34/明ける夜(脚本)
〇電車の中
星木ミウ「あなたは何で、コハク君の夢の中にいるの?」
「・・・・・・」
星木ミウ「あなたはクロコに、撃たれたって聞いたけど」
「・・・・・・そうだ! コクノこそ、大丈夫なの?」
二人のコクノは顔を見合わせてから、和やかな視線をこちらに向けた。
コクノ「ええ、大丈夫よお兄ちゃん」
コクノ「感謝もしているわ」
コクノ「お兄ちゃんがカチューシャをつけたまま寝ちゃったおかげで、こうしてまたお兄ちゃんと会えたんだもの」
「・・・・・・カチューシャ?」
「それってあの、うさ耳のやつのこと?」
カチューシャをつけたまま寝ちゃった?
僕は確か、あの後風呂に入ってから、パジャマに着替えて歯も磨いてから、ベッドに倒れ込んだ気がするんだけど・・・・・・。
コクノ「大丈夫よお兄ちゃん。あれは防水性だから」
つまり僕は、カチューシャをつけたままお風呂に入ったのか?
しかもそれに気づかずに?
「・・・・・・」
どうやら僕は、相当疲れていたらしい。
二人のコクノから目を逸らすと、不意にミウさんの沈んだ表情が見えた。
星木ミウ「・・・・・・やっぱりあのカチューシャ、あなた自身だったんだ」
あなた、自身?
コクノ「ええ。やっぱりミウお姉ちゃんは、気づいてたのね」
星木ミウ「・・・・・・」
コクノ「あなたみたいな勘の良い人、私は好きよ」
コクノ「気づかなくて良いことばかりに気づいてしまう、何だか昔の自分を見ているみたいだもの」
星木ミウ「・・・・・・昔、ね」
コクノ「ええ。でもこういうことはよくあることなの」
コクノ「あなたも悪魔を目指すなら、覚悟しておいた方が良いわ」
悪魔を、目指す・・・・・・?
ミウさんは、悪魔になるつもりなのか?
星木ミウ「・・・・・・忠告どうも。でも私は、あなたとは違う」
コクノ「そうかしら。あなたも私も、人間でないものを目指しているところは同じでしょ?」
二人のコクノの声が、寸分違わずきれいに重なった。
二人とも今まで通り喋ってはいるのだが、その声はもう、一人分しか聞こえてこない。
星木ミウ「あなたもって・・・・・・あなたは天使なんでしょ?」
星木ミウ「元から人間じゃない、よね?」
ミウさんが眉をひそめた。
コクノ「ええ。でも、あなただってそうでしょ?」
え・・・・・・?
星木ミウ「・・・・・・」
コクノ「人は、人を人間扱いしないことができるみたいだから」
「・・・・・・」
コクノ「それに心の底では、まだ信じてるんでしょ?」
コクノ「自分は選ばれた、特別な力を得ることができる存在だって」
選ばれた・・・・・・、特別・・・・・・。
僕は何となく思った。コクノが言っているのは、恐らくミウさんと願望会に関することなのだろう。
教祖の一人娘であることを、ミウさんが、その周りの人達が、気にしないわけがない。
星木ミウ「・・・・・・」
コクノ「でも少し心配。人間はみな同じであることを求めるものだから」
コクノ「敵は、仲間よりも多いわ」
・・・・・・でも。そうだとしても。
「でも何で、ミウさんは悪魔になんかなりたいの?」
僕は耐え切れず、ミウさんとコクノ達の会話に口を挟んでしまった。
星木ミウ「・・・・・・私は、恵まれているから」
「え?」
恵まれている・・・・・・? どういう意味だ・・・・・・?
コクノ「ええ。彼女の人生は、悪魔になるのに向いているの」
コクノが二人とも気の毒そうに、困ったような笑顔を僕に向けた。
「えっと、どういうこと・・・・・・?」
コクノ「折角だもの、悪魔にならなきゃ、勿体ないわ」
その時、今まで開いたままだった電車の扉が、一斉に閉まった。
「・・・・・・え、この電車動くの?」
そしてゆっくりと、窓の外の駅舎の明かりが遠ざかっていき、真っ暗な窓ガラスに僕達4人の姿が反射して見えた。
コクノ「夜が明けるわ」
片方のコクノが席を立ち、その片方のコクノだけがミウさんの方を向いた。
星木ミウ「・・・・・・」
コクノ「もうすぐお兄ちゃんも目を覚ます時間よ」
コクノ「お兄ちゃんの夢から出るの、私が案内してあげるわ」
夢の世界はまだ暗いが、現実の世界はもう日が昇る時間らしい。
コクノに続いて、ミウさんも席を立つ。
星木ミウ「・・・・・・ありがとう」
すると近くの扉が勝手に開いた。
電車は走ったままなのに、風は一切吹き込んでこない。
そこから一面に、真夜中の田んぼが広がっているのが見えた。
コクノ「ついてきて」
席を立った方のコクノが、開いた扉から田んぼに向かって飛び降りた。
「え」
星木ミウ「・・・・・・」
ミウさんもためらうことなく開いた扉の前に立ったので、僕は慌てて呼び止めた。
「ちょっと、待って!」