藤倉四姉妹の事情

深山瀬怜

茜の話(脚本)

藤倉四姉妹の事情

深山瀬怜

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〇音楽室
  青春の日々は、限りがあるからこそ煌めくのかもしれない。
  第2話「茜の話」
向井穂花「おはよう、藤倉さん今日も早いのね」
藤倉茜「部長、おはようございます!」
向井穂花「もう部長じゃないってば」
藤倉茜「あ、そうでした!」
向井穂花「それにしても、藤倉さんはいつも熱心ね」
藤倉茜「え、えっと・・・もっと上手くなりたいんです!」
向井穂花「向上心があるのはいいことね 一人一人が頑張ればきっと支部大会も夢じゃないと思うし」
藤倉茜「がんばります!」
  市立月見丘中学校吹奏楽部。
  藤倉茜はそこでトランペットを吹いていた。
  そして文化祭を最後に引退した元部長・向井穂花に憧れを抱いていた。
藤倉茜「えっと・・・穂花先輩も、早いですね」
向井穂花「私、推薦で決まっちゃったから暇なのよ」
向井穂花「でも教室だとみんな受験前でピリピリしてるし・・・ここが居心地良くて」
向井穂花「でも元部長の私がいたらやりにくいかな?」
藤倉茜「そ、そんなことないです!」
向井穂花「それならよかった」
向井穂花「そういえば噂で聞いたんだけど、藤倉さん、福引で1等当てたって本当?」
藤倉茜「そうなんです! それで今お母さんたちが世界一周に」
向井穂花「へえ・・・羨ましいなぁ」
向井穂花「私、いつか世界の色々なところを旅してみたいんだよね」
藤倉茜「すごいですね! そういえば先輩って英語も得意ですもんね」
向井穂花「いやぁ・・・得意ってほどじゃないけど、旅して困らない程度には話せるようになりたいね」
向井穂花「あ、ごめん話してたら練習できないね?」
向井穂花「私も練習しようかな。高校でも吹奏楽部やりたいんだ」
  穂花はクラリネットを吹き始めた。
  柔らかな音色を奏でる穂花の横顔を茜は眺める。
藤倉茜(穂花先輩・・・やっぱり上手いなぁ・・・)
  恋も愛も、正直まだわからない。
  けれど穂花を見ているときに抱く気持ちが、
  他の人に対するものとは違うことはわかる。
藤倉茜(でも、穂花先輩は3月には卒業してしまう)
藤倉茜(これまでみたいには、会えなくなるんだよな・・・)
藤倉茜(このままで・・・いいのかな・・・?)
  朝練に一生懸命なのは、穂花に会えるから。
  だけど穂花にとって茜は、ただの後輩でしかない。
  でも、憧れと恋と愛の違いもわからないまま、想いを伝えるのも難しい。
藤倉茜(でもこのままじゃきっと、穂花先輩が卒業したら会うこともなくなるんだろうな・・・)

〇線路沿いの道
藤倉茜「はぁ・・・」
藤倉藍「あれ、茜じゃん」
藤倉藍「どうしたの、溜息なんてついちゃって」
藤倉茜「あ、藍姉・・・」
藤倉茜「藍姉はさ、自分の気持ちが憧れなのか恋なのかわからないってことあった?」
藤倉藍「そんなことを聞いてくるってことは、そういう相手がいるってことかな?」
藤倉茜「まあ、そうなんだけど・・・」
藤倉藍「ふうん、どんな人?」
藤倉茜「そ、そんなことより重そうだねそれ! 半分持つよ!」
藤倉藍「ありがと。今日の夕飯カレーライスなんだけど、そっちも手伝ってくれる?」
藤倉茜「いいよ!」
藤倉藍「ところでその人のことだけど・・・」
藤倉茜「ごまかしきれなかったか・・・」
藤倉藍「いいじゃない。私に言えないような人なの?」
藤倉茜「いや、藍姉の歴代の彼氏に比べれば全然マシっていうか・・・」
藤倉藍「ストレートに言ってくるじゃん・・・」
藤倉茜「吹奏楽部の部長だった人で・・・クラリネットがめちゃくちゃ上手くて、優しくて、かっこいい人なんだ」
藤倉藍「なるほど。そんな人だから、憧れてるだけなのか恋なのかわからないってことね」
藤倉藍「じゃあここで、ちょっと長く生きている姉からのアドバイス」
藤倉藍「その人との思い出をひとつひとつ思い出してみて、そのときの自分の気持ちがどんなものだったかを考えてみるといいよ」
藤倉茜「藍姉はいつもそうやってるの?」
藤倉藍「まあ、一応ね」
藤倉藍「それで怖いとかつらいとかがいっぱいになったら別れるってことになるんだけど」
藤倉茜「それがなければいいアドバイスだったんだけどなぁ」
藤倉藍「私の男運のなさ、知ってるでしょ?」
藤倉茜「まあね」
藤倉藍「で、結論はどうあれ、それを正直に本人に伝えればいいと思うよ」
藤倉茜「こ、告るってこと!?」
藤倉藍「もしそれが恋ならね。憧れでも、ちゃんと伝えた方がいい」
藤倉藍「茜がその人の記憶にちゃんと残りたいと思うなら、後悔しないようにしなよ」
藤倉茜「うん、ありがとう、藍姉」

