さまよえる青白い鈍刀(4)(脚本)
〇地下室
バリトン豊「うう・・・ううう・・・」
烏兄「ほら。立てよ」
烏弟「寝てる場合じゃねえぞ。議論しろ」
根室「先日、妻が家を出てね」
根室「共に革命を志した同胞でもあったんだ」
根室「だが彼女はいつしか、普通の幸せというものを求め始めていたようだ」
根室「つまりはこの私に、子を作らせ自分達を養わせ、かつて我らが忌み嫌った資本主義の奴隷になれと無言の圧力をかけてきたのだ」
根室「而してそれは、確かに幸福の一形態であるかも知れない」
根室「私はどうするべきと思うかね?」
烏弟「おい答えろよ」
烏弟「先生は『革命』を取るか『生活』を取るか悩んでおられるんだ」
バリトン豊「すみません・・・すみません・・・」
烏弟「だからすみませんじゃねえだろ!ああ?」
烏弟「ですよね。大先生」
根室「もういい。解放しろ」
烏兄「いいんですか?また脱走するかも知れませんよ」
烏兄「我ら兄弟にお申し付け下されば誰にもバレることなく・・・」
バリトン豊「ひいいいっ!」
根室「戒厳兵を甘く見るな。奴らは貧民浄化の為ならどんな些末な事件も利用する」
『つまり大事件まで我慢しろ。ですね』
根室「いかにも」
玉大人「烏兄弟。しばらく『お預け』アルネ」
烏兄「承知いたしました。ターレン」
根室「行け。ブタ」
バリトン豊「ひいい・・・すみませんすみませんっ」
根室「では私も失礼する。あまり、居心地のいい場所ではありませんので」
玉大人「それが宜しい」
玉大人「よごれ仕事はProfessionalにお任せあれ」
玉大人「・・・」
烏弟「なあ兄貴、あの男の足元見たか」
烏兄「殴られてるブタ以上に震えてたな」
烏弟「あんな上っ面だけの鼠野郎に率いられてるとは蓬莱街も災難だ」
烏兄「なんだ?貧民どもに情でも移ったか?」
烏弟「悪い冗談だぜ。乞食共の戦争ゴッコに付き合うのが馬鹿らしいだけだ」
玉大人「ゴッコでいい」
玉大人「炊きつけるだけでいいとの『あの御仁』のOrderである」
玉大人「湯武革命、順乎天而応乎人」
玉大人「サムライを滅ぼしてもミカドを残したこの国の人間に真の革命を起こす遺志などない」
玉大人「海という城壁に守られてヌクヌクと歴史を紡いできた羊どもが先の戦争のBeginnersLucで思い違いをしているだけ」
玉大人「その城壁も鉄の鳥の出現で早晩意味をなさなくなる」
玉大人「つまり、この国が戦さで勝てる機会は永劫巡って来ぬ。食われるか遺憾の意を示しながら大国の顔色を伺うだけの末路よ」
玉大人「と、いう訳で」
玉大人「『食い』に行くぞ」
玉大人「本業に戻るアルネ」
「はっ」
〇崩壊した噴水広場
義孝「否!」
義孝「否否否否否否否否否!」
義孝「断じて否ーーーーーーーーーーーー!」
義孝「俺の何がいかんと言うのだ!」
義孝「魚も捌ける様になった!絶妙なダシも取れる様になった!基本と言われる卵焼きも、常人ならざる才能で短期間のうちに習得した!」
義孝「掃除も隅々までやる!タンス裏の埃も見逃さない!衣類も皺ひとつなくたためる!」
義孝「恋人同士の語らいの時間などは気を効かせ外で時間を潰しているではないか!」
義孝「言ってくれ!俺の何がダメなのだ!悪い所は全部直す!だから捨てないでくれええ!」
ダリア「ちょっと落ち着いてよもう・・・」
ダリア「もう一回家に戻ってみたらって言っただけじゃん」
