Alkaid

深山瀬怜

甘美な無法(脚本)

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深山瀬怜

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〇広い公園
瀧口星音「(今日から喫茶アルカイドでバイトだ)」
瀧口星音「(店長のハルさんは、同じくらいの歳の人たちが多いって言ってたけど、どんな人たちなんやろ)」
瀧口星音「(まあ、ハルさんは「みんないい子だよ」って言ってたし、何とかなるやろ)」
少年「えーん!痛いよー!」
瀧口星音「どないしたん? 何や、転んで膝すりむいたんか」
瀧口星音「大丈夫。おねえさんが今からすぐに治したるで」
少年「あれ・・・痛くない・・・?」
瀧口星音「こんな怪我なら五秒で治るで? ほら、見てみ?」
少年「ホントだ! おねえちゃんすごい!」
瀧口星音「こんなんウチにとっては朝飯前や」
母「ちょっと! うちの子に触らないで!」
瀧口星音「あ・・・」
母「ああ、なんてこと・・・能力者〈ブルーム〉に触られるなんて・・・」
母「やっぱりこんなところの公園なんかで遊ばせるんじゃなかった!」
母「ほら! 帰るわよ!」
瀧口星音「(・・・ウチだって、好きでこんな力あるわけやないねん)」
瀧口星音「(でも、能力者が差別されてるのは今に始まったことやない)」
瀧口星音「(せやからこんなことで落ち込んでても仕方ない。早くバイト行かな)」

〇レトロ喫茶
瀧口星音「今日からお世話になります、 新人の瀧口星音です!」
  喫茶アルカイド。
  今日からここが星音のバイト先だ。
  店長の話では「みんないい子」ということだったが、店内で繰り広げられているのは、先輩店員同士の盛大な揉め事だった。
渚寧々「だからお客さんにガン飛ばしちゃいけないって言ったじゃん!」
柊由真「お金投げて来たほうが悪いでしょ」
渚寧々「まあ、それはそうだけど・・・」
柊由真「じゃあ何? そんなことされても笑いたくもないのにニコニコ笑ってればいいわけ?」
渚寧々「うん、ごめん。私が悪かった」
瀧口星音「(そっちが折れるんや・・・)」
亘理梨杏「ほら二人とも、新人が困惑してるよ?」
渚寧々「ごめんね、星音ちゃん。 私は渚寧々。喫茶アルカイドの店長代理」
渚寧々「まあバイトリーダーみたいなものね」
渚寧々「それからこっちの目つきが悪いのが柊由真。主に珈琲担当ね」
渚寧々「それから彼女が亘理梨杏。主に紅茶担当」
渚寧々「あと今日シフトに入ってないけど、衣装と食事メニュー担当の月島或果がいるわ」
渚寧々「一気に言っちゃったけど、おいおい覚えてもらえばいいから」
渚寧々「じゃあ、星音ちゃんの教育担当は由真にお願いするわね」
柊由真「そういうの絶対梨杏の方が向いてると思うんだけど・・・」
渚寧々「新人教育も仕事だから。それに接客のいい反面教師だよ?」
瀧口星音「(反面なんや・・・)」
柊由真「寧々が私で本当にいいって言うならそうするけど」
渚寧々「じゃあよろしくね」
瀧口星音「よろしくお願いします!」
柊由真「そんな固くならなくても大丈夫」
柊由真「まずはメニュー見て、だいたいでいいから頭に入れるところから始めようか」
柊由真「あと簡単なやつだけどマニュアルがあるから・・・」
瀧口星音「(何や、普通に優しいやん・・・)」
  メニューを見ている星音に、由真が横からすかさず解説を入れる。
  それが大体星音がよくわからないと思ったタイミングだったので、星音は密かに驚いた。
  まるで人の心が読めるようだ。
  けれど読心系の能力の持ち主はいないと店長のハルが言っていた。
  つまり由真は星音の表情だけを見て判断しているのだ。
瀧口星音「大体覚えたと思います」
柊由真「じゃあ、次のお客さんの注文取ってみようか。 この時間だと常連のおばあちゃんが来ると思うから」
瀧口星音「え、そんないきなり常連さんで大丈夫なんですか?」
柊由真「大丈夫。私のおばあちゃんだし」
瀧口星音「いや、おばあちゃんってそっちのおばあちゃんかい!」
柊由真「いいツッコミだね。大阪人?」
瀧口星音「あ、いやこれはですね・・・小学生のときに、好きな漫画のキャラの口調真似してたら、それが抜けなくなっちゃって」
瀧口星音「でもこの口調の方が人に話しかけやすいんですよ。 なのでもうこのエセ大阪弁で生きていくしかあらへんと思って」
由真のおばあちゃん「こんにちは」
瀧口星音「い、いらっしゃいませ お好きな席へどうぞ」
瀧口星音「こちらメニューになります ご注文がお決まりの頃にまたお声掛けしますね」
由真のおばあちゃん「もう決まったわ こちらのワッフルセットで、飲み物はスペシャルブレンドを」
瀧口星音「かしこまりました。ワッフルセットがおひとつ、飲み物はスペシャルブレンドですね?」
由真のおばあちゃん「あなた、新人さん?」
瀧口星音「あ、はい、今日から入った瀧口星音です!」
由真のおばあちゃん「綺麗な名前ね。孫をよろしくね」
柊由真「ちょっと、世話してるの私なんだけど あと目付き悪いから星音が怖がってるじゃん」
瀧口星音「(目付きのことは由真さんには言われたくないなぁ・・・・・・)」
瀧口星音「由真さん、ワッフルセットひとつ、ドリンクはスペシャルブランドで」
柊由真「本当のお客さんでもちゃんとできたじゃん」
瀧口星音「でも、身内っちゃ身内ですよね・・・」
柊由真「まあ・・・・・・今はここでしか会わないけど」
柊由真「あ、冷蔵庫からワッフル出してきてくれる? もう盛り付けてるやつが一つあるから」
瀧口星音「めちゃくちゃ準備いいな・・・」
柊由真「おばあちゃん、いっつもそれだから」
瀧口星音「じゃあ何でわざわざメニュー見てたんや・・・」
  何だか不思議な人たちだ。
  星音はそう思いながら、由真に言われたとおりに冷蔵庫からワッフルを取り出した。

