匿名の境界線

オカリ

匿名の境界線(脚本)

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〇郊外の道路

〇郊外の道路
  きょう午後5時頃
  10代の男女2人が
  乗用車にはねられ死亡
  警察は車を運転していた
  無職の男性(80)から
  話を聞くなどして──

〇SNSの画面
  003 『無職の男性』って誰?
  007 >>3それ。実名は?
  019 加害者匿名という闇
  023 >>7事故った奴、元官僚らしい
  031 マジ?忖度?
  037 殺人犯に忖度ってヤバ
  違う
  043 悪は許さない!(※上級国民を除く
  059 金と権力の味方だぞ?
  違う
  067 署名発見、書いた奴→高野ユキ
  073 女?
  089 クズ記者か、覚えた
  私は
  私は──
  100 やっぱり

〇黒
  マスゴミだな

〇渋谷フクラス

〇雑誌編集部
松枝先輩「ん?電気つけっぱ?」
松枝先輩「節電節電」
松枝先輩「だれ!?」
松枝先輩「ユキちゃんか」
松枝先輩「また終電逃したの? タクシー呼べばイイのに」
松枝先輩「どーせ経費で・・」
高野ユキ「先輩」
松枝先輩「ん、なんかあったね」
松枝先輩「今のうちに吐きな」
松枝先輩「名前伏せて炎上、か」
松枝先輩「コレ昨日出した記事? 運転手が元官僚の」
高野ユキ「はい・・」
高野ユキ「偏向報道って言う人もいて」
高野ユキ「私、そんなつもりじゃ」
松枝先輩「ユキちゃんはさ」
松枝先輩「なんで匿名にしたの?」
高野ユキ「逮捕じゃなかったからです!」
高野ユキ「事情聴取を容疑者とは書けないし」
高野ユキ「無職の男性、としか」
松枝先輩「なら仕方がないよ」
松枝先輩「会社は気にすんな 現場に近いのはユキちゃんだ!」
高野ユキ「ありがとうございます」
松枝先輩「ムリは程々にね」
松枝先輩「励まし失敗 ありゃ尾を引くぞ」

〇タクシーの後部座席
  匿名か実名か
  悩むのは記者ぐらいかも
高野ユキ「県警本部まで・・」
  記事が炎上した
  そんなの小さなこと
  辛いのは被害者の遺族だ
  加害者の親族だ
  勝手に傷付いてどうする
  甘ったれるな、私!
  だけど
  ツラいものはツラい
高野ユキ「辞めよっかな」
  ポツリと出た言葉
  だって違う
  思ってた仕事じゃない

〇実家の居間
  暖かい記事が書きたかった
  たくさん読まれなくてもいい
  人の心にそっと火を灯すような
  そんな記事を──

〇タクシーの後部座席
タクシー運転手「着きましたけど」
高野ユキ「あ、すみません!」

〇警察署の入口

〇役所のオフィス
高野ユキ「いつもより記者が多い・・」
広報官「説明、9時から 場所は大会議室で!」
高野ユキ「緊急レク!?」
高野ユキ「何かあったんだ!」

〇大会議室
広報官「時間ですね」
広報課長「では概要から」
広報課長「本日未明、乗用車とバイクの 衝突事故が発生」
広報課長「バイクに乗った10代の少年が 先ほど亡くなりました」
広報課長「現場は見通しが良く 被害者が死に至った事故であり」
広報課長「過失運転の疑いで運転していた 80代の女性を逮捕──」
  まただ
記者「この名前、元知事じゃないか?」
記者「キャップに連絡! 一面かも!」
記者「ドラレコなし?だから老人は・・」
  そうだ、仕事
  書かなきゃ
  今回は『逮捕』
  しかも元知事
  迷う余地はない
  実名に意義がある
  だから──

〇黒背景
  それでいいの?

〇大会議室

〇警察署の入口

〇開けた交差点

〇大きい交差点
高野ユキ「来ちゃった」
高野ユキ「すぐ書けばいいのに どうして・・」
高野ユキ「献花?」
高野ユキ「関係者かな」
高野ユキ「・・取材しなきゃ」
「すみません!」
高野ユキ「お話を伺っ──」
JDちゃん「大丈夫?」
高野ユキ「ずびばぜん・・」

〇大きい交差点
JDちゃん「記者の名刺って初めて」
JDちゃん「でもゴメン 事故った人のコトは知らないよ」
高野ユキ「そうでしたか」
高野ユキ「ではその花は・・」
JDちゃん「コレは供養?的な」
JDちゃん「目の前で事故ったからさ 花でも要るかなって」
高野ユキ「なるほど目の前で」
  目の前で?
高野ユキ「事故の瞬間を見たんですか!?」
JDちゃん「そだよ」

