エピソード40(脚本)
〇洋館の一室
台本の通り、撮影隊は1階から順番に洋館の中を探索していく。
建物の中に入ったことで風が止(や)み、少しは寒いのがマシになるかと思ったが洋館はひっそりと冷え込んでいた。
フローリングの床は、ところどころが抜け落ちたり塗装が剥(は)げたりしている。
洋館の内装は全体的に豪華だが、ホコリっぽく湿った空間はあまり心地良い印象を与えない。
当時使っていたのであろう、テーブルやソファなどを横目に馬場さんが進行する。
馬場文也「ここね、数々の怪奇現象が起きるって有名らしいんですが、ヤバすぎて今までどこのテレビもいっこも撮れなかったんですって!」
馬場文也「は~、たしかに今すぐにでもなにか出てきそうな雰囲気ありますねぇ」
馬場文也「どうです? 西園寺さん。 なんか感じたりしてますか?」
馬場さんの言葉に、西園寺さんは身体の前で手をかざした。
西園寺翼「うーん・・・。 今のところ、なにも感じないねえ」
西園寺翼「もっとも、低級の霊は私に恐れをなして逃げ出すからねえ」
馬場文也「出た! 西園寺オーラ!」
この”西園寺オーラ”というのは西園寺さんのお決まりの技だ。
ドヤ顔の西園寺さんに、馬場さんは大げさなリアクションをとる。
〇洋館の一室
まだ2階が残っているが、ここで一度休憩を挟むことになっている。
各々「おつかれさまでーす」と声を掛け合って笑みを浮かべる。
とりあえず1階の撮影を無事終えて、僕はほっと胸をなでおろす。
沢渡充希(今のところ、特になにも起きないな・・・)
当たり前といえばそうなんだが、ちょっと拍子抜けではある。
僕は洋館内を見渡して、息を吐いた。
撮れ高のことを考えて、仕込みはいろいろ用意してある。
そのためのロケハンだ。
沢渡充希(ま、テレビなんてこんなもんだよな)
自嘲(じちょう)気味に笑ってから、僕は後半の撮影準備のために一足先に洋館を出ることにした。
そそくさと玄関へ向かいドアノブに手をかけるが、扉は固く閉じられビクともしない。
沢渡充希「・・・?」
沢渡充希(なにか引っかかってるのか・・・?)
僕は扉周りにライトを照らして確認する。
しかしそういうわけでもなさそうだ。
内鍵も確認したが、鍵は開いていた。
音響スタッフ「どうしました?」
沢渡充希「いや、なんかドアが開かなくて・・・」
音響スタッフは首を傾(かし)げて、不思議そうな顔でドアノブに手をかける。
ガチャガチャとドアノブを回しても、やはり扉の開く様子はない。
僕たちは顔を見合わせる。
音響スタッフの表情は少し不安げだ。
沢渡充希「窓から出て、外から開けられるか確認してみましょうか」
音響スタッフは頷(うなず)いた。
僕は玄関扉のそばにある、頭から腰の高さくらいまでの大きさがある窓の内鍵を開けて手をかける。
しかし、なぜか窓もビクともしない。
僕たちは言葉を失ったあと、この奇妙な出来事に心をザワつかせていた。
音響スタッフ「俺、外のスタッフに連絡してみます!」
沢渡充希「お、お願いします」
音響スタッフがスマホを取り出す。
僕はもう一度窓をよく観察しようとライトを窓に当てた。
音響スタッフ「あっ、え・・・」
沢渡充希「どうしました?」
音響スタッフ「・・・圏外です」
沢渡充希「じゃあ僕が」
僕も自分のスマホを取り出す。
外で待機しているはずの、後輩ADに連絡しようとしていた。
沢渡充希「あれ・・・?」
しかし、スマホの画面には『圏外』の文字。
沢渡充希(おかしい、さっきまでは問題なくつながっていたはずなのに・・・)
念のため、音響スタッフとともに他の窓も開くかどうか確認する。
しかし、周りの窓は全然開かなかった。
沢渡充希「なんで・・・」
僕は徐々に焦りだし、あとで弁償することにして窓を叩き割ることにする。
小さめの棚を持ち上げて、思っきり窓にぶつけた。
ドンッ
鈍い音がして、僕はそのまま跳ね返されて尻もちをついた。
呆気(あっけ)に取られて目を見開く。
音響スタッフ「・・・これ、マジでおかしくないですか?」
僕たちの顔が青ざめた。
そのとき僕の頭に浮かんだのは、この洋館についてのウェブ記事に載っていたさまざまな怪奇現象だ。
沢渡充希(もしかして、マジで・・・?)
途方に暮れていたとき、スマホが震えた。
僕は慌てて画面を見ると、そこには登録されていない番号から着信が来ている。
さっき確認した時は、圏外だったはずだ。
これも怪奇現象のひとつか、と疑いつつもおそるおそる通話ボタンを押した。
やあ
沢渡充希「・・・。誰、ですか・・・?」
ひどいなあ。君から連絡しといて
緊張感がない気の抜けるこの声に、僕はハッとして声を大きくする。
沢渡充希「薬師寺さんですか!?」
そうだよ〜
僕は混乱と不安で潰されそうになっていて、藁(わら)にもすがる思いで今の状況を説明する。
沢渡充希「あの、今、この間言っていた洋館に閉じ込められてて・・・!」
知ってるよ
なんで、と思う気持ちはあったがそれよりも助けがほしいという気持ちが勝った。
沢渡充希「助けてください! 扉も窓も開かないんです! 窓なんか割ろうとしても割れなくて!」
う~ん。どうしようかなあ。自業自得だしね
沢渡充希「そんな・・・! お願いします!!」
・・・・・・
沈黙のあと、プツンと電話が切れた。
僕は絶望に飲まれそうになり、スマホの画面に向かって叫ぶ。
沢渡充希「薬師寺さん!」
スマホから返事は聞こえない。
しかし、真上から声が聞こえてきた。
「だから言ったのに。やめたほうがいいって」
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