〇レトロ喫茶
  星音がアルバイトを始めてから二週間。その客は突然やってきた。
客「なんだ、シケた店だなぁ まあお前のセンスならこんなもんか」
少女「・・・・・・」
瀧口星音「(絵に描いたようなクソ客だ・・・)」
柊由真「私が代わりに行こうか?」
瀧口星音「大丈夫です。もう接客も慣れてきましたし」
瀧口星音「いらっしゃいませ こちらメニューとお冷やです」
客「あー注文いい?」
少女「スペシャルブランド・・・と、カモミールティーを」
  男はメニューを指差して、一緒にいる少女に注文させていた。
瀧口星音「(何やこいつ。その口は飾りか?)」
瀧口星音「(まあ仕事は仕事や)」
瀧口星音「由真さん、スペシャルブランドとカモミールティー、お願いします」
柊由真「・・・あの男、泥水でも入れてやろうかな」
瀧口星音「(とんでもない言葉が聞こえたけど、聞こえなかったことにしよう)」
瀧口星音「(でも、あのタイプの男には早急にお迎えが来ればええのにな・・・・・・あの子何であんな奴と付き合ってるんやろ)」
柊由真「はい、スペシャルブレンドとカモミールティー」
瀧口星音「ありがとうございます。持っていきますね」
  出来上がった飲み物をトレイに乗せて運んでいく。
  星音はバランス感覚には少々の自信があった。
  見事に一滴もこぼさずにテーブルに辿り着いた――星音がそう思った瞬間だった。
瀧口星音「え?」
客「おいてめえ! どうしてくれるんだよこれ!」
  自分でも何が起こったかわからなかった。
  気がつけば星音は床に倒れていて、飲み物は男のズボンにぶちまけられていた。
瀧口星音「す、すいませ・・・」
柊由真「謝らなくていい」
瀧口星音「由真さん・・・」
柊由真「こっちが悪いことしてないのに謝る必要はないから」
瀧口星音「(かっこいいけど相手は客なんだよな・・・)」
客「そいつのせいでズボンダメになったんだぞ! ちゃんと謝れや!」
柊由真「謝るのはそっちでしょ 人に足引っかけといて被害者面しないで」
客「こっちは客だぞ! 何だその態度は!」
柊由真「うちの店はあんたみたいなのを客とは呼ばないから」
瀧口星音「(いやもう喧嘩やんこれ。止めた方がええんかな・・・)」
  二人の言い争いに口を挟む余地はなかった。
  星音は代わりに、横目で椅子の上で縮こまっている彼女の方に目をやった。
  彼女も男にやめるように言いたそうにしていたが、怖いのか何も言えずにいるようだった。
  星音は痛みを堪えるような顔をしている彼女に気が付き、気付かれないようにその体を観察する。
瀧口星音「(この子・・・どっか怪我してる?)」
瀧口星音「(もし怪我してるなら、ウチの能力で少しでも治してあげたいけど・・・この状況じゃ言い出せへんし)」
柊由真「星音は向こう戻って着替えてきて 制服濡れちゃったでしょ? 向こうに或果がいるから」
瀧口星音「(これは或果さんに言えってことか・・・)」
  何も言ったつもりはないが、由真は星音の様子を見て何かを察してくれたらしい。
  星音は由真の言う通りに、言い争う二人からそっと離れて、従業員用の更衣室に向かった。

