ねこ達とママさん(脚本)
〇古い畳部屋
ママさんは今日も早起きだ。
日の出よりも先に目を覚まし、
静かに動き始める。
ママさん「ジュンくん、おはようね」
ジュンくん「・・・」
ジュンくんは、
布団ですやすやと眠っていた。
ママさんはジュンくんを起こさないよう、自分の布団を静かに片付ける。
ママさん「さて、ご飯ご飯・・・・・・と」
ご飯の準備。
それはママさん自身のものではない。
この家で暮らす四匹のねこ達のものだ。
特別でも何でもない。
十年以上も繰り返されている、
いつもの一日が始まるのだった。
〇おしゃれなリビングダイニング
まだ薄暗いリビングに出ると、
寝る前に見た景色と多少の齟齬があった。
ママさん「あの子たち・・・」
ご飯を置いていた場所を確認すると、
用意してあったご飯に
手を付けられているのが分かる。
ママさん「食べたのは、エリちゃんだけか・・・」
ママさん「・・・でもエリちゃん、またお残しね。 まあ、食べないよりはいいけど」
残されてしまったご飯。
その器をキッチンに持って行く。
これはあくまで晩ご飯。
朝ご飯は朝ご飯で用意せねばならない。
〇綺麗なキッチン
ママさんはキッチンにて、朝ご飯の用意を始める。
ママさん「う~ん、何にしようかな」
いつも同じものでは飽きてしまうだろう。
今日はどうしようか。
面倒だけれども、それを考えるのが楽しくもあった。
ママさん「~♪」
時計代わりにテレビを点け、
鼻歌混じりに手際よく用意をする。
ママさん「なんとかボイスに、えすでぃーなんとか。 最近のニュースは何を言ってるんだかさっぱりで・・・」
そう言いながらも、手は止まらない。
瞬く間に朝ご飯の用意を終わらせてしまい、ついでに自分の食事も簡単に済ませる。
ママさん「さて、と。 お弁当も出来たことだし・・・」
ママさんは完成した朝ご飯をいつもの場所に置くと、
着ていたエプロンを脱ぎ、身支度に入る。
清掃のパートがあるからだった。
〇白いバスルーム
起床し、朝ご飯の準備。
それが終わってから、身支度。
パートがある日の、いつもの流れ。
時間に余裕がある訳ではないけれども、
いつもより出遅れている訳でもない。
着々と、ママさんは身支度を進めて行く。
ママさん「・・・うん?」
みしりと床を鳴らす音に気付き、
鏡越しに後ろを確認する。
するとそこには、「ユウちゃん」がやって来ていた。
ユウちゃん「・・・」
ママさん「あらユウちゃん、おはようね」
ユウちゃん「・・・」
ママさん「・・・ちょっと元気がない? ひょっとして、 また夜中じゅう起きてたんでしょ」
ユウちゃん「・・・」
ママさん「ご飯、あるよ。 ジュンくんはまだ寝てるだろうから、 今のうちに食べちゃえば?」
ユウちゃん「・・・みぃ」
ユウちゃんは消え入りそうな声で返事をすると、リビングの方へそろりと向かう。
ママさん「ふふ、今日は朝から顔が見れて良かった」
そんなユウちゃんの背中を見送りながら、
ママさんはそっと微笑むのだった。
〇おしゃれなリビングダイニング
ママさん「ん・・・」
ママさんのパートは、正午前には終わる。
帰ったらすぐにお昼ご飯の準備だ。
他の家事も一通り済むと、早起きした分眠気が襲ってくる。
昼寝を挟むと、もう日は沈みかけていた。
ママさん「いけない、もうこんな時間!」
ママさんは用意したお昼ご飯を確認する。
全部で三食分あるそれには、一つしか手が付けられていなかった。
ママさん「食べてくれたの、ユウちゃんだけね・・・」
残念に思いつつも、食べてくれないのであれば仕方がない。
こんなのはもう、とうに慣れっこだった。
ねこ達が「食べたい」と思った時、いつでも食べられるようにしておくのが自分の使命なのだと、ママさんはそう思っていた。
ママさん「今日の夜はどうしようかな・・・」
〇おしゃれなリビングダイニング
外が暗くなってしばらくした頃、
ジュンくんがお外から帰ってくる。
ママさん「あら、お帰りなさい。 今日はちょっと早いのね」
ジュンくん「・・・まー」
ジュンくんの返事は、
どこか不機嫌そうだった。
きっとお外でなにかあったのだろう。
ママさん「・・・ほら、いつものあげるから ご飯にしましょ?」
ママさんはジュンくんのご飯に、いつも
「またたび」をつけるようにしている。
いくら虫の居所が悪くても、これさえあればジュンくんは上機嫌になるのだった。
ジュンくん「まー、まぁあ、まぁん」
ママさん「うんうん、そうなの。 それは大変だったわね」
