B.子猫を買う(脚本)
〇ペットショップの店内
私は・・・
愛依「この子をください」
ゲージの中で、我関せずと毛づくろいをする子猫を指さした
店長「かしこまりました、グッズなどもご入用ですか?」
愛依「そうですね、初めてなので一通り下さい」
店長「それでは子猫用を一式、宜しければご自宅までお届け致しますが?」
愛依「はい、お願いします」
こうして、私は新たな家族と共に帰宅するのだった
〇整頓された部屋
私は帰宅早々、店長さんが届けてくれたグッズを広げ、子猫を迎え入れる準備を完了させた
愛依「ほ~ら、今日からココがアナタのお家だよ~」
・・・「にゃあ♪」
愛依「気に入ってくれたか~良かった良かった」
私はネットで情報を仕入れながら、子猫との生活をスタートさせた
因みに、子猫の名前はトラにした
見たまんまだね
トラとの生活は新鮮で楽しく、新しい発見ばかりで、私は心の底から癒され、そして満たされた
愛依「こんな事なら、もっと早くに決断しておけばよかった」
愛依「でも、それだとトラとは出会えなかったかもだし」
愛依「きっとコレで良かったんだよね」
トラ「にゃあ♪」
そんな充実した日々を送っていた私だが、ある日から周辺で妙な事が起こり始めた
〇通学路
夜中コンビニへ買い物に出かけた時、誰かに付けられているような気がした
それが最初の違和感
その日以降、郵便ポストに開けられた形跡が残っていたり
また無言電話が掛かってきたり
気のせいでは片付けられない事が続いたのだ
〇整頓された部屋
愛依「まさか、ストーカーなのかなぁ?」
トラ「にゃあ?」
愛依「まぁ、トラにはわかんないよね」
愛依「念のため、警察に相談した方が良いのかな・・・」
私が警察へ電話しようかと考えていると、タイミング良く家電が鳴った
愛依「まさか、また無言電話?」
初めは無視をしようかとも考えたが、いい加減イラついていた私は勢い良く受話器を取った
愛依「ちょっと!どこの誰だか知らないけど!いい加減にしなさいよね!」
「・・・・・・」
「・・・あ、あのぅ」
電話の先から戸惑った声が聞こえる
その声には聞き覚えがある。
これはひょっとして・・・
愛依「あ・・・ひょっとして店長さんですか?」
店長「は、はい」
愛依「ご、ごめんなさい!人違いでした!」
私は土下座する勢いで、何度も謝罪を繰り返した
愛依「そ、それで、今日はどの様なご用件で?」
店長「はい、先日お買い上げいただいたペルシャ猫の事なのですが、実は病気に掛かっている恐れがありまして」
愛依「え?びょ、病気ですか?」
私は驚いた
トラは今日も元気に室内を走り回り、とても病気には見えないからだ
店長「はい、店内で感染症と思われる症状を持つ子が発見されまして」
店長「ウイルスの潜伏期間を考えると、お客様のペルシャ猫にも感染の可能性があるんです」
愛依「な、なるほど・・・」
店長「ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません」
店長「もし宜しければ、ご自宅へ無料診察に伺いますが・・・」
愛依「え?店長さんが?」
店長「はい、私これでも獣医師の資格をもっているので」
はぁ~ずいぶんとハイスペックな店長さんだ
まぁ、病気の話が事実なら断る理由はないね
愛依「わかりました、お願いします」
店長「かしこまりました、それでは明日のお昼過ぎにお伺いします」
愛依「はい、お待ちしてます」
〇整頓された部屋
店長さんから電話があった翌日
予定通り、お昼過ぎにインターホンが鳴った
愛依「どうぞ、お上がりください」
店長「お邪魔します」
私は店長さんをトラの居るリビングへ招き入れた
店長さんはエプロン姿ではない事も有って、何だかイメージが違う
男性を部屋に上げるのは初めてじゃないのに、何だか緊張してしまった
店長「じゃあ拝見しますね」
焦る私を余所に、店長さんは真剣な眼差しでトラの眼やお尻などを観察する
店長「・・・うん、大丈夫そうですね」
店長「今の段階で症状がみられないので、この子は大丈夫でしょう」
愛依「そうですか、良かった~」
トラ「にゃあ♪」
ホッとして撫でてやると、トラはゴロゴロと喉を鳴らした
店長「お騒がせして申し訳ございませんでした」
愛依「いえいえ、わざわざありがとうございます」
愛依「あ、お茶淹れますね」
店長「いえ、お構いなく」
愛依「ちょうど仕事関係でケーキを頂いたんです」
愛依「一人では食べきれないんで、良かったら召し上がってください」
店長「そうですか、それでは・・・」
私はお茶を淹れようとキッチンへ向かった
〇システムキッチン
キッチンに立った私は、甘いケーキにあわせて渋みのあるウバティーを淹れる
店長「ところで、他に何か変わった事はありますか?」
背後のリビングから、店長さんの声が聞こえてきた
店長「せっかくなので、気になる事があれば仰って下さい」
私は少しだけ悩んでから・・・
愛依「はい、猫に関しては特に・・・」
そう答えた
店長「その言い方だと、子猫以外に何かお困り事でも?」
鋭いな・・・
