藤倉四姉妹の事情

深山瀬怜

雫の話(脚本)

藤倉四姉妹の事情

深山瀬怜

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〇本棚のある部屋
  夢を追い続けるのは難しい。
  努力すれば必ず叶うなんて、嘘だから。
  第3話「雫の話」
藤倉雫「はぁ・・・全然終わらないわ」
  応募しようと思っている文学賞の締切は二週間後に迫っていた。
  二週間で書き上げるだけでなく、見直しまでしなければならない。
  執筆にかけられるのはあと一週間かそこらだ。
  それなのに、まだ予定の半分ほどしか進んでいない。
藤倉雫「はぁ・・・」
藤倉奏「まだ頑張ってたのね、雫」
藤倉雫「あ、うん・・・」
藤倉奏「ココアとかあるけど、飲む?」
藤倉雫「うーん、コーヒーがいいかな」
藤倉奏「それだと寝られなくなるんじゃない?」
藤倉雫「んー・・・でももうちょっと書きたくて」
藤倉奏「そう。それじゃあコーヒー淹れてくるね」
藤倉奏「でもあんまり無理はしないでね?」
藤倉雫「うん・・・」
藤倉雫「でも、無理しないと・・・」
  もうそろそろ、将来を考え始める時期だ。
  周りはもう3月の就職活動解禁日に向けて動き始めている。
  その中で雫は一人、限りなく狭い門を目指して寝食を惜しんで小説を書いていた。
  でも、そもそも小説家になったところで、それだけで食べていける人はほとんどいない。
  こんなことをしているより、まずは安定した仕事を見つけるために動くべきではないか。
  そんなことを考えてしまう。
  それでは執筆にも集中できるわけがない。
  結局どちらも中途半端になってしまう。
  それが雫の現状だった。
藤倉雫「別に、諦めても誰かが困るわけじゃないしなぁ・・・」
藤倉雫「ううん、お姉ちゃんたちは応援してくれるし・・・書かないとな」

〇綺麗な図書館
藤倉雫(眠い・・・)
藤倉雫(でもゼミの課題もやらないと・・・.)
夏木みどり「あれ、雫じゃん」
夏木みどり「また小説書いてるの?」
  彼女は夏木みどり。
  雫と同じ学科に所属していて、以前は一緒に講義なども受けていた。
藤倉雫「いや、今日はゼミの課題」
藤倉雫「輪読、次が私の担当だから」
夏木みどり「雫のゼミ、真面目だもんねぇ」
夏木みどり「でも色々と忙しいのに課題重いのやめてほしいよね」
藤倉雫「まあ・・・勉強にはなるけどね」
藤倉雫「みどりは何でスーツ?」
夏木みどり「インターンの面接。出遅れてるから頑張らないと」
藤倉雫(みどりで出遅れてるなら、私はまだ出てすらいないんだけど)
夏木みどり「そういえば雫はどういうところ受けるとかもう決めてるの?」
藤倉雫「うーん・・・まあ大体」
  嘘だった。
  本当は何も決めていない。
  小説家になりたいというのが一番大きな夢で、それ以外のことにあまり関心が持てないのだ。
藤倉雫(でもとりあえず何か決めておかなきゃいけないのはわかるんだけど)
  小説家だって、別に今すぐなる必要なんてない。
  働きながら書いて、定年を迎えてから大成する人だっている。
  でも、ここで決めてしまった仕事をしながら書き続けられるということを誰も保証できない。
夏木みどり「そっかぁ。雫、ぼんやりしてるから心配してたんだよ」
藤倉雫「ぼんやり?」
夏木みどり「んー、なんか夢見がちっていうか」
夏木みどり「人間、霞食べて生きられるわけじゃないからさ、どうしていくかは考えないと」
藤倉雫「・・・そうだね」
  みどりはしっかり者だ。
  将来についてもすでに考えている。
  そんな彼女にしてみれば、確かに小説という虚構を追い求める雫は夢見がちに見えるのだろう。
藤倉雫「大丈夫だよ、さすがにもう考えてるって それに今って小説家だけじゃ食べていけないんだよ?」
藤倉雫「この前の芥川賞の人だって、両方二足のわらじだったし」
  取り繕うように言うけれど、嘘なのは自分が一番わかっている。
  現実を見て、未来を選ばなければならない。
  でも、その未来に楽しそうなことが何も見えない。
夏木みどり「あ、ごめんゼミの課題やってたんだよね」
夏木みどり「私もゼミで使う本借りに来たんだった じゃあまたね、雫」
藤倉雫(私も、そろそろちゃんと考えるべきなんだよな・・・)

