エピソード31(脚本)
〇けもの道
薬師寺廉太郎「君は僕に、ひとつ嘘を吐いているよねぇ?」
茶村和成「え・・・?」
坂口透「・・・どういうことですか?」
薬師寺の問いに一瞬言葉を詰まらせたあと、坂口さんは絞り出すように声を出した。
坂口透「こけしが見えるっていうのが嘘とでも——」
薬師寺廉太郎「ああ、違う違う。そこじゃないよ。 もっと大事なところ」
坂口透「・・・・・・」
黙り込む坂口さんに薬師寺は微笑む。
彼の顔はすっかり青ざめていた。
薬師寺廉太郎「茶村、俺に電話かけてくれない?」
茶村和成「? ・・・ああ」
坂口さんはポケットからスマホを取り出し、言われた通りに電話をかけようとした。
しかし圏外の文字が表示されて「あ・・・」と声を漏らした。
そんな俺の様子を見て薬師寺は頷(うなず)く。
薬師寺廉太郎「・・・そう。 この村は電波が届かない場所にある」
薬師寺は、坂口さんのスマホの画面を俺たちに見せる。
その画面にはメッセージアプリが表示されていた。
グループチャットのメンバーは、坂口さんを含めこの村を訪れた5人だ。
薬師寺廉太郎「ここを見てくれる?」
薬師寺が指した箇所には各メンバーの右下に“最終ログイン”と記してある。
それぞれ姿を消した日を最後にログインが断たれている。
茶村和成(・・・あれ?)
少しの違和感を覚え、首を傾(かしげ)る。
坂口さんは相変わらず無口だった。
薬師寺廉太郎「君たちが旅行に行ったのは2週間前。 チャット内容を見ても、間違いないよ」
薬師寺廉太郎「そして帰ってきたのがその2日後の夜。 だから最終ログインは皆それ以降の日付になってる」
薬師寺廉太郎「・・・ただひとりを除いて、ね」
薬師寺はメンバー欄のひとりを指さす。
そのメンバー・・・梨香子さんの最終ログインだけ、彼らがこの村に来た2週間前の日付が表示されていた。
茶村和成「・・・これって」
薬師寺廉太郎「つまりだよ。俺が推測するに——彼女は村から出ていない」
俺は背中にゾワリと寒気を感じた。
薬師寺は言葉を続ける。
薬師寺廉太郎「若い女子大生が村から出てスマホを触らないのは不自然だよねぇ」
薬師寺廉太郎「ましてや、あんな目にあったら真っ先に両親か他の誰かに相談しそうなものだし」
坂口透「そんなわけないです! オレたちは一緒に・・・!」
声を荒げる坂口さんだったが、薬師寺と俺の視線に気づいてハッとした。
咳(せき)払いをして平静を装う。
坂口透「・・・あ。も、もしかしたら帰ってすぐスマホを開く暇もなく、消えたのかもしれませんし」
薬師寺廉太郎「それならそれで俺はいいけどねぇ」
薬師寺廉太郎「ただ、一言だけ言っておこうか」
薬師寺廉太郎「隠し事は命取りになるよ。 ・・・文字通りの意味でね」
薬師寺は妖しく口角を上げる。
全てを見透かすような薬師寺の視線に、坂口さんは立ちすくんだ。
薬師寺廉太郎「よく考えることだ。 君が本当に大事なものはなんなのか」
薬師寺の視線に耐えかねたのか、坂口さんは俯(うつむ)いて黙る。
しばるく沈黙が続くと、坂口さんが突然膝から崩れ落ちた。
茶村和成「坂口さん!?」
坂口透「・・・ずみまぜッ・・・」
坂口さんがむせび泣きながら謝り始めた。
まるで、なにかの糸が切れたようにぼたぼたと彼の頰に涙が伝っている。
しばらくして、坂口さんは嗚咽(おえつ)をこぼしながらも涙を拭(ぬぐ)い、“本当のこと”を話し始めた。
〇古民家の居間
藁置山に行ったあの夜。
オレたちは宮司によって清められた一室で静かに朝を待っていた。
相変わらずお通夜状態で、オレたちは肉体的にも精神的にも疲れていた。
明日の朝、早めに帰るためにも今は休んだ方がいいだろう。
坂口透「・・・今日はもう寝よう。 明日、日が昇ったらすぐにここを出る」
オレの言葉に皆が小さく頷いた。
布団を敷こうと振り向くと、部屋の隅でひとり縮こまっている梨香子の姿が目に入る。
坂口透「梨香子、お前も早く・・・」
鈴木梨香子「嫌!!!」
突然大声を上げた梨香子にオレたちは驚く。
加奈が梨香子に近づき、肩を軽く揺する。
相馬加奈「ちょっと梨香子、どうしたの!?」
鈴木梨香子「だから言ったのに! あんなとこ入りたくないって!」
清水哲平「・・・悪かったよ」
責任を感じたのか、哲平が謝る。
加奈と雄大も申し訳なさそうに俯く。
オレはため息を吐いて、梨香子を見た。
坂口透「梨香子、今さら言っても仕方ないだろ」
鈴木梨香子「そんなのわかってるよ!! でも朝までここにいるなんて絶対無理!」
鈴木梨香子「・・・ねえ、今から帰ろう?」
瀬見雄大「今からって・・・。 オレたち、酒飲んじゃったし・・・」
梨香子以外の4人は顔を見合わせる。
鈴木梨香子「お願い! 本当にもう耐えられないの!」
梨香子は泣きじゃくりながら、訴えるような目でオレたちを見た。
尋常ではない怯え方に、皆が少しひるむ。
相馬加奈「・・・でもたしかにちょっと不安かも」
坂口透「加奈・・・」
加奈が声のトーンを落として言う。
相馬加奈「・・・だって正直、村の人も信用できないじゃん」
坂口透「・・・!」
しばらく沈黙したあと、オレたちは結局今夜中に村を出ることにした。
数時間後。
女将が寝静まったのを確認し、書き置きを残して民宿を発った。
〇集落の入口
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