エピソード4 その憎しみは輪廻する(脚本)
〇おしゃれなキッチン
倉木杏「う──・・・眠い・・・」
倉木杏(ストレスが毒のように全身に回って、私の体をむしばんでいる気がした)
倉木杏(けれど 私はどうしても 「家族」を手放すことが出来ない)
〇屋敷の門
そう ここは やっと手にした私の──
〇広い和室
古手川冴香「もうそろそろ──潮時かしらね」
倉木杏「え?」
当主であった義父が亡くなり、姑は急速にしおらしくなっていった
古手川冴香「『徐福』は創業百五十周年 けれど、元を辿れば薬膳を商う古手川家の血筋は、千年以上の歴史を持ちます」
古手川冴香「その歴史を担うのが、私にも刃向かえない気の弱いあの子と 杏 あなただけなんて」
古手川冴香「ごめんなさいね 厳しい事ばかり言って」
古手川冴香「けれど 私がこの家に嫁いでからされ続けた仕打ちは こんなものではなかったわ」
倉木杏「あ・・・」
私は 「家族」を知らなかったから──
古手川冴香「私があなたに厳しく当たることで この家の他の人間からあなたを守る必要があった」
古手川冴香「優介だって あなたを縛り付けたくて実家を継ぐことのしたのですもの きっと守ってはくれないでしょう」
古手川冴香「・・・主人が 私を守ってはくれなかったように」
この時 私にはようやく実感が沸いていた
夫と共に『徐福』を継ぐ 私は今 この家にとって重要な存在なのだと
古手川冴香「どう言い繕ったところで あなたには許してもらえないでしょうけれどね」
倉木杏「・・・それは」
古手川冴香「え?」
倉木杏「私がお義母さまを許すかどうかは これからの私次第です」
倉木杏「私が 優介さんと共に『徐福』の女将という役目を立派に演じられるようになったその時」
倉木杏「私は 苦難の人生を私に与え続けたこの世界を全て 許そうと思います」
〇畳敷きの大広間
姑には 私しか話し相手がいない様子だった
古手川冴香「──」
倉木杏「──」
いびりの時間が 二人だけのお茶の時間に変わった
〇屋敷の門
優介と私の仲は とっくに冷え切っていた
思えば一度飛びだしたこの実家に戻って来てしまった時、彼の中で張り詰めていた何かの糸が切れてしまったのだろう
〇おしゃれなキッチン
古手川優介「ずっと、母の影が消えてくれなかったんだ」
一度だけ、そんな弱音をこぼした事がある
その響きからは、親愛の情など微塵も感じられなかった
〇広い和室
古手川冴香「──」
倉木杏「──」
きっと自業自得なのだろう──皮肉な話
今では姑にとっても 私だけがたった一人の「家族」のようで
ふあ・・・
古手川冴香「杏? どうかして?」
倉木杏「ごめんなさいお義母さま 最近、眠っても眠っても眠気が取れなくて──」
倉木杏「また だらしがないと誹りを受けてしまいますね・・・」
古手川冴香「まあ 人をなんだと思ってるの」
古手川冴香「最後に、『徐福』が継承し続けてきたとっておきの秘薬、あなたに教えてあげるわね」
倉木杏「はい・・・秘伝を継承して・・・私は立派な女将に・・・」
ん? ──今、『最後』と言った?
古手川冴香「その秘薬にはね──名前は無いの 表だっては存在していない成分 それは大変繊細な薬でね」
古手川冴香「大量に摂取しては却って効果が出ない 少しずつ少しずつ 薬膳や茶の湯に混ぜて、相手に与え続ける」
古手川冴香「最低でも二ヶ月はかかるのよね ・・・でも、異変に気づいた時にはもうおしまい」
倉木杏(眠い・・・意識が保てない 重い・・・体が動かない)
古手川冴香「まずとれない眠気 そしてある時、急速にしびれが全身に回って──」
倉木杏「うあ・・・」
古手川冴香「──心臓が、停まる」
倉木杏「な・・・なんで・・・」
古手川冴香「何故って、話してきたでしょう 全部 私がこの家を手に入れる為にどれだけの苦労をしてきたか」
古手川冴香「憎らしい前妻の息子も都合の良い手駒に仕立てた 後は従順な嫁さえ見つかれば、すべては私の思うがまま・・・その筈が」
倉木杏「わ、わた・・・従順・・・だったで・・・しょ・・・」
古手川冴香「杏 あなた、もしかして自分は従順で大人しい女だとでも思っているの? 弱々しくて、守られるのがお似合いの存在だって」
────え?────
古手川冴香「自分の業がわかってないね 私は一目見てすぐにわかった アンタは、欲にまみれた野心家だって」
古手川冴香「いつか私に刃向かうことは目に見えていたわ」
倉木杏「どう・・・し・・・」
古手川冴香「わかるさ 杏 だってお前は──」
倉木杏「ク・・・ソバ・・・バ・・・」
倉木杏「──」
そうして、私はこの悪魔に殺された あの時、姑は私になんて?
〇西洋の城
──失礼ですが 王妃様!
