怪異探偵薬師寺くん

西野みやこ

エピソード33(脚本)

怪異探偵薬師寺くん

西野みやこ

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〇古めかしい和室
  うわあああああああ!!
  俺は叫び声で目を覚ます。
  バッと身体を起こすと、坂口さんが部屋の隅で壁にへばりつくように縮こまっていた。
坂口透「来るな・・・来るなァ!!!!」
茶村和成「坂口さん!?」
  俺は布団から抜け出し、坂口さんに駆け寄る。
茶村和成「大丈夫ですか!?」
坂口透「来るな・・・頼む・・・許してくれ・・・梨香子・・・!」
  俺は坂口さんの怯えた目が指す方向を慌てて振り返った。
  そこには1体のこけしがいた。
  目の部分はくり抜かれており、髪はセミロングくらいの長さだった。
坂口透「たす、助けてくださ・・・」
  坂口さんは俺に縋(すが)るように抱きつく。
  俺と坂口さんの身体が触れ合ったその瞬間、こけしが女の姿に変化した。
茶村和成「なっ・・・」
  女は水滴を滴らせながら、ずぶ濡れの髪を振り乱している。
  関節が変な方向に曲がっていて、目があるはずの部分は窪みぽっかりと闇を覗かせていた。
  そのままこちらの方へ女がゆっくりと近づいて来る。
坂口透「梨香子・・・」
茶村和成(あれが・・・?)
  俺は坂口さんを守るようにしゃがみ、目の前の梨香子さんらしき女を睨んだ。
  彼女が畳を踏むたび、ぴちゃりぴちゃりと水音がする。
  顔をしかめてその様子を見ていると、あることに気がついた。
鈴木梨香子「・・・・・・」
茶村和成「・・・?」
茶村和成(なにか、言ってる・・・?)
  彼女の口元が、わずかに動いている。
  俺は唇の動きにじっと目を凝らした。
鈴木梨香子「・・・・・・」
鈴木梨香子「・・・あ、う・・・ええ・・・?」
茶村和成「————!」
  彼女の伝えたい言葉に気づいた瞬間、目の前にいた彼女の姿が煙のように消える。
  そしてそこには、こけしだけが残された。
茶村和成「!?」

〇古めかしい和室
薬師寺廉太郎「ふわあ・・・」
  薬師寺も布団から起き出し、電灯をつけると残されたこけしを拾い上げる。
  こけしを手にして大きなあくびをしながら、ぽい、と自分の頭にこけしを投げる。
  すると、狐面が口を開けこけしをバリバリと食べた。
薬師寺廉太郎「よく寝た。おはよう、茶村。坂口さんも」
茶村和成「薬師寺・・・」
  坂口さんは呆気にとられて、先ほどまで梨香子さんらしき女がいた場所を見ている。
  薬師寺はスマホを確認して頷(うなず)いた。
薬師寺廉太郎「23時ね・・・そろそろ出発しようか」

〇けもの道
  薬師寺は山の方に向かっていた。
  俺は困惑して薬師寺に声を掛ける。
茶村和成「おい、この時間に山に入るのは・・・」
  そのとき、ぼんやりとした光の球が目の前に飛んできた。
茶村和成「なっ・・・?」
  獣道の先に、数個の光の球と、道標のように点々と立っているこけしが見える。
  薬師寺は振り返り、目を細めた。
薬師寺廉太郎「呼ばれてるみたいだね」
  薬師寺の言葉に、俺と坂口さんは頷く。

〇森の中の沼
  こけしを頼りに進んでいくと、少し開けた沼地にたどりついた。
坂口透「ここ・・・オレたちが落ちたところだ・・・」
  上を見上げると、かすかに道路が見える。
茶村和成「どうしてここに?」
薬師寺廉太郎「ここが、この怪異の元凶ってことだよ。 彼らが隠蔽のために吐いた嘘が歪(ひずみ)となり新しい怪異を生み出したんだ」
薬師寺廉太郎「・・・ほら、お待ちかねみたいだよ」
  薬師寺が沼を指さすと、そこにはぼんやりと水面に立つ梨香子さんの姿があった。
  さっき民宿で見たのと同じ、梨香子さんは底のない黒い窪みでこちらを見ている。
坂口透「!!」
  坂口さんは驚き、腰を抜かしてしまった。
  薬師寺は一歩踏み出し、坂口さんと梨香子さんの間に立つ。
  彼女は薬師寺の姿を認めると、恐れるかのように奇声を上げた。
  薬師寺はいつものように狐面に触れる。
茶村和成「待ってくれ!」
  思わず口をついて出た言葉に、薬師寺は不思議そうな顔で俺を見た。
茶村和成「・・・言ってたんだ。「助けて」って」
  民宿で梨香子さんが言っていたことを思い出す。
  彼女は、たしかにそう言っていた。
茶村和成「もし、このまま彼女が消えたら・・・」
薬師寺廉太郎「・・・魂ごと消滅するよ。 彼女の魂は輪廻転生の理(ことわり)から外れて、なくなってしまう」
「・・・!」
薬師寺廉太郎「それは俺にはどうにもできない。 一度現れた怪異を元の状態に戻すなんて、見たことも聞いたこともない」
  当たり前のように静かに告げる薬師寺に俺は唇を震わせる。
茶村和成「そんな・・・」
  そんなのって、あんまりじゃないか?
  俺は水面に佇(たたず)んでいる梨香子さんの姿を見つめる。
  すると、彼女の右手がこちらに向けられた。
  右手の動きに合わせて、突然坂口さんの身体が勝手に動き出す。
坂口透「ヒィッ・・・やめてくれ・・・!」
  茶村が制止しようとするもかなわず、坂口さんは沼の中へズブリと足を踏み入れる。
  水面に振動が広がっていき、坂口さんの身体はゆっくりと沈んでいく。
薬師寺廉太郎「早くしないと彼も持っていかれる。 ・・・いいね?」
茶村和成「ッ・・・」
  俺はぐっと拳を握り、坂口さんに向かい走った。
茶村和成「・・・待ってくれ!」
  俺は坂口さんの元へと走り、動きを封じるように羽交い締めにする。
  彼が沼の中心へと進んでいくのをなんとか食い止めようと腕に力を込めた。
  しかし坂口さんを引っ張る力が強く、俺の身体もどんどん引きずり込まれていく。
茶村和成「・・・ッ」
  足元がどんどん沼に浸かっていく。
  ぞわりとした感覚が全身を駆け巡る。
薬師寺廉太郎「茶村、離れて。 怪異は生身の人間が立ち向かえるものじゃない」
  俺はいやに冷静な薬師寺の言葉にあらがうように全力で踏ん張った。
茶村和成「・・・いや、だ!」
茶村和成「お前が無理と言おうが、俺は助けを求める人を見捨てることはできない!」
茶村和成「それが、怪異だろうとも!」
薬師寺廉太郎「・・・・・・」
  薬師寺は少し面食らったような表情を浮かべ、笑みを深める。
薬師寺廉太郎「しょうがないなぁ・・・。 ほんと、変わんないんだから」
  薬師寺がなにか言った気がしたが、それに構っている余裕はない。
  俺は目の前の坂口さんに向かって叫ぶ。

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