義孝「本当は俺が邪魔になったのだろう」
義孝「完璧に仕事をこなすのはいいが、粘着質なところが息が詰まるのだろう」
ダリア(分かってんじゃん)
ダリア「思うんだけどさ。姫がアンタの命を狙ったなんてやっぱどうしても考えられないよ」
ダリア「多少頭の固い所あるけど、実の父親殺そうなんて考えるような娘じゃないよ」
義孝「お前は俺が長年娘に強いて来た事を知らんのだ」
義孝「たった一人の家族が自由と言う自由を奪い監視し続けてきたのだ。恨み骨髄となっても仕方あるまい」
ダリア「もしそうだとしたら命懸けで謝れ!」
義孝「・・・!」
ダリア「父親だろ」
義孝「・・・」
ダリア「蓬莱街の連中はほとんど身寄りのないヤツばっかりなんだ」
ダリア「喧嘩したくてももうできない。謝りたくてももう謝れない。そんな一人ぼっちの吹き溜まりが蓬莱街さ」
ダリア「だからみんな家族ってもんに憧れてる」
ダリア「互いが信じあい、同じ方向見て頑張る事に憧れてる」
ダリア「たとえそれが如何わしい『革命ゴッコ』であってもね」
ダリア「仮に本当に姫がアンタの命を狙ったんだとしても、きっとそそのかした奴がいる」
ダリア「父親を殺せなんて呪いをかけた奴から娘を救ってやるのが、家族の義務じゃないの?」
義孝「・・・」
義孝「遊び女めが、急に賢者になりおって」
義孝「ご都合主義も甚だしい」
ダリア「これくらいの説教、誰でもできるさ」
ダリア「分かってないのは当事者だけよ」
ダリア「あとあれ、私が弱い男が好きって言う噂、ちょっと違うわね」
ダリア「正しくは、夢を追いかける馬鹿な男が好きなの」
ダリア「小賢しい召使いが好きな女になるほど落ちぶれちゃいないわよ」
義孝「完璧な召し使いと呼ぶべきだ」
義孝「お前は一時でもこの来栖川義孝を顎で使ったのだ。一生の思い出にせよ」
ダリア「それそれ!やっとハンサムさんに戻って来たわね!」
ダリア「必死でバイオリンの練習してた時の顔だよ」
義孝「な、何を言う。あのような余興・・・」
ダリア「まあクラシックとはいかないまでもせめて帝都節くらい弾けるようになったら、またヒモにしてあげるわ」
義孝「誰がバイオリンなど!御免被る!」
ダリア(ヒモは拒否しないんだ・・・)
『火事だーーーーーーーーーッ!』
義孝「お、おい・・・あの煙」
ダリア「うちの方じゃん!」
義孝「何だと?」
〇おんぼろの民宿(看板無し)
ダリア「どいて!どいて!」
義孝「おい!中にはまだ燕が引籠ってるのでは?」
ダリア「ジュン!」
義孝「よせ!危ないだろう!」
ダリア「放して!ジュン!ジュン!」
燕「ダリア!どうなってんだよ!」
ダリア「ジュン!」
ダリア「良かった!無事だったのね!」
燕「ちょっと神保町まで古書を漁りに・・・」
ダリア「だったら中にはもう誰も」
燕「い、いや!慧が!」
義孝「な、何!」
義孝「すぐに助けねば!」
ダリア「ちょっと!危ないって!」
燕「うう・・・」
燕「慧ーーーーーーーーーッ!」
義孝「ば、馬鹿者!」
ダリア「・・・ジュン」
義孝「うおおおおおおおお!」
ダリア「な、何やってんのよ二人とも・・・」
ダリア「何やってんのよ!ジュン!」
ダリア「うう・・・」
未来子「えー。どうしちゃったんですかー?」
ダリア「え?」
未来子「おうち燃えてるじゃないですか!何やってるんですかも~う!」
ダリア「あんた・・・中にいたんじゃないの?」
