の男!」
クラスメイト4「お前まじ勇気あるなぁ!」
内藤文太(ナイトウ ブンタ)「いや、さすがにやめた方がいいって!」
  僕からすれば正直迷惑だったし、心配する必要のないやつのはずだ
  しかし、なぜだか止めなければいけない気がした
  違う──確実に止めるべき理由があったはずだ
  僕の制止を聞かず、彼は柵をよじ登り始めた
  柵の高さは僕の身長ほどもないため、すぐに登り切ってしまうだろう
クラスメイト2「足を滑らせるなよー」
クラスメイト「分かってるって!」
  なぜ彼を止めなければいけないのだろう。黒いもやは僕にしか見えない
  黒いもやは危険なものではないはずだ
  今までだって、それは僕を脅かすことをしなかった
  どうせ彼は暗い井戸を覗き込み、なにも見えないと文句を言うだけに決まっている

〇黒背景
  ──黒いもやは、僕にしか見えないのか?

〇教室
宇津田薬雄(ウツダ ヤクオ)「城山の肝試しは別にいい。けど、その近くにある井戸はだめだ」
  近くの井戸とは小釣井のことだ。間違いない

〇空
  あの会話をしたとき、僕は窓の外を見た
  僕には見えていたのだ。僕の目を引く存在、黒いもやが確かにあった
  もっと言うと、グラウンド側の窓にそれは映っていた

〇教室
  そして薬雄は、僕とは反対側を見ていた
  ただ僕と話したくなくて、そっぽを向いたのだと思っていた
  ──しかし黒いもやが、本当は廊下側にあったのだとしたら?
  それがグランド側の窓に、鏡のように反射して見えていたのだとしたら?
  薬雄は僕よりもはっきりと、黒いもやが見えているのではないだろうか
  そんな彼が、井戸には行くなと警告した

〇枯れ井戸
  うわぁあああああああああ!
  尋常ではない声量の悲鳴で我に返った
クラスメイト2「落ち着けって! なんだよ、悪ふざけは止めろよ!?」
  柵の前にグループ全員が集まっている
  その中心で、井戸を覗いた彼は錯乱した様子で転げまわっていた
クラスメイト「離せ、どけ! うわ、うわぁああああ!」
  彼は崩れた姿勢で立ち上がると、脇目もふらずに来た道を走り出す
  彼が僕の横を走り抜けるとき、その表情がうかがえた
  目を見開き、涙と鼻水と涎を振りまいて、恐怖を顔に張り付けていた
クラスメイト4「ひ、ひぃいいい!」
クラスメイト2「待て、待てって!」
  恐怖が伝播したのか、グループの五人も歯を食いしばって逃げ出した
  僕もはっとして、彼らの後に続こうとする
  図らずとも、僕は逃げ遅れてしまっていた

〇血しぶき
  だから見えてしまった
  誰よりも小釣井を見る時間が長かったせいで、それが出てくるのを
  井戸の淵に手をかけて、顔を思わせる部分を半分だけ覗かせる、白いなにか
  それには赤い小さな穴が二つあった。おそらく、目だ
  目は、僕をはっきりと捉えていた

