1-12「天使様」(脚本)
〇華やかな広場
百瀬蛍「・・・百瀬です。ええ、終わりました。 処理をした後で戻ります」
日常の仕事だった。蛍にとっては敵にもならない相手。
一瞬で終わった仕事に溜息を吐き、周囲の物などに被害が及んでいないか確認した後で、踵を返す。
その瞬間に、見覚えのある顔と目が合った。
第12話「天使様」
市来紅羽「話があるんだけど」
百瀬蛍「私にはないわよ」
市来紅羽「何よ、散々突っかかって来たくせに」
市来紅羽「あなたのせいでわりと酷い目に遭ったんだけど?」
百瀬蛍「・・・正しい対処法は教えたわ」
市来紅羽「でもそれって、ずっと天使の血をもらわなきゃいけなくなるってことでしょ?」
百瀬蛍「そうね。何か問題ある?」
市来紅羽「大アリでしょ! 道を歩けば天使がいるわけでもないのに」
市来紅羽「もし天使がいなくなったらどうするの? あなただって困るでしょ」
百瀬蛍「ええ。でも天使様は私たちのそばにいるって言ってくださったから」
市来紅羽「・・・もしその言葉が嘘だったら?」
百瀬蛍「天使様は私たちのことを本当に考えてくれている」
百瀬蛍「人に都合のいいように捻じ曲げられた私たちを自然に戻そうとしてくれている」
市来紅羽「・・・そのわりに、弱い怪物には毒を飲ませるわけ?」
百瀬蛍「あれは人を襲っていたんだもの。罰を受けて当然よ」
市来紅羽「殺すにしても、長い間苦しめる方法を取る必要なんてなかった」
市来紅羽「ていうかそっちが余計なことしなければ、榛兄たちで余裕で倒せたし、榛兄が怪我することもなかった」
百瀬蛍「本当の家族でもないのに、どうしてそんなに怒っているの?」
市来紅羽「・・・血がつながっていなくたって、成り行きで家族になっただけだって、大切な人には変わりない」
百瀬蛍「そう。それは・・・悪いことをしたわね 話はそれだけ?」
市来紅羽「・・・天使の血が入れば、吸血鬼の体は本能を取り戻してしまう」
市来紅羽「あなたもそうなんでしょ? 吸血衝動があるはず」
百瀬蛍「それがどうかしたの?」
市来紅羽「そうなるのがわかってて血を与えたんだとしたら、天使はあなたのことなんて一切考えてないんだと思う」
市来紅羽「あなたの苦しみについては無視して、それで本当に私たちのことを考えていると言えるの?」
百瀬蛍「大きなことを成し遂げるためには、小さな犠牲はつきものよ」
市来紅羽「・・・大きなことって何? 怪異を自然に戻すこと?」
百瀬蛍「それだけではないわ」
百瀬蛍「あの方は、この世界を正しい姿に戻したいと言っていたわ」
市来紅羽「正しい姿って何?」
市来紅羽「誰の基準なの? 天使だからって勝手に正しい世界を決めていいの?」
百瀬蛍「人間は弱いくせに歪に進化して来た」
百瀬蛍「その歪さに巻き込まれて、私たちは怪異として追いやられた」
百瀬蛍「人間と怪異の力関係は歪んでいる。だから、それを正すのよ」
市来紅羽「・・・そんなことをしたら、たくさんの人が死ぬことになる」
百瀬蛍「強いものが生き残るのが世の摂理よ」
百瀬蛍「天使様は、この世界を正しい姿に戻す洪水を起こそうとしているのよ」
市来紅羽「そんなの・・・少なくとも私は嫌だ!」
百瀬蛍「あなたの気持ちなんて知らないわ」
百瀬蛍「もう止められないところまで来ているの」
百瀬蛍「あなたはそれをただ見ていればいいわ」
〇おしゃれなリビングダイニング
市来紅羽「はぁ・・・」
市来碧都「どうしたの?」
市来紅羽「昨日、百瀬蛍に会いに行ったんだけど・・・なんかもうよくわからなくなっちゃって」
市来紅羽「しかも一人で会いに行った話をしたら榛兄にはめちゃくちゃ怒られるし」
市来碧都「まあ・・・それは俺もちょっと怒るかな」
市来碧都「勝手に危ない橋渡って、紅羽が怪我とかするのは嫌だよ」
市来紅羽「・・・でも」
市来碧都「紅羽が榛兄のことを大切に思ってるのはわかってるよ」
市来紅羽「どうすればいいのかわからなくて」
市来紅羽「私は吸血鬼だけど、それが自然だって言われても、今更人間の血を吸う生活に戻れって言われても困るというか」
市来碧都「俺は自分の親が人の血を吸ってるところをいつも見てたから、世の中の吸血鬼ってこんなに血を吸わないんだなって驚いたんだ」
