エピソード41(脚本)
〇洋館の一室
西園寺さんは険しい表情を浮かべ、数珠をぎゅっと握りしめた。
そして玄関の扉の前に立つと、ビクともしない扉に向かって口を開く。
西園寺翼「この館に住む悪しき霊よ・・・。 我が名・西園寺翼の下に命ずる・・・」
西園寺さんは、よくわからないお経をつらつらと唱えだす。
1分ほど唱えると、西園寺さんはカッと目を見開いて数珠を振り回した。
西園寺翼「今こそ、退散したまえ!!」
あたりはシンと静まり返り、西園寺さんの少し上がった息だけが聞こえる。
西園寺さんは満足そうに大きく息を吐くと、笑みを浮かべた。
西園寺翼「さて、これでこの館に住まう悪霊はすべて滅したはずだ」
西園寺翼「ドアを開けてみてくれたまえ」
西園寺さんの指示どおり、僕は玄関扉に手をかけて力を込める。
しかし、先ほどまでと同じように扉はビクともしない。
西園寺翼「ふう・・・。 こういう台本は好きじゃないよ私は」
西園寺さんは僕を押しのけて、玄関扉を開けようとする。
だがやはり、結果は変わらなかった。
苛立ったように幾度も扉を引く西園寺さんに僕はゆっくりと言い聞かせる。
沢渡充希「・・・台本じゃありません。 本当に開かないんです」
あちこちから不安と不満の声が聞こえる。
ただ西園寺さんだけは、まだ余裕の表情で大きくため息を吐いた。
扉に背を向け、カメラに視線を送ると数度頷(うなず)いて再び笑みを浮かべる。
西園寺翼「なるほど、この屋敷にはまだ他に悪霊がいるみたいですね。 私に任せなさい」
西園寺さんはそう言うと、馬場さんやスタッフたちを先導して屋敷内を探索し始めた。
僕も先導されるがままに足を運ぶ。
沢渡充希(西園寺さん、これも撮影の一部だと思ってるよな・・・)
もちろん台本であるはずはないんだが、西園寺さんにパニックになられるよりはマシかと息を吐く。
正直、もう霊媒師として西園寺さんは信用できなかった。
西園寺さんの言うことなすこと、すべてがうさんくさく見えてしまう。
僕はこっそりと薬師寺さんに近づき、小声で話しかけた。
沢渡充希「薬師寺さん。 今の状況ってかなりまずいですよね・・・?」
薬師寺さんは言葉を返さず、ただ意味深に微笑んだだけだ。
僕はぐっと下唇を噛んで、じれたように言う。
沢渡充希「~~ッ、どうにかしてもらえませんか?」
薬師寺廉太郎「どうにかって・・・。 俺は別に、君たちを助けに来たわけじゃないよ」
突き放すように薬師寺さんはそう言うと、僕の少し先を歩いて行ってしまう。
顔をしかめて、僕はその背中を見つめた。
西園寺さん率いる僕ら一行は、再び1階を巡っていく。
とくに何かがあるわけでも、起こるわけでもない。
しかし、ねっとりとした気味の悪さがずっとつきまとっているように感じた。
沢渡充希(薬師寺さんは何を考えてるんだ・・・)
沢渡充希(・・・絶対にやばい状況なはずなのに)
はやる気持ちをなんとか抑える。
ひと通り1階の探索を終え、僕らは2階への階段に足を踏み出す。
そのとき、僕はあることに気づいた。
沢渡充希「あ・・・。あれ?」
思わず声を出してしまい、僕に視線が集まる。
慌ててあたりを見回すが、目的の人物は見当たらなかった。
沢渡充希「薬師寺さんは・・・?」
困惑してそう言うと、皆は首を傾げる。
ひやりと冷たい汗が背中を伝う僕を、西園寺さんが鼻で笑う。
西園寺翼「フン・・・。 あんな小僧放っておきなさい」
馬場文也「1階は俺たちが今見てきましたし、もしかしたら先に2階に行ったんじゃないですか?」
フォローするように馬場さんが言う。
スタッフたちも大して気にしてはいない。
沢渡充希「・・・・・・」
僕は不安に襲われながらも頷いた。
それから改めて2階へと上がる。
〇洋館の一室
カメラを回しながら2階を探索しても、なにも起きることはない。
途中で西園寺さんはイライラし始めたが、機嫌をとっている場合もない。
僕は放置を決め込んで、2階の窓をひとつずつ開けようと試した。
音響スタッフ「・・・やっぱり、どこの窓も開きませんね」
沢渡充希「・・・ですね」
ため息を吐いたそのとき、馬場さんの驚いた声が聞こえた。
馬場文也「えっ」
沢渡充希「どうしました?」
カメラが馬場さんに向けられる。
馬場さんは下を指さした。
馬場文也「今、下から物音聞こえませんでした?」
沢渡充希「物音・・・?」
僕はなにも聞こえず、カメラマンを筆頭にスタッフたちも不思議そうな顔をしている。
西園寺さんは、チッと舌打ちした。
西園寺翼「はあ・・・。 しっかり段取り組んでくれないと困るんだけどなあ・・・」
西園寺さんは肩をすくめて、1階へと下りていく。
沢渡充希「ちょ、待ってください・・・!」
西園寺さんを急いで追うと、他のメンバーも全員1階に下りてきた。
相変わらず自分勝手な西園寺さんに注意しようと駆け寄る。
沢渡充希「西園寺さん、単独行動は・・・」
やめてください、と言おうとしたとき、なにかに引っかかって体勢が崩れた。
沢渡充希「っぶ!」
馬場文也「おわー! 大丈夫ですか!?」
盛大にコケた僕に、馬場さんが心配そうに眉を下げて駆け寄る。
埃(ほこり)まみれになりながら、慌てて身体を起こして足元を見る。
沢渡充希「いったた・・・」
僕の足元には、コケたことでズレたジャガード織りのマットがあった。
沢渡充希(ん? マットの下になにか・・・)
ズズ、とマットをどかすと、あまり見慣れないものが姿を現す。
沢渡充希「・・・扉?」
床下収納のような、大きめの扉がそこにあった。
マットの上からではこんなものがあるとはわからなかった。
- このエピソードを読むには
会員登録/ログインが必要です! - 会員登録する(無料)