〇公園のベンチ
  気がつくと、城山のふともにある公園にいた
宇津田薬雄(ウツダ ヤクオ)「よお」
  なぜか薬雄の姿があった。混乱する僕を宥めて、彼は僕を近くのベンチに誘った
宇津田薬雄(ウツダ ヤクオ)「ほれ」
内藤文太(ナイトウ ブンタ)「・・・ありがとう」
  受け取ると手の平に熱が伝わる。缶ジュースではなくお汁粉だった
  夏場だが、今はありがたい。体の芯が冷えてしまっている気分だからだ。
宇津田薬雄(ウツダ ヤクオ)「ダメだって言ったのに、やっぱり行ったんだな」
  薬雄の口調は怒るでも呆れるでもなく、当たり前のことみたいに達観したものだった
宇津田薬雄(ウツダ ヤクオ)「もう行くなよ。昼はいいけど、夜はダメだ」
内藤文太(ナイトウ ブンタ)「あれは・・・あれは、なんだったの?」
宇津田薬雄(ウツダ ヤクオ)「知らない。俺だってはっきりとは見たことないし。でもまあ、危ないもんだと思うよ」
  知らないのに、なんでそんなことを言えるんだ?
  その台詞は飲み込む。あれは危ないものだ。
内藤文太(ナイトウ ブンタ)「宇津田くんも、黒いもやが見えるの?」
宇津田薬雄(ウツダ ヤクオ)「薬雄でいいよ」
宇津田薬雄(ウツダ ヤクオ)「黒いもやというか・・・まあ、見えるよ。たぶんお前よりもはっきりと」
  なにか根拠があるかのように、薬雄の言葉には確固たるものを感じた
  しかし濁された言葉に壁を感じて、それ以上は聞けない
宇津田薬雄(ウツダ ヤクオ)「──そろそろ帰るわ。明日は日曜だし、ゆっくり休めよ」
  薬雄は立ち上がり、近くにあった自転車にまたがるとさっさと立ち去ってしまう
  呼び止めるタイミングも逃し、僕は一人、ベンチで呆然としていた
  時間を確認すると、もう0時を回っている
  携帯電話にいくつも通知が来ている。すべて両親からだった
  なにかあったの? 連絡をちょうだいね
  その内容があまりに現実的で、さっきまでの出来事が夢だったのではと疑ってしまう
  しかし僕の手の中にはお汁粉の空き缶があって、脳裏には井戸で見た光景がこびりついている
  体の芯にある寒さがぶり返し、身震いした
  電話で家の電話を呼び出して、親に迎えに来てくれるよう頼む
  もしも一人で帰る途中、黒いもやを見てしまったら?
  そう考えると、心細くてたまらなかった

〇黒背景
  僕は中学三年になった。そうなるまで、変わったことが三つある

〇教室
  まず、クラスメイトが一人減った
  僕を肝試しに誘った奴で、先生の発表では転校したらしい
  彼がいたグループはもう集まることがなかった。きっと気まずいのだろう
  次に、僕はクラスで浮いている存在となった
  友達だと思っていた奴らも、どこか素っ気ない態度をとる
  気にはしているが、どうしようもないことだと諦めている

〇教室
  三つ目に変わったことは、薬雄が僕に話しかけるようになったことだ
  ある日、僕が見かけた黒いもやに怯えたとき
宇津田薬雄(ウツダ ヤクオ)「そこにいるのは気にするなよ。どうってことないから」
  そんな風に教えてくれた
  薬雄の堂々とした言葉は、不思議と僕の心にするりと溶け込んでいく
  おかげで僕はやたらと怖がらずに済んでいる
  彼は僕を気にかけてくれているようなので、勝手に友達だと思うことにした

〇黒背景
  黒いもやは安全ではないことがわかった
  それが見える僕は、これからも多くの脅威に怯えることになるだろう
  しかし、知らなければよかったとは思わない
  僕と同じ境遇でありながら、危険を避ける術を持つ友人がいるからだ
  僕もいつか彼のようになろう
  そして僕のように、怯えることすら知らない人を見つけよう

〇枯れ井戸
  それが危険であることを理解したときには、手遅れかもしれないのだから

コメント

  • すごく怖くておもしろかったです!
    正体不明なものって特に怖いですよね。
    最後に見た人間らしきものの正体も気になりますが、彼も調べたくはないですよね。
    そして、友達ができてよかったなぁと思いました。

  • すごく”読ませる”文章と展開で、終始楽しませてもらいました。ラストも、スッキリした部分とモヤっとした部分(黒いもや含む)の混在具合が好きです。

  • 肝試し、好奇心からしたくなってしまい、さらにチャレンジしてみたくなる、そして怖い目にあう。それはきっと警告ですよね、目に見えない世界は存在しますよね。

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