未来子「お友達とカフェーに行ってました~」
未来子「こんな狭い家に一人で引き籠るなんて無理ですよ~あはははは」
ダリア「笑ってる場合か!」
『ぎゃあああ!熱いい!煙たいいい!』
ダリア「出て来た」
未来子「よかったよかった」
ダリア「良くない!」
「・・・ご心配おかけしました」
〇keep out
燕「げほっ!げほっ!」
燕「ふん。警察どもめ。ろくに調べもしないで撤収しやがって」
伝八「じゃあ調べてやろうか?一人一人ネチネチとな」
燕「うひゃっ!」
燕「ぼぼぼぼ僕は出火当時は神保町の古本屋に行ってましてアリバイが成立してます!」
燕「喫茶店も併設された古書店でして、詩作や朗読を趣味とする店長に聞いて頂ければ、この身の潔白は証明してくれるものと」
伝八「ああそうか。じゃあ下がってろ」
伝八「お前さんは?」
義孝「この家の扶養家族である」
伝八「俺は今年厄年になるが、初めて見たぜ。堂々とヒモ宣言をする中年男性を」
義孝「ふん。角袖ごときにヒモの奥深さが分かるはずもないであろう」
伝八「差支えなければ名前を伺おう」
義孝「差し支える」
伝八「怪しいヤツめ。ならば尋問だ。名前は」
猪苗代「警部!このような物が現場に!」
義孝「火災現場を調査する謎の女の方が、よほど怪しいと思うが」
伝八「私的に雇ってる情報源だ。気にするな」
猪苗代「事件ある所に私あり。やまのて新聞の青い稲妻猪苗代ちゃんです」
義孝「学級新聞かね。感心感心」
猪苗代「あなたにはいずれコッテリ取材させて頂きます」
猪苗代「今はそれで宜しいですね、警部」
伝八「いいだろう。いずれコッテリとな」
義孝「・・・」
猪苗代「では警部。これをご覧ください」
伝八「ブラックロータスの犯行声明か」
義孝「ブラックロータスだと?」
伝八「清帝国のカルト教団を前身にもつ犯罪結社だ。阿片で得たマネー&マンパワーで世界中の暗黒街に幅を利かせている」
伝八「帝都も例外じゃねえ。裏で財界と繋がってるって噂まである」
伝八「あるいは政界や軍部とも・・・」
義孝「馬鹿を言うな!俺の目の黒いうちは陸軍に左様な癒着など!」
伝八「じゃあそろそろ名前を聞こうか」
義孝「黙秘する」
伝八「アンタに聞いてんだよ。異人の別嬪さん」
ダリア「ダリア。売られた時にそう名付けられたわ」
ダリア「本名は忘れちゃった」
伝八「ブラックロータスとの関係は?」
ダリア「商品。もしくは玩具」
ダリア「その玩具が自分の意思でこの国のヤクザに媚びを売ってるのが気に入らないようね」
伝八「見せしめか。気の毒に」
伝八「組織の情報を流せば足抜けを手伝ってやろう。どんな些末な事でも構わんぞ」
伝八「ヤクザの方の情報でもいいぜ」
ダリア「つまりは今度は警察の玩具になれって事?」
伝八「お断りってツラだな」
ダリア「まだ捨て駒にはなりたくないの。面倒見なきゃいけない子がいるから」
伝八「そうか。まあ、ご安全に」
伝八「・・・」
伝八「俺、知り合いに憲兵がいるんだ」
伝八「軍人とは思えないほどナイーヴな男でな。震災のショックからか、新しい時代とやらに絶望して引籠ってんだよな」
義孝「左様な軟弱者がいるのか。情けない」
伝八「ヒモに言われちゃ、そいつもお終いだ」
伝八「はーっはっはっは!」
義孝「角袖風情が。小賢しいカマをかけおって」
猪苗代「ではいずれまた」
猪苗代「川辺のバロンさん」
義孝「・・・」
義孝「川辺のバロン。か」
つづく