エピソード37(脚本)
〇高層マンションの一室
カーテンの隙間から差し込む朝日を見ても、俺の気分は憂鬱(ゆううつ)のままだった。
だが、学校をサボるわけにはいかない。
それに今日は日直の仕事があるので早めに登校しなければならない。
俺はのんきに寝ている薬師寺を横目に、弁当を作るためにベッドから抜け出した。
味見もせず詰め込んだ弁当を持って、重い足取りで学校へと向かう。
〇教室
いつもよりずいぶんと早い時間の教室は、静かでひっそりしていた。
誰もいない教室を見渡して息をつく。
日直をやる朝だけに見られる教室の姿だ。
茶村和成(・・・この光景を見られるのも、これで最後かもな・・・)
みんなが登校し始めて、俺はいつも通りに由比とスワにあいさつをする。
俺はふたりにいつ伝えようかと機会をうかがっていた。
学校を離れること。
それは軽い気持ちで決めたことじゃない。
だからこそ、ふたりにどう言い出すかあれこれと考えてしまっている。
〇教室
そうこうしている間に昼休みになり、俺たちはいつも通り教室で昼食をとっていた。
食べ慣れた弁当のメニューが、あまりにも味気なく、箸が進まない。
茶村和成(・・・言わないと)
ぐっと箸を握る手に力が入る。
そのとき、由比が俺の名前を呼んだ。
由比隼人「なあ茶村、放課後ちょっと時間ある?」
茶村和成「え・・・」
不意をつかれて、少し声が裏返る。
俺は少し目を見開いて頷(うなず)いた。
茶村和成「・・・日直の仕事が終わってからでいいか?」
由比隼人「もちろん! じゃあ、放課後屋上に集合な」
茶村和成「おう」
なんの用であれ、都合がいい。
この機会に転校のことを打ち明けよう。
俺は味のしない弁当を食べ終えて、弁当箱と自分の気持ちに蓋をした。
〇物置のある屋上
放課後、俺は日直の仕事を済ませてから由比とスワの待つ屋上の扉を開いた。
由比とスワは、それぞれフェンスと扉のすぐ横に寄りかかっていた。
扉の開く音に気がついた由比は、俺の方に視線を向けた。
由比隼人「お、来た来た」
由比が「よっ」と手を上げながら段差から降りると、俺の方へ歩いてくる。
俺はふたりの顔をまともに見られずに、視線をそらした。
茶村和成「・・・それで、なんの用——」
由比隼人「なぁ、茶村さ、俺たちの前からいなくなったりしないよな?」
茶村和成「!」
由比の問いかけに、俺は言葉を飲み込んだ。
茶村和成「なんで・・・」
思わず口をついて出た声に、由比はニッと笑う。
由比隼人「伊達(だて)にスクープ書いてるわけじゃないんだぜ」
茶村和成「・・・・・・」
諏訪原亨輔「最近のお前は少し変だったからな。 一緒にいればわかる」
勘のいいふたりにどう言うべきか迷い、俺は押し黙ってしまった。
そんな俺を見て由比とスワはお互いに視線を交わす。
スワが、ふう、と息を吐いて俺に言葉を投げかけた。
諏訪原亨輔「なあ茶村、『生きる』ってどういうことだと思う?」
茶村和成「・・・へ?」
スワの突拍子もない問いに、俺は首を傾(かし)げた。
スワは俺の返事を待たずに言葉を続ける。
諏訪原亨輔「俺は誰かと時間をともにすることだと思う」
諏訪原亨輔「その辺の誰かと、じゃなくて、大切な人とだ」
由比はスワの隣に並ぶと、スワの肩に腕をまわした。
由比隼人「つまりさ、俺たちは義務で茶村と一緒にいるわけじゃない」
由比隼人「好きだから、一緒にいるんだよ」
茶村和成「・・・・・・」
無言の時間が流れた。
由比とスワの言葉に感動しないわけはなかった。
正直、由比とスワの言ってくれたことは本当に嬉しい。
だが、俺はうつむき、ぐっと拳を握って絞り出すように零(こぼ)した。
茶村和成「俺も・・・。一緒にいれるなら、ずっと一緒にいたいさ」
茶村和成「・・・でも、俺は無力だ。なにもできない」
俺は、自分が原因で怪異が寄ってきていることを話した。
なぜ薬師寺の家に居候することになったのか。
なぜ旅行に行ったときに、泳げない俺が囮(おとり)になったのか。
数ヶ月前から怪異に巻き込まれるようになったのは、俺が原因であることを必死で伝えた。
茶村和成「だから、俺は・・・!」
伏せていた顔を勢いよく上げる。
すると由比とスワはおだやかな表情で俺の方を見ていた。
その表情に面を食らって、思わず言葉を詰まらせる。
由比とスワは優しく目を細めた。
諏訪原亨輔「知ってたよ」
由比隼人「うん」
スワの言葉に、由比も頷く。
俺は目を瞬かせた。
茶村和成「・・・え?」
由比隼人「茶村の様子が変だから、俺たち薬師寺さんに相談しに行ったんだ」
茶村和成「!?」
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