〇コンサート会場
  穂花先輩との思い出を考えてみた。
  そのほとんどが部活の思い出だった。
  部活動の勧誘のとき、笑顔で挨拶する姿。
  先生がいないとき、練習メニューを決めて合奏を指揮する姿。
  チューニングのとき、穂花先輩の音に自分の音を合わせる瞬間。
  毎日朝早くから部室で練習する姿。
  それだけなら、多分憧れなんだろう。
  でも、一番鮮明に残っていたのは、夏のコンクールのときの姿。
審査員長「県代表は、市立南中学校──」
  今年の県大会は金賞。
  でも県代表にはなれない、いわゆるダメ金。
  それでも前年までは銅賞に終わっていたのだから、快挙と言える結果だった。
向井穂花「みんなよく頑張ったよ! 金賞だよ!」
  部長である穂花も笑っていたし、前年までの結果を知っている身としては、それでも十分だと思えた。
  けれど、穂花の本心は違っていた。

〇音楽室
  コンクールが終わったあと、学校に戻って楽器を片付けた。
  その日はそのまま解散になったけれど、茜は音楽室に忘れ物をしたので取りに戻った。
  そして電気のついていない真っ暗な音楽室で見てしまった。
向井穂花「っ・・・絶対いけると思ったのに・・・」
  穂花は一人で泣いていた。
  私たちは金賞をもらえただけでも十分だと思っていた。
  けれど穂花はそうではなかったのだ。
  ──その瞬間、心が揺れた。
藤倉茜「部長・・・」
向井穂花「あ、ごめんね藤倉さん! どうしたの? 忘れ物か何か?」
藤倉茜「あ、えっと・・・ハンカチを」
向井穂花「ハンカチ・・・あ、これだね?」
藤倉茜「あ、ありがとうございます・・・」
藤倉茜「・・・あの、部長」
向井穂花「ごめんね、変なところ見せちゃって」
藤倉茜「部長は・・・支部大会、行けると思ってたんですね」
向井穂花「だってそのために1年間やってきたから」
向井穂花「あともうちょっとだったのに・・・って思ったら、悔しくて」
藤倉茜「あ、あの! 来年は必ず代表になってみせます!」
向井穂花「おっ、やる気だねえ。嬉しいな」
  でも、わかっていた。
  いくら来年の大会で県代表になっても、そこに穂花はいない。
  穂花の中学3年間をかけた大会は終わってしまったのだ。
藤倉茜(どうしようもないんだってわかってる)
藤倉茜(今年だって、精一杯やってこの結果だったんだし・・・)
  でも、
  悔し涙を流す穂花のことを、
  綺麗だと思った。

〇音楽室
  憧れていた。
  でも、それ以上に、
  とても綺麗な人だと思った。
  でも、それが恋なのかは結局わからなかった。
藤倉茜「穂花先輩!」
向井穂花「藤倉さん? 今日は部活休みの日だよ?」
藤倉茜「わかってます。でも、穂花先輩に話があって」
  答えは見つからない。
  でも、穂花の記憶に残りたかった。
藤倉茜「私、先輩のことが──好きなんです」

〇綺麗なダイニング
藤倉藍「それで、返事はどうだったわけ?」
藤倉茜「「まずはお友達から始めましょう」って」
藤倉雫「それは振られるときの定番の言葉では・・・」
藤倉茜「でも別に先輩とデートしたいとかそういう感情ではなかったし、それでいいかなって」
藤倉藍「そうだね。少なくともこれまでより前進した」
藤倉雫「ピュアだねぇ・・・私の小説の登場人物にも分けてほしいな、それ」
藤倉藍「今どんな話書いてるの?」
藤倉雫「今、ラスボスが実は主人公の仲間の中にいたことが発覚したところ」
藤倉茜「ピュア要素ゼロじゃん!」
藤倉雫「残念ながら・・・」
藤倉茜「あれ、そういえば奏お姉ちゃんは?」
藤倉藍「用事があるんだって」
藤倉茜「デートだったりして」
藤倉藍「かもね。デートとか憧れる?」
藤倉茜「んー・・・正直まだよくわかんないや」
藤倉茜「先輩への気持ちもまだよくわからないし」
藤倉茜「でも、これからも先輩と思い出が作れたらいいなって」
藤倉茜「ありがと、藍姉」
藤倉藍「まあ私、告白の経験だけは人一倍あるからね」
藤倉雫「男運ないけどねー」
  青春の日々は、限りがあるから煌めくのかもしれない。
  でも、物語はそれからも続いていく。
  第2話「茜の話」・終

次のエピソード:雫の話

コメント

  • 微細な心理描写と歴戦の姉の恋愛アドバイス、面白かったです。ダメ金…懐かしい単語に、悔しさが伝わりました。

  • 青春‥ふつくしい‥
    😭私にそんなもんあっただろーかw

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