〇学校の部室
月島或果「さっきのお客さん、もう帰ったみたいから大丈夫だよ」
瀧口星音「あ、ありがとうございます あの・・・由真さんあの後大丈夫やったんですかね?」
月島或果「寧々がすぐに出て行ったから大丈夫だよ でもあいつが悪いからね・・・星音は大丈夫だった?」
瀧口星音「ウチは全然 でもあの人追い返せるのってすごいですね、寧々さん」
月島或果「寧々も謝ってはなかったけどね 動かぬ証拠を突きつけて警察に通報するぞって脅してたし」
月島或果「うち、色々あるから実は店内に監視カメラがついてるのよ」
瀧口星音「強いですね・・・ウチはもう思わず謝っちゃいそうになったし」
月島或果「私もそんな感じだよ でもまあ今回は本当にこっちの落ち度じゃなかったからね」
月島或果「あそこまでひどい客はそんなにいないから、気にしなくていいよ」
月島或果「喫茶店の仕事は趣味みたいなものだし そもそもそんなにお客さんも多くないからさ」
瀧口星音「あ、そうだ! ウチ。もうひとつの仕事の話、まだ何も聞いてないんですけど」
月島或果「そうなの? まあ最近平和だったし、確かに喫茶店の仕事の方先に覚えたほうがいいかなぁ」
月島或果「星音って何系の能力なんだっけ?」
瀧口星音「怪我とか治したり・・・あとは気力もちょっと回復したり、ですね」
月島或果「あー確かにそれは納得の採用だね 治癒系は一人もいないんだよね」
瀧口星音「他の人はどんな能力なんですか?」
月島或果「私は紙に描いたものを具現化する力 寧々は能力を解析したり定義したりする力って言ってたかな」
月島或果「それから梨杏はこの店唯一の無能力者、つまりノーマなの」
瀧口星音「由真さんは?」
月島或果「どういう能力かは寧々でも解析できなくて」
月島或果「とりあえず今のところうちで唯一の攻撃系、つまりアタッカーだね」
瀧口星音「一番大事な攻撃系の能力が解析できないって、大丈夫なんですか?」
月島或果「でも強いよ、由真は」
  喫茶アルカイドの店員は、梨杏以外の全員が特殊な力を持っている。
  地球に7つの隕石が落ちた数百年前の事件から、特殊な能力を持つ人間、つまりブルームが生まれるようになった。
  能力者は、うまく能力を使えなかったり、悪用してしまったり、果ては暴走してしまったりと様々な事件を起こした。
  アルカイドの店員たちは、そんな能力者がらみの事件を解決するトラブルシューターとしても活動しているのだ。
月島或果「とりあえずそっちの仕事は、呼ばれたら行くって感じだから」
月島或果「寧々が由真を教育係として指名したってことは、しばらくは由真とペアかな その方がどんなことしてるかはわかりやすいと思うし」
  この能力で人の役に立ちたい。
  それが星音がこのバイトに応募した理由だった。
  この力が誰かの助けになるのなら。
  星音は意を決して、先程気がついたことを或果に言う。
瀧口星音「さっきの客の、一緒にいた女の子のことなんですけど・・・」
月島或果「それはもしかしてこっち絡みの話かな? じゃあ向こうに戻って、寧々と由真にも聞いてもらおうか」