〇綺麗なダイニング
藤倉茜「雫姉、大丈夫? なんかめちゃくちゃげっそりしてるけど・・・」
藤倉雫「昨日も遅くまで書いてたから・・・」
藤倉茜「ちょっと休んだ方がいいって!」
藤倉雫「でも締切近いのに、全然終わらなくて」
藤倉茜「もしかしてスランプってやつ?」
藤倉雫「そうかも」
藤倉雫「だとしたら今回は無理かなぁ・・・」
藤倉雫「そろそろ就活始まるから、これで最後にするつもりだったんだけど」
藤倉茜「就活しながら書くのはダメなの?」
藤倉雫「私、一個のことしかできないからさ」
  一つに集中するのは得意。
  けれど二つのことを同時進行するのは苦手だった。
  将来的に兼業することができても、両方やっていけるかと聞かれると不安しかなかった。
藤倉奏「あら、雫 朝ごはん置いておいたけど食べた?」
藤倉雫「うん。ありがとう奏お姉ちゃん」
藤倉雫「藍姉は?」
藤倉奏「あれは昼まで起きないわね」
藤倉奏「茜は今日は友達と遊ぶんでしょ?」
藤倉茜「うん。だからお昼いらないよ」
藤倉奏「じゃあ私は車でちょっと買い出しにでも行こうかな」
藤倉奏「ねえ雫、ちょっと付き合ってくれない?」
藤倉奏「藍は起きないだろうし」
藤倉雫「あ・・・でも・・・」
藤倉奏「ちょっとくらい気晴らしに別のことをした方が、気分がスッキリして執筆も捗るかもしれないから」
  奏は気を遣ってくれているのだろう。
  どうせこのまま家にいても進まないだろうし。
  雫は奏の誘いに乗ることにした。
藤倉茜「藍姉はほっとくの?」
藤倉奏「起きてお腹空いたら、一人で何とかするでしょ」
藤倉茜「ま、藍姉も大人だしね」

