怪異探偵薬師寺くん

西野みやこ

エピソード32(脚本)

怪異探偵薬師寺くん

西野みやこ

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〇森の中の沼
  車はもう目を凝らさなければわからないほど沈んでしまっている。
坂口透「・・・クソッ!」
瀬見雄大「おいっ、待て! 透!」
  静止する声を振り切って、オレは沼に飛び込んだ。
  車が沈んでいる辺りを潜り、手探りで梨香子を探す。
  しかし車はどんどん沈んでいく。
  息の限界が来て、オレは水面に顔を出した。
  息継ぎを繰り返してもう2、3度潜るが、結局梨香子を見つけられずに地面に這い上がる。
坂口透「ハッ、ハアッ、ハアッ」
  オレはうずくまり息を整える。
  その背中を雄大が撫でた。
瀬見雄大「バカ野郎、ムチャしやがって!」
相馬加奈「ねえ・・・梨香子は・・・? 嘘でしょ・・・?」
  オレの荒い息だけが聞こえる。
  皆は沈黙するしかなかった。
清水哲平「・・・とりあえず、助けを呼ぼうぜ。 スマホ持ってるか?」
  スマホは皆、衣服のポケットに入れていたようで手元に残されていた。
  しかし浸水したのか、オレのスマホの電源は切れていた。
瀬見雄大「俺のスマホ、防水だから!」
  雄大が嬉々としてスマホの電源を入れようとする。
相馬加奈「でもここ、圏外だよ」
瀬見雄大「ッ・・・そうだった」
  加奈に指摘され、雄大はがっくりとうなだれた。
坂口透「・・・村まで戻ろう。 こからならまだ近いはずだ」
  加奈と雄大が頷(うなず)く。
坂口透「よし、じゃあ怪我してる哲平と加奈はここに残って、オレと雄大で・・・」
清水哲平「ちょっと待った」
  オレの言葉を遮って、哲平がこちらを見つめる。
清水哲平「なあ・・・透、お前確か酒飲んでたよな?」
坂口透「——!!」
  そうだった、とオレたちはハッとする。
  色んなことが起こったから、すっかり頭から抜けていた。
  恐怖を紛らわせるために、今夜はいつも以上に飲んでいた。
  しかし、それを承知のうえで一刻も早く村から離れるために飲酒運転をしてしまったのだ。
瀬見雄大「・・・それってまずくね?」
坂口透「でも、今はそんなことを言ってる場合じゃ・・・」
相馬加奈「・・・内定、なくなるよね」
清水哲平「内定がなくなるどころか退学だろ。 ・・・透も、一緒に乗ってた俺たちも」
  内定がなくなるどころか、退学。
  今までの人生で感じたことのない重苦しい雰囲気に飲み込まれた。
  もし、このことが公になれば、オレたちの将来は確実に潰(つい)えるだろう。
  それどころか、犯罪者の烙印(らくいん)を一生背負わなければならないのだ。
  今まで大した挫折もなく、順風満帆な人生を送ってきたオレたちにとってその末路はあまりにも重い。
  皆同じことを考えているのか、誰も口を開けないでいる。
  オレも何も考えられなかった。
  どうすればいいかもわからず、ただ途方にくれるしかない。
  そんな中、誰かが「——呪いだ」とぼそりと呟いた。
坂口透「・・・え?」
  顔を上げると、哲平が怪しげに口角を歪(ゆが)ませる。
清水哲平「そうだ・・・呪いのせいにしちゃおうぜ。 あの・・・こけしの」
坂口透「なっ・・・!」
清水哲平「これからどうにかして家に戻るんだよ。 何事もなかったかのようにして」
清水哲平「俺の怪我は別の理由を作るからさ。 梨香子が消えたのは帰ってから俺たちの知らないところでだ」
清水哲平「ぜんぶ、全部、こけしの呪いのせいにすりゃいいんだよ」
  明らかに様子がおかしい哲平はブツブツとそう言いながらオレたちを見る。
坂口透(そんなこと、許されるはずがない)
  オレは反対しようとするが、雄大と加奈が哲平の言葉に頷いた。
瀬見雄大「・・・たしかに、車は沼に沈んで証拠もない」
相馬加奈「・・・そうだね」
  哲平はオレたちがさっきまで車で走っていた道路を見上げる。
清水哲平「この沼は山道の下にある。 覗き込まなきゃ車が落ちた痕跡は見つかんねえよ」
清水哲平「とくにガードレールとかもねえしな。 こんな沼、誰にも見つかりっこねえよ」
坂口透「いや、お前ら・・・でも・・・!」
  雄大がオレの肩を掴む。
  その力は強く、オレは顔をしかめた。
瀬見雄大「透、大丈夫だ。 そもそも梨香子が帰りたいなんて言いださなければ、お前が飲酒運転する必要もなかった」
相馬加奈「うん。私たちだけの秘密にしよう」
清水哲平「透、いいな?」
  オレはギラギラとした目をした3人に詰め寄られる。
  色んな恐怖と狂気が潜んだ目だ。
  オレは一瞬梨香子の顔が頭によぎったが、すぐに真っ黒ななにかに思考がかき消された。
坂口透「・・・わかった」
  オレたちは、この一連の出来事を隠蔽(いんぺい)することにした。
  梨香子の死も飲酒運転もなかった。
  梨香子は、こけしの呪いで死んだんだ。

〇古めかしい和室
  俺と坂口さんは民宿の一室に座っていた。
  女将さんや村長には警察が来てから詳しい事情を話すことになった。
  電話を終えた薬師寺が部屋に入ってくる。
薬師寺廉太郎「明日の朝、警察が来るよ。 八木さんも来てくれるってさ」
坂口透「わかりました。 ・・・もう、覚悟はできてます」
  坂口さんの言葉に、薬師寺は目を細めて頷いた。

〇けもの道
坂口透「・・・これが、真相です」
  俺は坂口さんの話に絶句した。
坂口透「本当にすみません・・・」
茶村和成「えっ・・・と、じゃあ、こけしの呪いなんて本当は・・・」
坂口透「違うんです! 梨香子以外の3人が消えたのも、目のないこけしが見えるのも本当です」
  つまり、梨香子さんが消えたこと以外は嘘ではない。
  それが坂口さんの言い分、ということなのか。
薬師寺廉太郎「ああ、大丈夫。 そこはわかってるよ」
  薬師寺は必死に弁明する坂口さんの様子を見て、落ち着かせるような口調で言った。
  「なるほど、そういうことね・・・」と薬師寺はブツブツ言いながら、ひとりで納得していた。
薬師寺廉太郎「とりあえず民宿に戻ろうか。 女将さんに電話を借りて警察を呼ぼう。 これはもう完全に警察の領域だからね」
坂口透「・・・はい」
  心なしか、坂口さんの表情がすっきりとして見えた。

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