〇レトロ喫茶
渚寧々「あ、星音ちゃん大丈夫だった?」
瀧口星音「大丈夫です。どちらかといえばお二人の方が・・・」
渚寧々「ま、穏便にお帰りいただいたよ でもちょっと気になることがあるんだよねぇ」
瀧口星音「気になること?」
渚寧々「クソ男の方はどうでもいいんだけどさ・・・あの彼女の方がブルームだったのよ」
瀧口星音「でもあの子・・・」
柊由真「でも、多分あの子は能力者であることを隠してる あの男も知らないんだと思う」
瀧口星音「どんな能力なんですか?」
渚寧々「色を変える能力ね 緑色の紅茶とか作れるかも」
瀧口星音「それはもう緑茶やん」
渚寧々「普通にしてれば大した力ではないんだけど、制御を失うようなことがあるとやばいんだよね」
渚寧々「何せあんなクソ男が近くにいるし・・・ちょっと心配」
瀧口星音「(由真さん、リンゴジュースにショートケーキは甘すぎないか?)」
瀧口星音「(いや今そんな場合じゃないのわかるんだけど・・・あれ?)」
  余計なことを考え始めた星音は、由真が左耳に無骨なイヤーカフをつけていることに気がついた。
瀧口星音「(結構ごっついよな・・・かっこええやん)」
柊由真「星音、どうかした?」
瀧口星音「あ、えっと・・・」
柊由真「さっきも何か言いたそうにしてたけど、もしかしてあの女の子のこと?」
瀧口星音「えっと・・・そんなところです これはウチの勘なんやけど・・・あの子、どっか怪我してるんじゃないかなって」
瀧口星音「しかも治すのにちょっと時間がかかりそうな」
柊由真「ちょっとした怪我なら一瞬で治せるんだよね? だとしたら骨折とか?」
瀧口星音「骨折ならもうちょいわかりやすくギプスとかつけるやろ」
瀧口星音「治りにくい傷とかも時間がかかるんです 化膿した傷とか、あとは痣とかもわりと・・・」
瀧口星音「痣・・・もしかしたらDVとかそういうやつかも」
柊由真「そう・・・でもあの子と私たちは客と店員 あの子が望まない限り手は出せない」
渚寧々「うーん・・・あの男がやってるんだとしたら、星音への傷害未遂とかで警察に突き出すべきだったかしらね」
柊由真「・・・どっちにしろ今できることはないよ」
瀧口星音「それはそうやけど・・・」
  何となくすっきりしないまま、その日のバイトは終わってしまった。
  それから二週間後、星音の初出動となる事件が起こった。

