エピソード38(脚本)
〇オフィスビル
僕は沢渡充希(さわたりみつき)。
女みたいな名前だが、25歳独身の男だ。
ちなみに彼女すらいない。
あるのは仕事だけの寂しい社畜だ。
テレビ番組を請け負う小さな制作会社のアシスタントディレクター、いわゆるADをしている。
これだけ仕事に人生を捧げているんだし、そろそろディレクターくらいには昇進したいところだ。
そう思っていた矢先、ゴールデンタイムに放映される特番で、1コーナーの制作助手を任されることになった。
これが成功すれば今後の待遇にも影響してくる。
チャンスだった。
燻(くすぶ)っている現状を打破して僕は美人で料理上手な人と結婚してみせる!
・・・その前に、彼女作らなきゃだけど。
〇事務所
番組が放映されるのは10月下旬。
番組企画のコンセプトは「ホラーの秋」だ。
正直、季節外れもいいところだしそれだったらハロウィンにかこつけて海外ホラーの企画にしようとも考えた。
しかし、ロケをするとなると海外に行くのは現実的ではない。
ロケ隊を引き連れて海外に行けるほど、うちの会社は裕福ではない。
そう思いながらパソコンに向かい、関東に絞ってネタを集めた。
パッと調べただけでも、いろんないわくつきのものや場所が出てくる。
しかし、どれもどこかで見たことがある二番煎じのものばかりだ。
男の怒声が聞こえる井戸、無人のはずなのに女の泣き声がする廃墟、髪が伸びる呪いの日本人形などなど。
ネタを探し始めてから、もう3時間は経とうかとしていた。
沢渡充希「・・・う~ん」
パソコンに向かいすぎて疲れ切った目をいたわるように目頭を押さえる。
そろそろ一回休憩を挟むか、と伸びをしているときだった。
ディスプレイに映るとある記事のリンクが目に入った。
なんとなしに、僕はそのリンクを踏んだ。
沢渡充希「一家惨殺事件のあとはカルト教団怪死! 群馬の洋館がヤバすぎる件について・・・」
その記事は、群馬県の山奥にある洋館についての記事だった。
数十年前にそこで一家惨殺事件が起こり、その後はカルト教団のアジトになっていたらしい。
だがそれはその宗教団体が集団で怪死してようやく発覚した。
怪死の原因は不明で、誰が殺したのかもわからないまま迷宮入りしてすでに20年が経過しているようだ。
記事には、それ以降洋館の周辺では奇妙なことが起こるようになった、とまとめられていた。
僕は初めて見るその場所に興味がそそられた。
沢渡充希(洋館、っていうのもおあつらえ向きだし、これは絶対いい画が撮れそうだ・・・)
僕は休憩しようとしていたのも忘れ、この事件について過去の新聞や文献を調べることにした。
そして集めた資料をまとめて、僕はその洋館の企画を会議で提出した。
〇小さい会議室
沢渡充希「さて、こちらの資料をご覧ください」
洋館にまつわるエピソードの強烈さと僕の熱意が功を奏したのか企画はすんなり通り、
早速その洋館を舞台にした心霊ドキュメンタリー番組を制作することになった。
舞台となる洋館の所有権は相続者がいないため国に移っていたようだが、
交渉をしたところ、具体的な地名は出さない条件で撮影許可を取ることができた。
番組のシナリオや企画構成も決まっていく。
番組は「霊媒師を呼んで、洋館の怨霊浄化」という内容で進んでいくことになった。
順調に番組制作が続き、僕はプロデューサーやディレクターの好感触に心の中でガッツポーズをしていた。
〇大衆居酒屋(物無し)
「カンパーイ!」
グラスがぶつかりあう音が心地いい。
僕の企画が通ったお祝いのため、会社の先輩の奢(おご)りで飲みに来たのだ。
その先輩は数多くの番組を手がけている僕の憧れの人だ。
心霊番組の経験もあって俺にいろいろアドバイスしてくれていた。
先輩は僕が見つけた洋館のことも前から知っていたらしい。
過去に一度、別の制作会社がその洋館を舞台に心霊番組を制作しようとしてお蔵(くら)入りになったことがあったそうだ。
僕は口の端についたビールの泡を舐(な)めて、 へえ~とお気楽な声を出す。
沢渡充希「あれってあそこの会社だったんすね」
沢渡充希「宗教団体絡みでお蔵入りしたってやつっすよね? 聞いたことありますよ」
先輩「ちげーよ」
僕の言葉に被せるように言う先輩は、少し黙ってから僕に手招きをする。
先輩「・・・耳、貸してみ」
僕は素直に先輩に顔を寄せる。
そして、先輩は小声で話を続けた。
先輩「宗教団体どころの騒ぎじゃねえ。 出演した霊能者が撮影後に死んで、ビデオを表に出せなくなったらしいぞ」
沢渡充希「えっ・・・マジすかそれ」
僕の言葉に頷(うなず)いてから、先輩はにっこりと笑う。
先輩「まあ、大抵こういう話はデマだ」
沢渡充希「なんだ~! ビビらせないでくださいよ~!」
安堵(あんど)の息を吐くと、先輩が真剣な表情で僕を見ていた。
先輩「でも」
先輩「中にはマジでやばいのもあるから、気をつけろよ」
ごくりと口内に溜まった唾液を飲み込む。
それから、恐怖を誤魔化(ごまか)すためにへらりと口角を上げた。
沢渡充希「いやぁ、でも、霊媒師がいるんすよ?」
先輩「・・・霊媒師を連れて行くにしても、大抵のヤツはあくまでタレントの延長みたいなもんだぞ」
先輩「まあインチキとまでは言わないが・・・。 安心しろ、とは言えないな」
先輩「ホンモノは、テレビなんかには・・・。 表には、出てこないんだよ」
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