市来紅羽「そうなの?」
市来碧都「俺の父親は吸血鬼で、母親が普通の人間」
市来碧都「父さんはいつも母さんの血を吸ってた。でも、普通の人間が血を吸われ続けると、最後には怪物になって死んでしまう」
市来碧都「だから・・・もし父親が人工血液パックで生活する吸血鬼だったら、ってずっと思ってた」
市来碧都「父は母のことが本当に好きだったんだと思うし・・・ただ、人工血液パックにアレルギーがあったんだよ」
市来碧都「体質的に問題なく人工血液パックが飲めるなら、父はそうしたんだと思う」
市来碧都「だからね・・・何が言いたいかっていうと・・・」
市来碧都「もしかしたら吸血鬼が今の状態になったからこそ愛し合えている人もいるんじゃないかなって」
市来紅羽「そう・・・だよね。今の状態だから一緒にいられることはあるよね」
市来碧都「でもかつての生き方をしたい吸血鬼もいるかもしれない。自由に選べたら一番いいのかもしれないけどね」
クロ「いい話をしていたところ、申し訳にゃいんだが」
市来紅羽「うわぁ、びっくりした! どうしたの、クロ?」
クロ「悪魔の扉が破られた」
市来紅羽「どういうこと!?」
クロ「そのままの意味だ。何者かがあの扉を破壊した」
市来碧都「それって・・・」
市来紅羽「やばいって! あいつが外に出たら・・・」
かつて紅羽が交戦し、手も足も出なかった悪魔。
召喚儀式の際に、悪魔を封じ込められる扉を使っていたのが幸いし、今まで外に出ることなく閉じ込められていた。
しかし扉が物理的に破壊されれば当然悪魔は解放されてしまう。
市来紅羽「・・・行かなきゃ」
市来碧都「でも、紅羽・・・あの悪魔は」
市来紅羽「勝てるとか勝てないとかじゃない」
市来紅羽「あいつとだけは・・・決着をつけなきゃいけない」
市来碧都「・・・わかった。でも俺も行く。紅羽ひとりだけで行かせるわけにはいかない」
市来紅羽「うん、わかった」
〇怪しげな祭祀場
本当は、どこかでわかっていた。
どんな目的があるにせよ、
天使は蛍を駒としか思っていない。
だからこそ、こんな役目を任せるのだ。
百瀬蛍「──血の槍!」
血で作り出した槍を構え、蛍は呼吸を整える。
目の前の扉を壊せば、ここに閉じ込められた悪魔が解放される。
解き放たれれば、この辺りにいる人間はひとたまりもないだろう。
そして、蛍自身も。
百瀬蛍「でも・・・大きなことを成し遂げるには、犠牲がつきもの」
扉の破片が散らばる。その向こうに、悪魔の悍ましい姿が見えた。
百瀬蛍「これで、いいんですよね・・・天使様?」
百瀬蛍「っ・・・!」
戯れに放たれた攻撃を受けても意識が残っているのは、天使の血をもらっているからだろう。
それでも並の吸血鬼に耐えられる攻撃ではない。
百瀬蛍「・・・やっぱり、私はここで死ぬのね」
蛍が覚悟を決めて、
目を閉じたその瞬間。
一滴の血が、その唇を濡らした。
百瀬蛍「え・・・?」
市来榛斗「・・・病み上がりだから、美味しくはないだろうけど」
百瀬蛍「どうしてここに・・・」
市来榛斗「俺はずっと、この扉を見張っていたから」
百瀬蛍「・・・血も繋がってないのに、よくやるわね」
市来榛斗「俺だけじゃない。碧都だって協力してくれている」
市来榛斗「だから、あの天使が何を考えていても、この計画は必ず失敗する」
百瀬蛍「──大した自信ね」
市来榛斗「俺たちはそんな大きなもののためじゃなくて、とても小さなもののために戦っているからね」
一滴の血が、命を繋ぐ。
自分に背を向けた榛斗に、蛍は小さな声で言った。
百瀬蛍「・・・美味しくないわね、あなたの血・・・」
推測です❤️
私、あの天使様は、元の自分、つまり、
羽根の生えた霊的生き物の天使に戻りたがってるのだと思います。
天使に肉体と血があるあの世界が嫌なのではないでしょうか‥。
やっ……やべえええええええ美味しくない榛兄の血、まさかここまでイケメンな役割を担うとは?!!!!←
これは反則すぎる…かっこよい…
碧都さんの話、なかなか衝撃でしたね…人工血液パックを受け付けない吸血鬼もいるのか…
なんだか大変なことになってきてドキドキします!