〇レトロ喫茶
「《エリアA-4で暴走している能力者がいると連絡が入った。先に寧々を向かわせたけど、由真たちも今から向かえるか?》」
柊由真「大丈夫。今お客さんいないし。星音も連れてくけどいいよね?」
「《構わない。だが星音が回復系だからってくれぐれも無理はしないように》」
柊由真「別にいつも無理なんてしてないけど」
瀧口星音「電話切っちゃった・・・もうちょっと色々聞いとかなくていいんですか?」
柊由真「本当にやばいときは、もうちょっとやばそうに電話してくるから大丈夫だよ」
瀧口星音「やばそうに電話してくるってどんな状態や・・・」
柊由真「ハルさんから直接のときは大体やばくない時。寧々を挟んでくると・・・ちょっと厄介なことが多い」
瀧口星音「(寧々さんを挟むの、由真さんが全然話聞かないからやろうな・・・)」
柊由真「今回は寧々が先に行ってるみたいだから、能力はわかるかな・・・それなら何とかなると思う」
瀧口星音「寧々さんがおらん場合は・・・?」
柊由真「そのときにならないとわからないね」
瀧口星音「行き当たりばったりかい!」
瀧口星音「それでもし怪我とかしたらどうするんや・・・ いや、軽い怪我なら、ウチの能力ですぐ治せるけど」
柊由真「星音の能力って使った後なんか自分に影響はないの? 凄く疲れたりとか・・・」
瀧口星音「お腹は空きますね」
瀧口星音「あとは全身の骨折とかをすぐに治そうとすると、ウチが何日も寝込むことになります」
瀧口星音「なので、そういうときは放っておくよりは早いけど、時間をかけて治すように設定しますね」
柊由真「・・・だとしたら、あまり積極的に使わない方がいいかもね 人の怪我を治しすぎて星音が倒れるのは良くない」
瀧口星音「じゃあ由真さん、怪我せんといてくださいね」
柊由真「・・・うん」

〇住宅街
瀧口星音「空の一部がなんか黒く・・・」
柊由真「さすがにあんな不自然なものは見たことないね」
柊由真「色変わってるだけならそのままでも良さそうだけど・・・そうはいかないか」
渚寧々「初仕事だね、星音」
渚寧々「必要にならないことを祈るけど」
瀧口星音「あの向こう、なんかもう全部真っ黒に見えるんですけど・・・」