〇洋館の玄関ホール
アンジェリカ・ロウリー「このまま貧困を放置していては なにより王妃様のお命が危ういのではないかと進言申し上げます」
ジョディ・フローレンス「私には 一番の殺意を抱いている人間が目の前にいる気がしてならないけどね」
カイゼル(ギクリ いや今は殺意消せてるでしょー?)
ジョディ・フローレンス「旅一座で数年学んだ程度の猿芝居が 政(まつりごと)の世界で数々の芝居を見抜いてきた私に通用するとでも?」
アンジェリカ・ロウリー「私は なんと思われようとかまいません」
アンジェリカ・ロウリー「ですが 今は民に目を向けてほしいのです」
ジョディ・フローレンス「民を思えばこそ フロウの流通網をより強固にせねばなりません」
ジョディ・フローレンス「まずはこうしてアルケミーフロウの輸出先として "本物の”ユーフォスティ王国第三皇子 カイゼル様とお話を」
アンジェリカ・ロウリー「ノーヴル男爵を名乗る先の男の王妃暗殺計画は 現在も進行中です」
ジョディ・フローレンス「ほう?」
アンジェリカ・ロウリー「そして暗殺者の所在を突き止めようとした我が兄クリントが危険な目に遭いました」
アンジェリカ・ロウリー「私は今、たしかにヒース様の婚約者候補にして王妃の従者 しかし同時に、依然として賓客である事もお忘れなきよう」
ジョディ・フローレンス「フン それで脅しているつもりかしら」
アンジェリカ・ロウリー「いいえ これは恐れ多くも身の回りの世話を仰せつかり また私自身二度も危険を目の前にして抱いた実感からくる」
アンジェリカ・ロウリー「誓って真の忠言にございます 王妃様」
アンジェリカ・ロウリー「一国の王妃たるお方が ここまで臣下や他の貴族諸侯をそばに置いていないことの異常」
アンジェリカ・ロウリー「公国とは言え 実質的にはあなた様の独裁体制であるこの国で 一体どれほど多くの怨嗟を買っていることか」
アンジェリカ・ロウリー「そのツケが いちどきに襲ってこようとしているのでは?」
ジョディ・フローレンス「私の知っている範囲で謀反の企てあれば 即座に見抜いてやるわ 何より私は敵意を見抜く才に長けている だからここまで──」
アンジェリカ・ロウリー「ええ ええ それは勿論 王妃の賢明さは国内外問わず知れ渡っておりますわ」
アンジェリカ・ロウリー「ならばこそ かける「裏」もあるのです」
ジョディ・フローレンス「どういうこと? ──アン、まさか」
ジョディ・フローレンス「私の命を付け狙う首謀者の正体 わかったのね?」
アンジェリカ・ロウリー「・・・」
カイゼル「あ それでは私めは しばし退室させていただきます」
アンジェリカ・ロウリー「カイゼル様は わずかながらエナジーフロウを纏っておられますね」
ジョディ・フローレンス「それがどうかして? ここで使用できる魔術は制限されている それに、あなたが言ったんじゃない」
ジョディ・フローレンス「「魔術師の素養が欠片も備わっていない」筈のユーフォスティ王国第三皇子にして、エナジーフロウを纏っている」
ジョディ・フローレンス「あの方が彼の国でどのような扱いを受けている事か さすればより与しやすいのではなくて?」
ジョディ・フローレンス「暗殺の首謀者は彼だとでも言いたい訳?」
──迷っている
私は、この女からすべてを奪う為に、とうとうここまで辿り着いた
〇荒廃した市街地
ノーヴル男爵「この国は腐っても公国だ ジョディ王妃の実質的独裁体制は貴族間に陰気な野心と、不穏なパワーバランスをもたらした」
ノーヴル男爵「必然、公国たるこの国の総意は、王妃亡き後次期国王に「彼」を求め、互いに牽制し合う貴族達もまたその案で折衷とするだろう」
〇洋館の玄関ホール
だが 暗殺の首謀者は──
〇荒廃した市街地
ノーヴル男爵「誰もが疲弊したこの国の有り様に倦んでいる 次期国王に選ばれるのは、少し頭足らずで、夢見がちな、心優しき・・・」
〇洋館の玄関ホール
ヒース・フローレンス「アンジェリカ! 君のお兄さんが医務室へ運ばれるのを見た 一体、何が!?」
アンジェリカ・ロウリー「ヒース様 そう慌てないでください 今はことなきを得ておりますわ」
アンジェリカ・ロウリー「兄はあれくらいの傷で倒れる男ではございません どうかご心配なさらず」
ヒース・フローレンス「そんな訳にいくか! 君のお兄さんという事は血を分けた僕の肉親も同然だ 看病させてもらうからねっ」
アンジェリカ・ロウリー「──どうか いつまでも、そのままのヒース様でいらしてくださいね」
ジョディ・フローレンス「・・・」
ヒース・フローレンス「母上? どうかされたのですか?」
ヒース・フローレンス「まさか! 母上がクリント様を!?」
ジョディ・フローレンス「アン まさか・・・暗殺の首謀者は」
そう
私が来なくても どの道、この女はもう詰んでいたのだ
嫌な殺され方、してますね。僕なら相手を見つけ次第、ありったけの錬金術を叩き込みそうな気がしました。しかしお継母さまは、永く続いた老舗の今後は考えなかったのか…。今さえ良ければ良かったんですかねぇ。