第十六話「芝居が好きっていう気持ち」(脚本)
〇おしゃれなリビングダイニング
10年前
ソファで台本を読んでいる寿子。
幼い沙也加はその顔を覗き込んで言った。
青野沙也加「お母さんっていつもこわい顔で台本を読んでるね」
青野寿子「怖い顔じゃなくて、真剣な顔って言ってほしいわね」
青野沙也加「お芝居って楽しいの?」
青野寿子「もちろん。沙也加にもいつかわかるわよ」
青野沙也加「そうかなー?」
青野寿子「沙也加。あなたもお芝居やってみたい?」
青野沙也加「うん。やってみたい!」
ずっと優しかった母が、その日を境に変わった。
以来、私はプライベートで笑った母を見た記憶がない。
〇花模様
第十六話「芝居が好きっていう気持ち」
〇生徒会室
演劇部の部室で、沙也加の演技を智治がチェックしていた。
青野沙也加「智治、ごめん! いまのとこ、もう一回やらせて!」
平井智治「うん! じゃあ一つ前のところから!」
摂津亜衣「沙也加、気合入ってるな」
小山内陽菜「校外発表会以来、ずっとあんな感じだよね」
小山内陽菜「地区大会に向けて、空回りにならなきゃいいけど・・・」
海東三鈴「大丈夫。沙也加のこと信じようよ」
二階堂護「みんな。ちょっといいか。こちらの記者の方が取材したいそうなんだが──」
海東三鈴「取材!?」
柿沢恭介「急にお邪魔してごめんね。これ、僕の名刺」
小山内陽菜「月刊演劇ダイヤ』!? 私、読んだことある!」
二階堂護「お前たちで特集を組みたいそうなんだけど、どうだ?」
海東三鈴「やる! やるに決まってるじゃん!」
柿沢恭介「実はこないだの校外発表会を見せてもらったんだ。あれ、オリジナルだろう?」
柿沢恭介「正直、高校演劇のレベルがあんなに高いなんて、感動しちゃってさ」
海東三鈴「脚本書いたの私です!」
柿沢恭介「へぇ~、そりゃたいしたもんだ」
海東三鈴「ぜひ私のこと大きく書いてくださいっ」
小山内陽菜「三鈴のバカ! 図々しいのよ!」
柿沢恭介「あー、ごめんごめん。 ちょっと言葉が足りなかった」
柿沢恭介「特集したいと言ったのは、あくまで沙也加ちゃんのことなんだ」
青野沙也加「・・・私!?」
柿沢恭介「覚えてないか。先月、お母さんの舞台の初日。楽屋前で会ったんだけど」
青野沙也加「あのときの・・・」
柿沢恭介「元天才子役が突然の引退から八年。 挫折を乗り越えて高校演劇で復活・・・なんて興味そそられると思うんだ」
柿沢恭介「どうだろう、君を中心に特集を組ませてもらえないかな?」
柿沢恭介「あ、もちろんお仲間のことも少しは書かせてもらうから」
青野沙也加「・・・・・・」
摂津亜衣「ちょっとあんた。さっきから聞いてればずいぶん失礼じゃないか」
摂津亜衣「私たちはおまけなのかよ」
小山内陽菜「亜衣。やめなよ」
柿沢恭介「ね! 沙也加ちゃん。お母さんとは昔から顔なじみなんだ。僕のほうから──」
青野沙也加「帰ってもらえますか? 取材を受ける気はありません」
海東三鈴「沙也加・・・」
立ち去ろうとする沙也加を、柿沢が引きとめる。
柿沢恭介「君はまだ、本来の姿には程遠い」
青野沙也加「・・・っ!」
柿沢恭介「自分が一番自覚してるだろ?」
柿沢恭介「僕は売れる特集がしたいわけじゃない。 君の全盛期の演技を、もう一度この目で見たいんだ」
〇土手
海東三鈴「あんな人のこと気にすることないって」
青野沙也加「でも・・・私の過去のことで、みんなを巻き込んでるし」
青野沙也加「取材だって、三鈴は受けたかったでしょ?」
海東三鈴「あんな失礼な奴、願い下げだから!」
海東三鈴「ていうか本来の姿には程遠いとか言われて、なんで何も言い返さなかったの?」
青野沙也加「・・・事実だから。こないだの校外発表会を客席で見たら、私だってそう思う」
海東三鈴「そんなことない──」
青野沙也加「あの日・・・台詞が飛んで固まった時ね。客席にお母さんの姿が見えたの」
海東三鈴「青野寿子が来てたの!?」
青野沙也加「ううん、違う。それは幻だった」
青野沙也加「そんなの頭ではすぐわかったのに、どうしても台詞が出て来なかった」
海東三鈴「・・・ねえ。青野寿子・・・いや沙也加のお母さんってどんな人なの?」
青野沙也加「見た通りだよ。 お芝居に命を捧げている人」
青野沙也加「私は家で、お母さんがご飯を作ってるところは見たことがない」
青野沙也加「いつだってソファに座って、怖い顔をしながら台本ばかり読んでいた」
青野沙也加「それでもお母さんの横にいる少ない時間が、私は幸せだった」
海東三鈴「優しいときもあった?」
青野沙也加「うん。芝居の稽古が始まる前はね」
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熱い展開…!