〇大きい交差点
  友達んチでオールした帰りでさ
  朝の4時?だっけ
  横断歩道で待ってたんだ
  でも
  信号、全然青になんないの
  コンニャロって睨んでたら

〇大きい交差点
JDちゃん「って感じ 救急車呼んだけど」
JDちゃん「巻き込まれるの怖いし帰っちゃった」
JDちゃん「・・聞いてる?」
高野ユキ「車は信号待ちの時に 目の前を通ったんですね?」
JDちゃん「そだよ? はよ青なれ〜って念じてた」
高野ユキ「バイクは?」
JDちゃん「バイクは・・どうだろ 反対側かな」
JDちゃん「目の前は通ってないよ」
高野ユキ「一点、確認いいですか?」
高野ユキ「この交差点──」
JDちゃん「あ・・気づかなかった」
高野ユキ「そうでしたか」
高野ユキ「お話、ありがとうございました」
JDちゃん「ケーサツにも言った方がいいかな?」

〇タクシーの後部座席
高野ユキ「県警本部まで!」
  『きょう未明、少年の乗った
  バイクが乗用車と衝突』
  『警察は過失運転致死の疑いで
  車を運転していた・・』

〇黒
  事件事故で名前が出る
  きっと人生を左右するコトだ
  私は他人の人生を背負えない
  背負えないけど

〇黒背景
高野ユキ「せめて」
高野ユキ「一言一句に責任を──」

〇雑誌編集部
社会部デスク「松枝ァ!高野の原稿まだか!?」
社会部デスク「ヨソは速報出てるぞ!」
松枝先輩「もう少々お待ちを」
松枝先輩「ユキちゃんまだか〜?」
松枝先輩「キタ!」
  出稿しました
松枝先輩「どれどれ・・」

〇警察署の入口
高野ユキ「高野です」
  ユキちゃん、原稿見たけど・・
  『無職の女性』ってナニ!?
  元知事逮捕でしょ!?

〇雑誌編集部
松枝先輩「今回は逮捕だからキッチリ実名で・・」
  ──
松枝先輩「え?」
松枝先輩「誤認逮捕かもしれない?」

〇警察署の入口
高野ユキ「目撃者は横断歩道で信号待ちでした」
高野ユキ「歩道が赤なら直進側の車道は青」
高野ユキ「交差点右折のバイクと衝突した 「右直事故」かもです」
高野ユキ「その場合、直進側の車の過失は・・」
  待って待って!
  青と言い切れないでしょ
  黄色で加速、とかさ!
高野ユキ「言い切れるんです」
高野ユキ「交差点、押しボタン式だったので」

〇大きい交差点
  違和感があった
  信号、全然青になんないの
  いつもより長い待ち時間
  朝の4時?だっけ
  普段は出歩かない時刻
  もしかして、と思った
  『夜間押しボタン式』だ
  夜中のみ時差式からボタン式に切り替わる
  つまり、彼女が押さない限り──

〇警察署の入口
  歩道はずっと赤、車道はずっと青
  車に信号無視はなく
  バイクの進行妨害が濃厚
  誤認逮捕の可能性を考慮し匿名・・ね
  わかった
  上には私が言っとく
  続報の準備しといて!
高野ユキ「はい!」

〇雑誌編集部
松枝先輩「さて」
松枝先輩「アレの説得かぁ」
松枝先輩「うひ、骨が折れそう」

〇黒背景
  たぶん
  この判断は無意味だ
  どうせ他紙が書く
  名前もきっと出る
  匿名にしたせいで
  また炎上するかもしれない
  でも
  だとしても
  私は──!

〇SNSの画面
  元知事、誤認逮捕だって
  マジかよ警察最低だな
  マスゴミの掌返しっぷりwww
  あ、でも指摘してた新聞あった気が
  どこ?

〇黒
  たしか──

コメント

  • 2000字でこのテーマに挑むとは…そしてしっかり一つの結論まで描き切りましたね!
    どんな仕事も社会的責任がありますが、記者さんは特に痛感する場面が多そうですよね
    結果的に何の意味も無いとしても、目の前の仕事に最大限の責任を…その視点が無いと結局、変えるための一歩すら踏み出せないものですよね
    高野さんの悩みつつも折れないキャラクター性が、今では引っ張りだこの日張様の美少女ちゃんにぴったりでした☺️

  • 匿名の境界線…なるほど! と思いました。
    タップノベルでここまでの硬派な社会派を見られるとは思っていませんでした。
    マスコミに対しては、現実でも色々と考えさせられますね…
    素晴らしかったです👏

  • これは2000文字と思えないような1時間ドラマを見ているようでした!
    自分の信念を曲げない強い女性って素敵。

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