ご飯を食べて上機嫌になるジュンくん。
途端によく喋り始めるも、
ママさんにはその内容がよく分からない。
分からないけれども、優しく相槌を打つ。
こうしていれば、ジュンくんはやがてお腹一杯になって眠ってしまう。
ジュン君を機嫌よく眠らせてあげること。
それもママさんが使命だと感じている事の一つだった。
ユウちゃん「・・・」
ママさん「あら、ユウちゃん・・・!?」
リビングに入って来たユウちゃんは、
ジュンくんを見て驚いたように止まる。
ジュンくんとユウちゃんは、仲がとても悪かった。だからユウちゃんも、なるべくジュンくんと顔を会わせないようにしていたのだ。
ユウちゃん「・・・」
ジュンくん「・・・」
途端に空気が重くなり、
緊張感が張り詰める。
ママさん「ユウちゃん、どうしたの・・・? もうお腹空いちゃった・・・?」
ユウちゃん「・・・」
ユウちゃんは何も言わずに、
キッチンの方へと向かう。
喉でも乾いていたのだろうか。
そそくさと用事を終えたユウちゃんは、
無言のままリビングを出ようとする。
しかし、その時だった。
ジュンくん「まーっ!」
ママさん「(あぁいけない、ケンカが始まっちゃう・・・!)」
ジュンくんが強い声でユウちゃんを呼び止める。
ユウちゃんはびくりと震えながらも、振り向いて立ち止まった。
ジュンくん「まー!まぁ!まぎゃあん!」
さっきの上機嫌はどこへやら。
ジュンくんは怒っていた。
ママさんの予想通り、ケンカが始まってしまったのだ。
ケンカとは言っても、ユウちゃんの場合はひたすらジュンくんの攻撃に無言で耐えているだけ。
それはジュンくんの気が静まるまで続くので、ママさんにとってはユウちゃんが可哀想で居た堪れない。
ユウちゃんに怒った所で、何が変わる訳でもない。
ここ十数年で、ジュンくんもそれは分かっているだろうにとママさんは思う。
ママさん「・・・ユウちゃんごめんね。 大丈夫だから。お部屋に戻って、ね?」
ユウちゃん「・・・」
無言のまま部屋を去るユウちゃん。
こんな風に仲裁すると、次はどうなるか。
これもママさんには分かりきっていることだった。
ジュンくん「まぁっ!ふーっ!ふーっ!」
ママさん「ジュンくんも・・・ごめんなさいね・・・」
機嫌の直らないジュンくんは、
今度はママさんに怒りを向ける。
でも、大丈夫。
こうして自分が怒りを受け止めてあげれば、明日にはまたご飯を食べてくれることをママさんは知っていた。
〇古い畳部屋
ママさんは今日も早起きだ。
日の出よりも先に目を覚まし、
静かに動き始める。
ママさん「ジュンくん、おはようね」
〇おしゃれなリビングダイニング
今朝のリビングは、散らかっていた。
ご飯は食べ散らかされているし、整えたソファも崩されてしまっている。
ママさん「これは・・・ショウちゃんね」
半ば荒らされたような光景を見て、
しかしママさんは微笑むのだった。
ママさん「そう。ショウちゃん、今日はちゃんとご飯食べてくれたのね。良かった」
ママさん「エリちゃんは・・・ うーん、またお残ししちゃって」
ママさん「困った子たちなんだから、もう・・・」
言葉とは裏腹に、ママさんの機嫌は良い。
自分の用意したご飯をしっかり食べてくれている。
ママさんはそれだけで良かった。
ねこ達が機嫌よく暮らして行けるよう、ねこ達のお世話をする。
それだけで幸せなのだった。
〇綺麗なキッチン
ママさん「~♪」
テレビのニュースは、やっぱりよく分からない。でもママさんは、自分が幸せであることは分かる。
だから、ママさんは今日もご飯を用意する。
ちゃんとしたご飯を用意してあげたいから、パートにも出る。
ママさん「・・・いただきます」
残された白米に、味噌汁をかける。
さあ、お昼は何にしてあげようか。
考えながら、ママさんはねこまんまを流し込むのだった。
日々のルーティーンを淡々と実況するだけの語り口が心地良かったです。ネコにもいろいろな事情があって、無理に解決しようとしないママさんのスタンスがいいですね。ママさんが「ねこまんま」を流しこむラストがバッチリでした。
好きな人(?)に囲まれて過ごす、何気ない日常こそが幸せ…といったことを感じさせる素敵なお話でした。文章からもその雰囲気がすごく伝わってきました。
犬派の作者さんにしては、猫の ”言動”についての記述がほんとに自然で彼らの性質が手に取るようでした。猫たちに囲まれた日常が自分の幸せにつながる、私もママさんの気持ちにとても共感します。