〇車内
藤倉奏「ふう・・・緊張するわね、運転」
藤倉雫「言ってくれたらいつでも代わるから」
藤倉奏「寝不足の人に運転なんてさせないわよ」
藤倉雫「それもそうか」
藤倉奏「音楽、好きなのかけていいよ」
藤倉雫「好きなのって言われてもなぁ」
藤倉雫「で、どこまで行くの?」
藤倉奏「そうねぇ・・・来週、藍が忙しくて平日の買い物が難しいらしいから買い溜めしないと」
藤倉雫「奏お姉ちゃんも藍姉もすごいなぁ・・・仕事しながら家のこともやって」
藤倉奏「雫や茜だって手伝ってくれるじゃない」
藤倉奏「雫、何か悩んでるんでしょ?」
藤倉雫「このまま、小説書き続けていいのかなって・・・」
藤倉雫「別に就職決まってからでもいいんじゃないかとも思うんだよ」
藤倉雫「プロの作家でも専業の人ってあんまりいないし」
藤倉雫「60歳でデビューする人だっているし、小説書くのは焦ることじゃないってのはわかるの」
藤倉奏「それは、本当に雫自身が考えてることなの?」
藤倉雫「え?」
藤倉奏「今、雫は本当はどうしたいの?」
藤倉雫「小説書きたいけど・・・でもそうしているうちに周りに置いていかれるし」
藤倉雫「今やらなくても大丈夫なことって言われたら確かにそうだから」
藤倉奏「それでも雫はやりたいんでしょ?」
藤倉雫「うん・・・」
藤倉奏「知ってる? 由里香ママはね、むかし大事な試験を無断で休んでまでオーディションに行ったことがあるのよ」
藤倉雫「え!?」
藤倉奏「うちでは私しか知らないかしらね・・・藍も多分聞いてないんだと思うんだけど」
藤倉雫「オーディションって歌の、だよね?」
藤倉奏「そう。ちなみにそのオーディションはダメだったらしいけど、それがきっかけでいろは母さんと出会ったって」
藤倉雫「試験を蹴って行くのはすごいな・・・」
藤倉奏「どうしても納得できなかったんだって」
藤倉奏「音楽の道に進めるかどうかはわからないけど、かといって、やりたくもない試験を受ける気にはならないって」
藤倉雫「わりとぶっ飛んでるね・・・」
藤倉奏「雫もそのくらいやっちゃったらいいんじゃない?」
藤倉雫「いやぁ・・・それはさすがに後先考えなさすぎてるっていうか・・・」
藤倉奏「それも確かにそうね だから、大切なのは雫が納得できるかどうかよ」
藤倉雫「そっか・・・でも、難しいな」
藤倉奏「そりゃあ、人生が簡単だったらこの世界にこんなに芸術が溢れてないわよ」
藤倉雫「なるほど、確かに」
  奏と話して少し気持ちが明るくなった。
  大切なのは自分が納得できるかどうか。
  雫は流れて行く車窓の景色を眺めた。
藤倉雫「・・・今書いてるやつ、書き終わったら一回読んでみてほしいんだけど」
藤倉奏「いいわよ。私、雫の小説読むの、昔から好きだもの」
  書き始めた頃から、母親たちや姉たちが小説を読んでくれた。
  みんなに喜んで欲しくてたくさん書いて、いつしかそれを仕事にするのが雫の夢になった。
  先のことはわからない。でも今は、奏が読んでくれるんだということを支えに書き続けようと思った。
藤倉奏「さて、そろそろ店に着くわね」
藤倉雫「あ、私くきわかめ欲しいな。執筆のおとも!」
藤倉奏「じゃあお徳用のいっぱい入ってるやつ買わないとね」

〇本棚のある部屋
藤倉雫「で、できたー!」
藤倉雫「・・・ってもう朝じゃん!」
藤倉雫「やばいって、締め切り今日なのに!」
藤倉奏「どうやら無事に書き終わったみたいね」
藤倉雫「まあ・・・ギリギリだけどね。本当はもっと早くに書き終わって、見直しの時間とかも作らなきゃいけなかったのに」
藤倉奏「そうよ、何をぼーっとしているの? 今すぐできた小説をプリントアウトして」
藤倉雫「え!?」
藤倉奏「書き終わったら読んでほしいって雫が言ったんじゃない」
藤倉奏「ついでに誤字脱字も探すわよ」
藤倉雫「い、いや、でも十万字くらいあるんだけど・・・」
藤倉奏「文庫本一冊分でしょう? 今は朝の五時だから・・・今から読めば昼には読み終わるだろうから、そこから提出して・・・」
藤倉雫「い、いやまあ確かに日付変わるまで受け付けてるから何とかはなるかもしれないけど!」
藤倉雫「仕事とかあるでしょ?」
藤倉奏「あらかじめ今日は休みを取ってるのよ」
藤倉奏「藍も協力してくれるから大丈夫」
藤倉雫「で、できる姉だ・・・!」
藤倉奏「そういうことだから、二部プリントアウトして、それが終わったら昼までしっかり眠ること!」
藤倉雫「うん! ありがとうお姉ちゃん!」
  こうして雫は無事に新人賞に原稿を送ることができた。
  その結果がどうなるかはまだわからない。
  でも、できる限り夢を追いかけると決めた。
  その目にもう、迷いはない。
  第3話「雫の話」・終

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