怪異探偵薬師寺くん

西野みやこ

エピソード36(脚本)

怪異探偵薬師寺くん

西野みやこ

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〇住宅街
  次の日の放課後。
  俺は学校の帰りにとある場所に向かっていた。
  高校に入学するまでお世話になっていた児童養護施設だ。
  小さいころから慣れ親しんだ場所で懐かしい気持ちになると同時に、俺は少し緊張していた。
  深呼吸をしてインターホンを押す。
「はい、どちらさまですか?」
茶村和成「2年前までお世話になってた茶村です。 院長先生に用があって・・・」
「あら、カズくん! どうぞ入って来ていいわよ」

〇小さい会議室
  ここの職員の柳さんは、以前と変わらない笑顔で応接室に通してくれた。
  玄関のそばで育てられているアサガオや廊下に飾られている絵は、俺のいたころから変わっていない。
孤児院の職員「院長先生を呼んでくるから、ちょっと待ってね」
  そう言うと、柳さんは俺を残して応接室を出た。
  何年間も過ごした場所だが、応接室に入ったことはほとんどなかったためなんだかそわそわしてしまう。
  落ち着かずに周りを見回していると、応接室の扉が開く。
矢田佳織「カズくん、久しぶりやね」
  俺に微笑みかけるのは、ふくよかで優しそうな女性だ。
  彼女はこの児童養護施設の院長である矢田佳織(やだかおり)さんだ。
  俺は佳織さんにぺこりと会釈する。
茶村和成「佳織さん。ご無沙汰してます」
矢田佳織「もうほんと、全然顔出してくれへんから。 でもよかった、元気そうで」
矢田佳織「またおおきなったんとちゃう? 空手も頑張っとるらしいやん」
茶村和成「いやそんな・・・」
矢田佳織「チビたちにも顔見せてやってよ。 喜ぶよ~みんな」
  ニコニコと話す佳織さんは以前と変わらず快活な気持ちのいい人で、話している俺も心が暖かくなった。
  佳織さんは俺としっかり目を合わせて笑うとポン、と手を叩いた。
矢田佳織「あ、そういえば用があるんやったな。 今日はどうしたん?」
  そうだった、と俺は改めてここに来た理由を思い出した。
  俺は優しく微笑んでいる佳織さんをじっと見つめて、話を切り出した。
茶村和成「・・・俺の過去について、知りたくて来ました」
矢田佳織「!・・・」
  佳織さんの目がわずかに見開いた。
  児童養護施設に預けられる子どもたちは、誰しもなにかしらの問題を抱えている。
  特にショックの大きい出来事を経験した子はPTSD(心的外傷後ストレス障害)を引き起こす可能性もあるため、
  あえて過去に言及しないことも多かった。
  佳織さんは黙ったまま俺の目をじっと見つめていたが、観念したかように目を閉じ、ゆっくりと息をついた。
矢田佳織「・・・そろそろ話すときが来たかねぇ」
  そう言うと、佳織さんはぽつりぽつりとつぶやくように話し始めた。
矢田佳織「今から10年以上前の話になるなぁ」
矢田佳織「カズくんがここに来たばっかりのころは、なーんにも反応せん無感情な子でなぁ」
矢田佳織「なにをするにも無気力で、魂をどっかに置いてきたか思うくらいで」
矢田佳織「・・・でもここで過ごすうちに、だんだん普通の子どもみたいに笑えるようになってん」
矢田佳織「それがめっちゃうれしくてなぁ」
  しみじみと語る佳織さんの表情に、なんだか泣きそうになってしまった。
茶村和成「あの、俺、ここに来ることになった事故以前のことを、なにも覚えていないんです」
茶村和成「・・・それどころか、事故のことも曖昧(あいまい)で・・・」
矢田佳織「・・・・・・」
  佳織さんは難しい表情で黙り込む。
  俺はそんな佳織さんに頭を下げた。
茶村和成「お願いします。 佳織さんが知ってること、すべて教えてください」
矢田佳織「・・・カズくん、頭上げんね」
  俺が顔を上げると、佳織さんは眉間にシワを寄せているままだった。
  そして、弱々しく俺に笑いかけると、佳織さんは真剣な表情で話し始めた。
矢田佳織「事故はねぇ・・・ それはもう、ひどかったらしいわ」
矢田佳織「タンクローリーを巻き込んで数台の車が衝突事故を起こしてね」
矢田佳織「炎が凄まじい勢いで燃え盛って、この世の出来事とは思えない様子やってんて・・・」
茶村和成「・・・・・・」
矢田佳織「カズくんのご両親は即死。 他の車の運転手や同乗者もみんな死んでしまったんよ」
矢田佳織「でもね・・・」
矢田佳織「・・・カズくんだけは、無傷で生き残ったんよ」
茶村和成「――無傷、で?」
  佳織さんは深く頷(うなず)く。
矢田佳織「事故の規模から見ても、カズくんが座っていた位置から考えても、ありえないことやってみんな話しとったんよ」
茶村和成「いったいどうやって・・・」
矢田佳織「それがわからへんねんて」
茶村和成「・・・・・・」
矢田佳織「事故について私が知っとるんはこのくらい、やね」
茶村和成「・・・じゃあ、それ以前のことでなにか知っていることはありますか?」
  佳織さんは少し考えてから、首を横に振った。
矢田佳織「うーん・・・取り立てて言うことはあらへんよ。 至って普通の、いい子やったって聞いとる」
茶村和成「・・・そうですか」
  そのあとは少し世間話をして、子どもたちのところに顔を出してから施設を出た。

〇バスの中

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