怪異探偵薬師寺くん

西野みやこ

エピソード34(脚本)

怪異探偵薬師寺くん

西野みやこ

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〇森の中の沼
坂口透「——オレの魂も一緒に連れて行ってくれ。 もうこんな冷たい場所で、お前をひとりにはしないから」
鈴木梨香子「・・・!」
  坂口さんの言葉に、梨香子さんがぴくりと反応したように見えた。
  その瞬間、沼の水が坂口さんをさらうように覆いかぶさる。
茶村和成「坂口さん!!」
  ドプンと音を立てて、梨香子さんも坂口さんも姿を消した。
  残されたのは彼女がいたはずの場所から広がる波紋だけで、それ以外はまるで何事もなかったかのような静けさだ。
  足の力が抜け、俺はその場に座り込む。
茶村和成「嘘・・・だろ・・・」
薬師寺廉太郎「・・・・・・」
  俺はしばらくなにも言えずに、水面の波紋を見つめていた。
  やるせない気持ちで、俺は沈黙した。
  ぐっと拳を握り込む。
坂口透「ぶはっ!?」
「!?」
  突如、沼から坂口さんが顔を出した。
  彼は、まばたきを繰り返して、困惑した表情で俺たちを見た。
坂口透「あれっ!? オレ、なんで・・・!?」
  動転している坂口さんのそばにふわりと梨香子さんが立つ。
  彼はハッとして身じろいだ。
坂口透「りか——」
  坂口さんが言葉を発しようとした瞬間、眩(まばゆ)い光が梨香子さんを包んだ。
  あまりの眩(まぶ)しさに、思わず目をつぶる。
  なんとかして目を開けると、ぼんやりと白い光を放つ彼女の姿が見えた。
坂口透「梨香子・・・」
  先ほどまでとは違い、梨香子さんにはきちんと目があった。
  彼女は立ったまま、坂口さんを優しい眼差しで見つめている。
  俺は驚いたまま梨香子さんを見つめ、薬師寺も口をポカンと開けている。
薬師寺廉太郎「・・・こんなことが・・・」
茶村和成「ど、どういうことだ!?」
薬師寺廉太郎「俺にもわからないよ」
  梨香子さんがすっと坂口さんの顔を撫(な)でた。
  彼の顔がくしゃりと歪(ゆが)む。
  薬師寺は難しい表情をして、坂口さんと梨香子さんの様子を眺めている。
薬師寺廉太郎「怪異が生まれた原因である恐れが消えたことによって・・・」
薬師寺廉太郎「ほんの少しだけ残っていた魂の残滓(ざんし)が開放されたのか・・・」
薬師寺廉太郎「可能性として考えられるのは、今のところそれくらいしかないな・・・」
  薬師寺のひとりごとのような難しい説明に、俺の眉間にシワが寄る。
  そんな俺の様子に気づき、薬師寺は微笑んだ。
薬師寺廉太郎「奇跡が起きた、ってことだよ」
  坂口さんは涙を流して、梨香子さんの手に自分の手を重ねる。
  ぼたぼたとふたりの手に彼の涙が伝った。
坂口透「梨香子・・・オレ・・・オレは・・・」
  梨香子さんがすっと坂口さんの耳元に顔を寄せた。
鈴木梨香子「————」
坂口透「・・・!」
  彼女は坂口さんと顔を見合わせると、柔らかく笑みを浮かべる。
  そのまま梨香子さんは光の粒となって空中に消えていった。
  坂口さんは呆然(ぼうぜん)として、光を見つめている。
  それから、再び彼女が姿を現すことはなかった。

〇古民家の居間
  放心していた坂口さんを引きずり、俺たちが民宿に帰り着いたのは丑(うし)三つ時の頃だった。
  泥だらけで帰ってきた坂口さんと俺を見て女将さんは驚きながらも、すぐに服を洗ってくれた。
  女将さんの「あとは任せて早くおやすみ」という気遣いに素直に頷(うなづ)き、俺たちはざっと身体を洗って布団に潜る。

〇古めかしい和室
  疲弊した身体が鉛のように重い。
  俺はあっという間に意識を手放し、そのまま朝の9時頃まで寝ていた。

〇古めかしい和室
  早朝からの快晴のおかげで、洗ってもらっていた服はあっという間に乾いたらしい。
  俺たちは太陽の香りに身を包み、少し遅めの朝食を食べてから件(くだん)の沼に向かった。

〇森の中の沼
  沼では、坂口さんの車の引き上げ作業が行われている最中だった。
  少し離れた位置で待機していると、そこに八木さんがやって来た。
八木要「ひとりの遺体が見つかった。 状況から考えて、鈴木梨香子さんで間違いないだろう」
坂口透「・・・そうですか」
  坂口さんは俯(うつむ)き、下唇を噛む。
  八木さんはそんな坂口さんに構う気もなく、手元の資料に目を通しながら淡々と告げた。
八木要「詳しい事情聴取は管轄の署で行う。 彼らについて行ってくれ」
坂口透「はい」
  坂口さんは八木さんの後ろに控えていた数人の警察官についていく。
  数歩進んだところで、坂口さんが振り返った。
坂口透「・・・おふたりとも、本当にお世話になりました」
坂口透「これから一生かけて自分の罪を償(つぐな)っていきます」
坂口透「死にたくなるときもあるかもしれない。 でも、生きます」
坂口透「それが梨香子の最後の願いだったから」
  坂口さんはぺこりと頭を下げた。
  俺も軽く会釈(えしゃく)を返す。
  そして、彼は俺と薬師寺に背中を向けて去って行った。
  俺たちは無言のまま、小さくなっていく坂口さんの背中を、完全に見えなくなるまで見守り続けた。
八木要「・・・じゃ、お前らも帰るぞ」
  八木さんは、俺と薬師寺の頭にポン、と手を乗せた。

〇集落の入口
  俺と薬師寺は、八木さんの車で帰ることになった。

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