エピソード3(脚本)
〇草原
突然の出来事に、その場の全員が呆気(あっけ)にとられていた。
「・・・・・・」
〇雲の上
空から舞い降りてきたそれは、小型の竜のような風貌(ふうぼう)である。
細かく組み合わさった鈍色(にびいろ)の部分(パーツ)が、月の光を重々しく反射していた。
竜はこちらの様子をうかがうように、こちらをじっと見つめ、時折、両翼を羽ばたかせている。
〇草原
だんだんと受験者たちがざわつき始める。
しかし、指示を出すべき立場のアイリが、ギアーズを睨(にら)んだまま動かなかったので、手を出す者はいなかった。
・・・ただひとりを除いて。
エドガー「・・・ははっ!」
エドガー「何かと思ってみれば・・・。 フン、ただのはぐれギアーズじゃないか」
エドガー「アイリさんの手を煩(わずら)わせるまでもありませんよ」
得意げに語りながら、エドガーは腰に刺した剣を抜いた。
そのままずんずんと、ギアーズへと近づいていく。
前に出てきたエドガーを見たアイリは、やっとのことで我に返って叫んだ。
アイリ「アンタなにしてんの!?」
エドガー「心配いりませんよ。このエドガー・アルベルト・ブッシュバウムにおまかせ・・・」
振り向きながら返事をしたエドガーは、視線を戻した瞬間、言葉を失った。
エドガー「・・・・・・」
アイリ「ネーム、ド・・・」
誰にも聞こえないくらいの声で、アイリが呟(つぶや)く。
その肩は、わずかに震えていた。
竜が大きく息を吸う。
アイリ「!!」
舌打ちして、アイリが走り出す。
——刹那(せつな)、竜の足元にいるエドガーへ、灼熱(しゃくねつ)のブレスが吐きだされた。
エドガーは足がすくんでいるらしく、剣を構えたままそこから一歩も動かない。
ブレスが直撃する寸前に、アイリがエドガーを突き飛ばした。
〇黒
ふたりはそのまま数メートル転がる。
〇草原
アイリ「っ・・・」
くすぶる黒煙のにおいが、鼻腔(びこう)を刺激した。
数秒前までエドガーが立っていた場所一帯は草原が焼け焦げ、どす黒く変色している。
そしてその真ん中には、いつのまにかエドガーの手から離れていたご自慢の剣が、微(かす)かに柄を残して消し炭となっていた。
エドガー「・・・・・・」
「う・・・うわあああああああ!!!」
堰(せき)を切ったように、周囲の人々から叫び声が溢れ出す。
アイリ「アンタたちはやく逃げて!」
手際(てぎわ)よく緊急用の信号弾を打ち上げながら、アイリは皆に避難を指示する。
〇草原
阿鼻叫喚(あびきょうかん)の中、受験者たちが散り散りになっていった。
受験者の男「殺される!! 逃げろ!!」
ニル「わっ・・・」
男がニルに勢いよくぶつかり転ぶ。
焦りで気が動転しているらしく、そのまま這(は)うようにして去っていった。
〇草原
アイリ「フウ—————・・・」
硬く澄んだ金属音を立てて、アイリが双剣を抜いた。
柄(つか)の部分には麗(うるわ)しい細工が施され、その刃はしなやかな曲線を描いている。
——二つの切っ先が、標的へと定められた。
自身に向けられた殺意に気づき、竜の目線がアイリに向けられる。
両者の視線が衝突した。
周囲は、静けさに包まれている。
一瞬のあと、竜は凄(すさ)まじい速さでアイリへ鋭利な爪を振り下ろした。
アイリ「!!」
アイリは真横へ跳んでそれを回避すると、抉(えぐ)れた地面が飛び散る隙に、竜の死角へと回り込む。
力を込めて地面を蹴り、高く飛び上がった。
全体重をかけて、斜め上から機械の鱗に剣撃を入れる。
——ガキンッ!!
アイリ「硬っ・・・!」
歯を食いしばり、追撃を加える。
しかし、攻撃が効いている様子はまったくない。それどころか、頑強(がんきょう)な装甲には傷一つついていない。
素早い動きで避けながら、アイリは思案した。
アイリ(まるで勝てる未来が見えないわね・・・)
アイリ(逃げるのが懸命なんでしょうけど、私が逃げたら新人たちが餌食(えじき)になる)
アイリ(今、メルザムにいる特級コレクターはあの変人だけ・・・)
アイリ「アイツが応援に来るまで、なんとか持ちこたえる・・・!」
振り回された尻尾が、風を切りながら迫る。
アイリは双剣を交差させて直撃を防ぐと、後ろに飛躍した。
さすがに勢いを殺しきれず、強い衝動が身体を揺さぶる。
襲い来る目眩(めまい)に耐え、体勢を立て直した。
アイリ「はぁっ・・・はぁっ・・・」
視線は竜から外さず、つかず離れずの距離を維持することに注力する。
ラパークの森はメルザムからほど近いため、支援がくるまで、そうはかからない。
——自分がここを凌げば。
その一心で戦うアイリの背後に、一つの影が近づく。
ニル「・・・・・・」
ニル「・・・あの」
アイリ「———へっ?」
アイリ「なっ、なんでアンタがここに!?」
アイリ「逃げろって言っ・・・」
気をとられた隙に、竜の翼がアイリへと直撃する。
ニル「!」
〇草原
もろに直撃をくらったアイリは、受け身をとることもできず、地面へと叩きつけられた。
脳震盪(のうしんとう)を起こし、意識が朦朧(もうろう)とする中で、ブレスをチャージする竜の姿が目に入る。
あっ・・・ダメだ・・・私・・・
眩い光とともに、ブレスが発射される。
ここで・・・
覚悟を決め、アイリは目を閉じた。
〇黒
——が、いつまで経っても、なにも起きない。
アイリ「・・・?」
おそるおそる瞼(まぶた)を開く。
——目の前にあったのは、
銀髪の少年の後ろ姿。
〇草原
アイリ「な・・・、・・・!?」
ブレスはまだ続いている。
しかし、巨大化したニルの機械の腕が、それを完璧に防いでいた。
手のひらに弾かれた炎の一部が周囲へと拡散し、膜(まく)となって二人を覆う。
少しして、ブレスが止んだ。
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