フィクサーなる男(3)(脚本)
〇大きな日本家屋
親しきも疎きも友は先立ちて
ながらふる身ぞ悲しかりける
〇城の客室
義孝「何か仰られましたか?」
山縣「・・・いや」
山縣「随分と長く生き過ぎたと思ってな」
義孝「何を仰られます。公爵閣下には、まだまだこの国を見届けてもらわねばなりません」
山縣「お前もそうやって時代を作り続けたいのか?」
山縣「いつまでもこの世にしがみつき、若き者達を朽ちて往く己の都合に引きずり込みたいのか?」
義孝「・・・」
山縣「我らはそれを拒み維新を成し遂げた」
山縣「故に生き恥を晒した者は老害として死なねばならん」
山縣「自由民権の敵。軍閥の首魁」
山縣「維新英傑の尻馬に乗っただけの雑兵」
山縣「民に生れながら民を弾圧し、才無く徳無く金と権力を恣にする大俗物としてな」
義孝「私は分かっています」
義孝「あなたが成し遂げたことを」
義孝「そしてその思いが歪んだ形で継承されつつあることを」
山縣「いずれ人々は言うだろう」
山縣「この国に降り注ぐ血の穢れは、全て山縣が作り上げた軍隊より始まったと」
義孝「・・・」
山縣「ははは。愚痴を垂れ流す癖は、死ぬるまで治らんかったわ」
義孝「お身体に触ります。その辺りで」
山縣「好きにさせろ。もってあとひと月だそうだ」
山縣「故にお前に言い残さねばならん事がある」
義孝「はっ。武人(ぶじん)の矜持はしかとこの身に!」
山縣「そういう話ではない」
山縣「来栖川実朝には気をつけろ」
義孝「・・・え?」
義孝「実朝叔父ですか?」
山縣「あの男をどこまで知っている?」
義孝「来栖川分家の婿養子でかつては裏日本随一の問屋だったとか」
山縣「左様な手練れが他家の養子になど入るか」
義孝「ご存じなのですか?実朝叔父を・・・」
山縣「あれはその随一の商家の穀潰しだった男。名もまた改名したものであろう」
山縣「口八丁手八丁で周りを堕落させる、軽薄にして冷酷な外道。それがヤツの正体だ」
山縣「その強欲で怠惰で邪悪なる本性が若き日と変わってないなら、いずれ来栖川家に災いをもたらすだろう」
山縣「さりとて、時代があのような者を受け入れ始めておるのもまた事実」
山縣「ヤツの朗らかさは見せかけだ。特に新時代を担う若者には絶対に近づけてはならん。よいな」
義孝「き、肝に銘じておきます」
山縣「結構」
山縣「下がって宜しい」
山縣「・・・」
義孝「・・・その写真の方は?」
山縣「武人」
山縣「そして、朋(とも)だ」
〇武術の訓練場
〇城の客室
山縣「・・・」
義孝「山縣閣下」
義孝「これまでのご指導ご鞭撻、有り難うございました!」
山縣「うむ」
山縣「さらばだ」
〇黒
『確かに・・・』
『確かに俺は実朝叔父を見誤っていた』
『一抹の腹黒さは感じながらも、憲兵司令まで上りつめた己の力量を過信していた』
『足元をすくわれる前に上手を取れると、高を括っていた』
『だから易々とお前に近づけてしまった』
〇荒廃した教会
義孝「俺を見限り離れてゆくお前にデモクラシー思想を植え付けたのは実朝叔父であった」
義孝「ならばあの男が俺を消し去ろうとする一派に名を連ねていても何ら不思議ではない」
義孝「つまりは我ら親子から来栖川家を奪い取ろうとしているのであろう」
義孝「さて」
義孝「当主として如何に裁定を下す?」
義孝「桜子」
つづく