〇住宅街
  寧々が立っていた向こう側は、空気が真っ黒に色付いているようだった。
渚寧々「ここは能力が届かない範囲ってことね あとは・・・由真」
柊由真「聞かないよ。いつも通り」
渚寧々「わかってる。とりあえずあそこに入ったら即死ぬような能力ではないから安心して」
  由真は頷いて、右手を腰の横で広げた。
  銀色に輝く剣がその掌の上に現れる。
  それは或果の能力で作られた剣で、由真が闘うためには欠かせない武器だ。
  由真は色の変わった空間の中に足を踏み入れる。
  そこにいる人の能力すらも聞くことはなく、迷いなく歩いていく背中は、すぐに黒い空気に隠されていった。
瀧口星音「寧々さん・・・大丈夫なんですか?」
渚寧々「由真は聞くと逆に動けなくなる だから相手の能力がわかっても、由真には言わない 言うときはよっぽど危険なときくらい」
瀧口星音「じゃあ今回はそこまで・・・」
渚寧々「そうだね。基本的には色を変えるだけの力だから、力を食らっても怪我とかはしないよ」
渚寧々「・・・それよりも、今回は」
瀧口星音「あ、あの子・・・この前の」
  2週間前に店に来て、星音に足を引っ掛けて行った男と一緒にいた少女。
  暗い空間の中心に、その少女がうずくまっていた。
渚寧々「能力の暴走は、強い悲しみや怒りの感情で誘発される」
渚寧々「・・・最悪の展開と言わざるを得ない」
瀧口星音「でも、ウチらには・・・」
渚寧々「そう。ただの喫茶店の客と店員である以上、私たちには何もできなかった」
渚寧々「でも、そう思わない人もいるのよ」
  それはきっと由真のことなのだろうと星音は思った。
  あの日はどちらかといえば突き放すようなことを言っていた。
  でもそれは自分自身に言い聞かせる言葉だったのだろう。
渚寧々「・・・本当はあんまりやらせたくないんだけど・・・ここまで暴走してると、由真にしかできないから」
  能力の暴走は、軽度であれば鎮静剤などを打てば助けられる。
  そうでない場合は、巻き込まれないように距離を取って、その人が死ぬのを待つしかない。
  それがこの世界の常識だった。
  けれど由真はその常識を完全に無視して、持っていた剣さえ消して、少女に近付いて行き、少女に手を伸ばす。
  その瞬間に少女が目を見開いて、由真の腕を強く掴んだ。
  掴まれたところから、由真の皮膚が黒く染まっていく。
瀧口星音「寧々さん・・・このままじゃ」
渚寧々「もう少し待ってあげて」
  由真は掴まれている腕には構わず、虚な目をしている少女を抱きしめた。
  そしてそのままの姿勢で少女の背中に手を添えると、触れているところが淡く白い光を放ち始めた。
  由真の口が動いて、少女に何かを言っている。
  けれどその声は星音のいるところまでは届かなかった。
  やがて白い光の中から赤い宝石のようなものが現れる。
  それはブルームにはあってノーマにはないもの。
  シードと呼ばれるそれは、本来はどうやっても体内から取り出せないもののはずなのだ。
  由真がそれをあっさり取り出してしまったことに星音は驚いて目を見開いた。
  暴走した能力者の種からは、黒い霧のようなものが噴き出していた。
  由真は一瞬悲しそうな目をしてから、それを強く握りしめた。

〇住宅街
  黒い空気が一瞬で、透明な、元の姿を取り戻していく。
  何が起こったのかわからないほど刹那の出来事だった。
渚寧々「由真、大丈夫?」
柊由真「うん、気を失ってるだけだと思う」
渚寧々「その子もそうだけど、由真は何ともないの?」
柊由真「うん ・・・そんなに抵抗もされなかったし」
瀧口星音「あ、あの・・・さっきのはいったい」
渚寧々「シードがなくなれば能力も消える。 由真はそれを取り出して壊すことができるの」
渚寧々「暴走してしまった場合は普通に戻すのは難しいから、種を壊してしまうしかないのよ」
瀧口星音「じゃあ、由真さんの力って・・・」
渚寧々「種に関する何らかの力ってこと以外はわからないわね」
渚寧々「普段先頭で使ってる力の出所も、なんで私でも解析できないのかも」
瀧口星音「ほぼ何もわかってない感じですね・・・」
渚寧々「あんなに何もわからないのは由真くらい。だから、この力を使わせるのが正しいのかも私にはわからない」
瀧口星音「(でも、求められることは多そうだ。今のところ、その人を殺さずに暴走を止める方法が他にはない)」
渚寧々「とりあえず、あの子は店で休ませようか。あと、星音に聞きたいんだけど」
瀧口星音「何ですか?」
渚寧々「痣とかそういう傷も治せるんだよね?」
瀧口星音「・・・昔の傷とかだと、ちょっと大変かもしれへんけど」
  由真の腕の中で気を失っている少女の服の隙間から、色の変わった皮膚が見えた。
  星音は自分の勘が当たっていたことを確信する。
  そしてそこから暴走の理由も自ずと推測できる。
  由真が唇をかみしめてから、低い声で言った。
柊由真「とりあえず、この子に聞いてみないとだけど・・・店に戻ろうか」

