エピソード27(脚本)
〇西洋の市場
メルザムの街は、近いうちに行われるお祭りの準備で賑わっていた。
心地よい日が差す中、ニルはひとりムザル麺屋を訪れている。
今日はオフの日で、アイリとエルルもそれぞれ思うままに身体を休めていた。
ニルは久しく食べていないムザル麺を堪能してから、街を冷やかすつもりだ。
ニル「ふー・・・美味しかった」
ムザル麺を食べ終え、会計のため財布を取り出そうとする。
ニル「・・・あれ?」
ニル(や、やばい。 財布を家に忘れてきた・・・)
どうしよう、と冷や汗をかいているとニルの背後からチャリンとお金が差し出された。
ニル「え?」
「これでちょうど、だな?」
こんなこと前にもあったような・・・、と既視感を覚えつつ振り返る。
そこにはアイリ・・・ではなく、コレクター試験のときにニルが助けた男の姿があった。
男の隣には例の妹らしき人物もいる。
ニルが驚いているうちに会計は済まされ、店員の声を聞きながら店を出る。
ニル「ありがとう・・・助かりました」
ニル「財布を忘れてしまって・・・すぐ返すので少し待っていてもらえますか?」
下級コレクターの男「いや、これくらい奢らせてくれ。 あのときは本当に世話になった」
男は改めて試験のときの礼を言う。
下級コレクターの男「よくあんな嘘みたいな話を信じてくれたな」
ニル「いやそんな・・・」
ニル「彼女が妹さんですか?」
下級コレクターの男「ああ。ほら、挨拶しろ」
少女は「こ、こんにちは」と小さく挨拶をしてから、恥ずかしそうに男の影に隠れた。
男は微笑んで、少女の頭を撫でる。
下級コレクターの男「おかげさまでこいつの体調も安定して、すこしなら出かけられるようになったんだ」
ニル「・・・よかったです」
下級コレクターの男「そういや、最近話題の“名滅”・・・あれ、お前だろ?」
ニル「!」
ニル「えっ・・・と・・・」
ニル「・・・まあ、そうですね」
ニルは苦笑いを浮かべて頰をかいた。
男はぱっと表情を明るくさせる。
下級コレクターの男「やっぱりな! 俺の周りでもよく話題に上がるんだ」
下級コレクターの男「信じてるやつは少ないが、俺は信じてるぜ」
力強く頷いた男に、ニルは笑みを浮かべる。
そのまましばらく店の前で談笑し、ニルはムザル麺のお礼を言って男と別れた。
〇西洋の市場
財布も忘れたし、とニルはいったん家に戻ることにする。
家といっても、まだアイリの家に居候しているので自分の家ではない。
慣れた道を戻ろうとすると、街道に沿って大勢の人が並んでいるのに気がついた。
なにかあったのかとニルは首を傾げる。
道の奥には数名のギルド騎士の姿が見えた。
ギルド騎士たちは皆背筋を伸ばし、脇道から大通りへと歩いてくる。
メルザムの民衆「エミリア様ー!」
メルザムの民衆「キャーッ!」
周りからは黄色い悲鳴が沸き起こり、声につられてさらに人並みは激しくなる。
どうやらギルド騎士は、街のアイドルのような存在らしい。
ニル(へ〜・・・あれがメタリカ騎士団か・・・)
ぼんやりとその様子を眺めていると、ニルはあることに、気がついた。
ニル「・・・ん?」
彼らは、だんだんニルの方へと近づいて来ている。
首を傾げるニルの前に、先頭を颯爽(さっそう)と歩いてきた女騎士が止まった。
女騎士はニルをじっと見つめる。
エミリア「・・・ニル、だな?」
ニルは少し圧倒されながらも頷いた。
ニル「・・・なにかご用ですか?」
エミリア「私の名前はエミリア・グレイス・ブッシュバウム。 メタリカ騎士団の団長を務めているものだ」
ニル「はあ・・・」
ニルはとりあえず話を聞くことにする。
なんとなく聞き覚えのある名前だと思っていると、いつの間にか周りの注目が集まっていた。
エミリアはすうっと息を吸って、ニルを正面から見つめる。
エミリア「ニル。・・・いや、“名滅”! お前に決闘を申し込む!」
エミリアの言葉に、辺り一帯は一気に湧き上がった。
凄まじい盛り上がりの中、当の本人であるニルはぽかんと口を開ける。
ニル「・・・え?」
〇闘技場
エミリアはニルを連れて、メタリカ騎士団の施設が集まるエリアを歩いている。
まっすぐに向かった先には、修練場があった。
エミリア(よし・・・!)
表情には決して出さないが、エミリアはニルの力量を知りたくて内心わくわくしていた。
ニルに木刀を渡して、エミリアは言う。
エミリア「決闘はこれで行う」
木刀を前に、ニルは戸惑っていた。
ニル「すみません、さっきも言いましたけど俺、決闘を受けるつもりは・・・」
エミリアはニルの首元へ木刀を振りかぶる。
当たる寸前のところでピタッと止めた。
ニルの顔がゾッと青ざめる。
エミリア「これはギルドからの命令だ。 受けないということは認められない」
エミリアはニルの首元から木刀を下ろす。
そして数歩、ニルから離れた。
エミリア「・・・では、始めるぞ。早く構えろ」
ニル「・・・・・・」
ニルは仕方ないというように木刀を握る。
エミリアはふっと微笑んだ。
エミリア「頼む」
ギルド騎士「はっ!」
ギルド騎士「それでは・・・開始!」
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