第六話「北の大地 明治札幌②」(脚本)
〇ファンタジーの教室
翌日 髪を切り、髭をそり、きちんとした身なりをした男が校内に現れた。
兄貴の子分「兄貴、一体どうしたんですか? 西洋に留学でも決まったんですか?」
子分の学生達は兄貴分の男子学生の変貌に驚いていた。
新生「兄貴」「俺はやるぞ!」
兄貴分の学生は突然、大声で教室で叫んだ。
新生「兄貴」「一生懸命、勉強して、日本で一番のジェントリー(紳士)になるんだ!」
そう叫ぶ兄貴分の学生の姿を見て、子分の男子学生達は皆、動揺した。
子分「兄貴がオカシクなってしまった!」
兄貴の子分の男子学生達は愕然ともしていた。
その日を境に、子分の男子学生達も兄貴分の学生を見習って、徐々に勉強に取り組むようになった。
その中には女子学生と共に聖書の勉強会に参加する者もいた。
また、構内では、男子学生達は女学生達と一緒に仲良く、真剣に勉強をするようにもなる。
兄貴の子分「鈴さん、数学でここの数式が分からないだけど、教えてほしい」
長崎からきた「鈴(スズ)」「ここの計算はこうするだ」
子分の男子学生の一人が鈴と勉強する中で、自然と二人の手が触れ合う。
そっとお互い見つめあい、顔を赤くし手をよけた。
一方、講堂の前では、兄貴分の男子学生と、お姉様と慕われている女学生の二人はが、デイベート(討論)をしながら歩いていた。
新生「兄貴」「聖書でイエスはこう述べている、俺はこう考える。お前はどう思う?」
「お姉さま」と慕われる女性「私はこう考えるわ」
二人は熱心に、しかし、楽しみながらデイベートをしていた。
新生「兄貴」「西洋の考え方は実に面白い。一方で、俺は漢学の堅苦しいところが本当にいやだね」
兄貴分の男子学生はそう述べた。
「お姉さま」と慕われる女性「でも、漢学にも、面白いもの、為になるものがたくさんあるわよ」
長髪の女学生はニコヤカな表情で議論を楽しんでいた
その姿を遠くからクラーク博士は見ていた。
そしてまた、微笑んでもいた。
しかしながら、その光景を他の保守的な教授達は、決してよくは思っていなかった。
他の教授達はギロリとした視線を、クラーク博士に向けてもいた・・・。
〇教室の外
クラーク博士が教頭に赴任して以降、見違えるように農学校校内の雰囲気もよくなっていった。
学生達は男女の区別なく、お互いに敬意を示し、切磋琢磨しあいながら、学生生活も送っていた。
だが、そんな平和な日々も束の間だった。
クラーク博士に国家スパイの容疑がかかったのだ。
クラーク博士「馬鹿な! 私が米国とロシア帝国のスパイだと!」
官憲達にクラーク博士は囲まれていた。
官憲「クラークは女学生を使い、北海道に配備している屯田兵の配置を調べさせ、米国に報告した!」
官憲「その情報は、ロシア帝国にもながれている!」
官憲はクラークの前で容疑事実を述べた。
クラーク博士「でたらめだ! イッツ、クレイジー!」
クラーク博士は大きな声で抗議した。
官憲「札幌農学校関係者の内部告発だ!すでに証拠も挙がっている!」
官憲「本来ならば、死刑だ!しかしながら、米国との条約がある以上、死刑にはできない。 速やかに荷物をまとめて国に帰れ!」
官憲は怒号を挙げながら、クラークに述べた。
〇ファンタジーの教室
クラークが官憲に取り囲まれたその日に、学長が男子学生達だけを集めて教室に呼んだ。
兄貴の子分「一体、何事でしょうね、兄貴」
子分の学生は兄貴に尋ねた。
新生「兄貴」「分からん。しかも野郎だけに声を掛けるとは、何か大きなことでも、あるのかもしれないな」
兄貴は答えた。
子分「もしかしたら、西洋留学の件かもしれませんよ」
子分の学生は少し喜んだ表情で述べた。
新生「兄貴」「そうだといいんだが」
新生「兄貴」(何か嫌な予感がする)
兄貴はそう思った。
他の男子学生達も、いそいそと学長室へと向かった。
若い男子学生が指定された教室の前に着くと、官憲の姿があった。
新生「兄貴」(これは、ただごとじゃないな)
兄貴はそう思った。
〇ファンタジーの教室
新生「兄貴」「失礼します!」
大きな声で兄貴が教室に入ると、官憲とともに、西洋服をきた学長が、教壇の前に立っていた。
教壇の椅子には、風格のある、軍服を着た老人が座っていた。
「一同、○●元老である!」学長が大きな声で述べた。
兄貴の子分「嘘だろう、あの○●元老が、一体何をしにここの学校に?」
男子学生達は、事の重大さに、ようやく気がつき始めた。
「諸君、元老閣下にたいして、礼」学長は男子学生達に述べた。
男子学生達は慌てて、その元老に一礼した
○●元老は口を開くなり、校内に響き渡るような大きな声で述べた 。
「新政府、始まって以来の大不祥事である!」
○●元老は強い口調で話しを続けた。
「教頭クラークは、女学生を手先に使い、北海道の屯田兵の配置図を米国に流した!」
「その配置図は既にロシア帝国にも流れておる!」
新生「兄貴」(なんだって?)
兄貴分の男子学生は、その元老の言っている意味を、すぐには理解できなかった
「本来ならば、クラーク教頭とクラーク教頭に協力した女学生達は全員死罪だ!」
「けれども、米国との国際条約でクラークは裁けない!」
「そしてまた、この事が公になれば、明治政府の威信をかけた、この学校もつぶされてしまう!」
元老は苛立ちながら、強い口調でさらに話しを続けた。
「クラークは国外追放! 女学生達は全員放校! 」
「この学校に最初から女学生は居なかっ
たのだ! ここにいる男子学生達は、今後、それを弁えてより一層、勉学に励むように!」
新生「兄貴」(バカな!)
兄貴は思った。
女学生達が、夜遅くまで勉学に励む姿を俺は何度も見ている。
遠くに外出するときは、学校の実習の時だけだ。クラーク教頭も講義や実験演習で忙しすぎて、外出する暇もなかった。
新生「兄貴」(もし、何か怪しい素振りをしているならば、一緒に学んでいる俺達だって、絶対に気づくはずだ!)
新生「兄貴」「元老、これは何かの間違えです! 女子生徒達も、毎日、勉学にいそしんでいます。クラーク教頭もスパイ活動する暇はありません!」
兄貴は強い口調で述べた。
「これ、元老閣下に、なんという口をきくか!」
学長は兄貴をしかりつけた。
子分「兄貴の言うとおりだ!何かの間違いだ!」
兄貴の子分「そうだ!そうだ!」
男子生徒達も兄貴分の学生につづき、異口同音に述べた。
だが、元老は静かに、しかし冷酷に述べた
「政府の調査で、すでに明らかになっている」
「一方で、君たちは、将来を約束された身だ」
「君たちが新政府に異議を唱えるのはかまわない。ただし、それなりの覚悟をもってもらうぞ」元老の口調は厳しかった。
「新政府に盾ついた賊軍が、最後どうなったかは、君達も知らんわけではあるまい!」
幾たびも、明治維新の死線を何度も、くぐり抜けてきた元老の言葉には、血気盛んな若者達を一瞬にして黙らせる威厳が存在した。
場は静かになった。