〇レトロ喫茶
少女「能力者なのがバレちゃって・・・あの人は、能力者なんていなくなればいいって思ってる人だったから、すごく殴られて・・・」
瀧口星音「(ストレスは暴走の最もありふれた原因やな。 全く、何てことしてくれたんだか)」
渚寧々「ていうか何であんなクズ・・・じゃなくてクソ野郎と付き合っちゃったの? だって殴られてたのは前からでしょ?」
瀧口星音「寧々さん、言い直してもあんま変わってないです」
少女「ずっと、能力があるってバレないように息を潜めて暮らしてて・・・だから友達なんて全然できなかったんです」
少女「でもあの人は、そんな私に声をかけてくれた。可愛いって言ってくれた」
少女「・・・でも、あの人が嫌な人なのはすぐにわかって、殴られて・・・でも、捨てられるのが怖くて」
渚寧々「・・・あの日、ここに来たのは偶然なの?」
少女「・・・ここに、人の能力を奪える能力を持ってる人がいるって噂を聞いて」
渚寧々「なるほどね。隙を見て相談しようと思ってたってことか。なのにあんな騒ぎになっちゃったと」
少女「そんなところです・・・」
渚寧々「でもごめんね。その依頼は、どっちにしろ受けられなかった」
渚寧々「種を壊すのは暴走してどうしようもなくなっちゃった場合の対処なんだ。簡単に使える力じゃないの」
少女「はい。でも・・・こうなってよかったのかもって思ってます」
渚寧々「そう。・・・これから無能力者として生きていくのも、あなたの自由よ」

〇学校の部室
  少女は、ハルの車で家まで送られて行った。
  その後は何事もなかったので、閉店時間まで喫茶店を営業して店じまいをした。
  けれどその間も星音にはずっと気になっていることがあった。
瀧口星音「・・・由真さん」
  星音が由真の腕を掴むと、由真はわずかに顔を歪めた。
柊由真「・・・っ、どうしたの?」
瀧口星音「どっか怪我してません?」
柊由真「してないよ。今日の仕事はそれほど大変でもなかったし」
瀧口星音「こんな力があるので、怪我してる人はなんとなくわかるんです」
  由真は星音の言葉を聞くと、深く溜息を吐いた。そして制服のワイシャツのボタンを外し、左腕の内側を星音に見せる。
  紙で切ったような浅い傷。けれどうっすらと血が滲んでいた。
瀧口星音「・・・この怪我、もしかして」
柊由真「種を壊したあと、どうしてかはわからないけど傷が付くんだよね。 でも今日はあの子が全然抵抗しなかったから凄く浅いけど」
瀧口星音「貸してください。このくらいなら一瞬で治せるので」
柊由真「こんなのすぐに治るから。今日は力使いすぎだよ、星音」
瀧口星音「別に家帰ってご飯食べれば大丈夫です」
柊由真「・・・お人好し。いっつもあんな見ず知らずの子供まで助けてるの?」
瀧口星音「え・・・?」
柊由真「ここに初めて来た日、公園で見た」
柊由真「・・・あんな風に言われたりするのに、ほっとけば治るような傷を治してあげる必要はないんじゃない?」
瀧口星音「・・・目の前に困ってる人がいて、自分にそれをどうにかする力があるのに、何にもしないっていうのは無理です」
柊由真「それはいいことだと思うけどね。 でも、あの子の傷治すのも大変だったでしょ? 結構な痣だったし」
瀧口星音「一週間くらいかけて治すように設定したので、そんなですよ。お腹は空いてるけど」
柊由真「それならいいけど。あんまり無理しないでね」
瀧口星音「・・・どう考えても、一番無理してる人に言われてもな」
  あの子を暴走前に助けられなかったことを一番後悔しているのは由真だろう。
  あの子から見れば命を救ったのに、由真はあのあとあの子と話をすることすらしなかった。
  それに、あの傷のことも
  今日の傷だけではない、無数の傷が由真の左腕に残っていた。
  星音なら治すことはできる。けれどきっと由真はそれも拒否するだろう。
瀧口星音「どうすればいいんやろうなぁ、緋彩・・・」

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