愛依「はい、実は・・・」
私は最近の孤独感もあり、ここ数日で起きたストーカーらしき被害を語った
店長「それは心配ですね、警察に相談は?」
愛依「ええ、コレからしようかと」
店長「それでは、まだなんですね」
愛依「ええ、そうですね・・・」
そう言い終わる前に、背後に気配を感じて振り返る
愛依「っ!!」
そこには満面の笑みをたたえた店長さんが居た
愛依「ビ、ビックリしたぁ~」
愛依「・・・どうかされましたか?」
店長「・・・」
店長「良かったですよ」
愛依「へっ?」
店長「お客様が慎重な方で」
次の瞬間、店長は片手で私の口をふさぐと、更に足払いを掛けながら私を押し倒した
手にしたティーカップが床に落下し、粉々に砕け散った
愛依「むぐ!」
突然の事でパニックになりながら、私は必死にもがく
愛依「むぐぅうううう!!」
しかし店長は慌てる事無く、手にしたナイフを私の眼前に晒した
店長「静かにして下さい」
店長はナイフを私の首筋に当てた
愛依「ひっ!」
一気に背筋が凍り、全身が粟立つ
私は恐怖で全身を震わせ、抵抗する事ができなくなっていた
店長「良い表情だ・・・」
店長は吐息が感じられるほど顔を近づけ、満足そうに呟く
店長「なぜ?って顔ですね」
表情を読まれたのか、店長が私の疑問を代弁した
店長「残念ですが自分にもわかりません・・・」
店長「どうして、こんな事を求めるようになったのか・・・」
店長「どうして、こんなにも絶望に染まる女性に惹かれてしまうのか・・・」
愛依「ぅう!!」
店長がナイフを持つ手に力を込める
何が何だかわからない・・・
わからないまま・・・私は、死ぬ?
愛依「ゔぅゔぅううううううううう!!!!」
口をふさがれたまま、私は叫んだ
誰でも良い、助けて・・・
お願い・・・
店長「キレイですよ、お客様・・・」
店長はウットリした表情で私を見下ろした
店長「今のお客様の美しさは、永遠に私の心で生き続ける事でしょう・・・」
愛依「う・・・うぅ・・・」
届かない・・・
私の声は、誰にも・・・
店長「さようなら・・・」
店長がナイフを振り抜こうとした・・・その瞬間
トラ「ギニャァアアアア!!!!」
突如現れたトラが、店長の顔に向かって飛びかかった
店長「うわぁああああ!!!!」
トラを振りほどこうと立ち上がる店長
愛依「くっ!!」
拘束が解け、私は座り込んだまま後ずさった
トラ「にぎゃぁああああ!!!!」
私が離れてもトラは店長に張り付き、後ろ足で彼の顔面を掻きむしっている
店長「この・・・離せぇ!!!!」
店長がトラを引きはがそうとした時、彼は床に砕け散ったティーカップの破片を踏みしめた
店長「ぎゃぁあああ!!」
店長がバランスを崩し倒れ込むと、トラはようやく店長から離れ私の下まで駆け寄ってきてくれた
トラ「シャァアアアアアア!!!!」
そしてトラは、私の前で店長に向かって威嚇をする
まるで私を守ろうとするかのように
愛依「トラ・・・」
愛依「ひっ!!!!」
一瞬気が緩みそうになるも、倒れた店長と目が合い、再び身の毛もよだつ寒気が走った
店長は床に倒れ込みながら両目を見開き、怒気を孕んだ視線を私に向けている
その現実とは思えぬ形相に、私は体を硬直させていた
愛依「逃げなきゃ・・・逃げなきゃ・・・」
そう思いながら体が動かない・・・
焦れば焦る程、私は全身の筋肉が固くなる感覚を覚えていた
その時・・・
トラ「にゃあ・・・」
トラの気の抜けた声に金縛りが解け、同時に目の前の光景に違和感を覚えた
店長は床に倒れ込んだまま動こうとしない
いや、正確には全身をビクビクと痙攣させていた
そして気が付いた・・・
店長を中心として床に広がっていく赤い絨毯を
店長のナイフが、彼の首を貫通している事を・・・
愛依「!!!!!!」
全てを理解した時、私の意識はヒューズが飛ぶようにプツリと切れた
〇病室のベッド
目が覚めた時、私は病院のベッドの上に居た
枕元には心配そうにする両親と、見知らぬ男性の姿
私は両親と刑事を名乗る男性から説明を受けた
私が気を失ってからずっと、トラが鳴き続けていたようだ
不審に思った隣人が大家に連絡、気を失った私と明らかに絶命した店長を発見、警察に通報して今に至る
その後、刑事さんに事情聴取を受けた
ひょっとしたら殺人者として疑われるかもしれないと不安も有ったが、刑事さんはアッサリと私のいう事を信じてくれた
後になって知った事だが、店長には私への傷害容疑だけではなく、他の殺人事件の容疑も掛かっていたらしい
結局、店長の死は事故と判断され、私はなんのお咎めもなく数日後には退院した
〇田園風景
愛依「ん~空気がウマい!」
トラ「にゃあ」
退院後、私は逃げるように住み慣れた町を離れた
会社も辞め、新たな街で再スタートを切る事に決めたのだ
あの町に居ると、何時までも事件の事を思い出してしまいそうだったから
正直、不安はある
両親も暫くは実家で暮らせと言ってくれた
でも、大丈夫
愛依「私には頼りになるナイトがいるんだから」
愛依「ねっ♪」
トラ「にゃあ♪」
〇黒背景
END