エピソード2 悪魔の姑(脚本)
〇広い和室
──老舗和菓子屋『徐福』
創業百五十年を越える由緒正しき名店
元は中国薬膳を商う家系であり
遡れば千年以上の歴史を持つとされる
〇古い本
その名家の長男にまさか──
身寄りのないこの私が嫁ぐだなんて
〇畳敷きの大広間
古手川冴香「杏 あなた先日貸してやった 私の着物 どこへしまいました?」
倉木杏「え・・・っと、お義母さまの言われた通り タトウ紙にくるんで 桐箪笥の一番下に」
倉木杏「あの、今度は防虫剤も忘れずに包みました」
古手川冴香「着物の上に直接、ね」
倉木杏「え いけなかったのでしょうか」
古手川冴香「”いけなかったのでしょうか”ですって?」
古手川冴香「そうね 『徐福』を継ぐ女将ともあろうとものが」
古手川冴香「一千万はくだらない振り袖が 防虫剤で変色してもいいのであれば それで良いのでしょうね」
倉木杏「い、一千万・・・ですが お義母さま この間はそこまで」
古手川冴香「あなたね わざわざこの着物は高いのよ これこれ こうやってしまいなさい なんて品のないこと口にさせるつもり?」
古手川冴香「この家で目にするものすべて 本来あなたが触れられる値ではないと いい加減学びなさいな」
倉木杏「わ・・・わかりました」
倉木杏「あの そろそろ私にも 店頭で 優介さんのお手伝いをさせてくれませんか」
古手川冴香「・・・鏡を見て弁えなさい」
古手川冴香「然るべき気品と風格を養うまで あなたのみすぼらしい容姿を お客様にお見せするなんて とてもとても」
倉木杏「あ・・・」
古手川冴香「それと 箪笥には除湿剤も忘れないこと どうせ考えもしなかったのでしょう?」
古手川冴香「まったく、ご両親はどんな教育を ・・・あ」
古手川冴香「ごめんなさい いたら こうはなってないわよね」
倉木杏「(・・・う・・・うう・・・)」
こうして露骨な嫌がらせをする間はまだ
この悪魔の姑はマトモな方だったんだ
〇古い本
この世には 本物の悪魔がいる
そう知った時には 私はもう──
〇華やかな裏庭
クリント「アンジェ── おい、アンジェ!!」
アンジェリカ・ロウリー「あっ クリント ちょっと その呼び方やめて」
クリント「なんだよボーッとして それに、仮にも弟って設定の男が」
クリント「アンジェリカをアンジェと呼んで 誰が何を疑うってんだ」
アンジェリカ・ロウリー「ちょっ 堂々と設定だなんて言わないで」
クリント「ヒース様ならもういねえよ 必死に王妃の後を追っていった」
クリント「お前を婚約者として認めるまで 王妃の従者として試すんだって?」
クリント「それじゃ永遠に認めない気だろって 母上に泣きついてたよ あのバカ王子」
アンジェリカ・ロウリー「まあ 本当に口の悪い これだから下賤の民は」
クリント「言うようになったじゃねえか アンジェリカ お・ひ・め・さ・ま」
アンジェリカ・ロウリー「ここまでついて来てくれて 本当にありがとう クリント」
クリント「フン 礼にはまだ早いだろう 願ってもないチャンスが来たんだ」
クリント「どうする? 頃合いを見計らって王妃殺っちまうか? 賊のせいにして」
アンジェリカ・ロウリー「・・・殺す」
アンジェリカ・ロウリー「いいえ、殺してはダメ 私はあの女から何もかもを奪って 屈辱を味あわせてやるんだから」
アンジェリカ・ロウリー「それが 父を殺された私の・・・」
〇畳敷きの大広間
古手川冴香「可哀想な子 これだけクズだったら 実の親でも見捨てたくなるでしょうよ」
倉木杏「・・・!!」
倉木杏「どうして・・・そこまで」
〇華やかな裏庭
アンジェリカ・ロウリー「私の・・・復讐」
思い出してしまった 前世の記憶を
私は「日本」で生まれ育った孤児で
結婚を誓い合った相手が
実は老舗和菓子屋の跡取り息子だと
知らされた時には 退路は断たれていた
そして私は あの悪魔の姑に──
アンジェリカ・ロウリー「そう・・・少し混乱してたわ でも結局やる事は同じ」
アンジェリカ・ロウリー「私は必ず婚約を認めさせてみせる そしてゆくゆくはこの国の実権を握り あの女から少しずつ自由を奪っていくの」
クリント「イイ顔してるぜ アンジェ」
アンジェリカ・ロウリー「だからやめて 私はもう孤児の アンジェ・ブルームでも倉木杏でもない」
クリント「クラキアン? なんて?」
アンジェリカ・ロウリー「田舎貴族の娘にして天才錬金術師 そしてグリーンヒルド公国皇太子の 最有力婚約者候補」
アンジェリカ・ロウリー「アンジェリカ・ロウリー もうすぐ全ての因縁を断ち切って この国を支配する女なのだから」
〇西洋の城
〇城の会議室
ジョディ・フローレンス「アン このはしたない騒音は あなたの腹の虫の音かしら?」
アンジェリカ・ロウリー「い、いいえ・・・ 落雷の音にございます お義母さま」
ヒース・フローレンス「あの 母上 これは一体」
ジョディ・フローレンス「どうかして? ヒース ほら 早く食べなさい」
ジョディ・フローレンス「私の従者がそこで控えてるわ 足りないものがあればなんなりと」
ヒース・フローレンス「そんな レディを控えさせて 自分だけ食事するなんて」
ヒース・フローレンス「どうかアンジェリカにも同席の権利を」
アンジェリカ・ロウリー「いいえ 結構ですわヒース様 私は王妃のお付きとなれたのですもの」
アンジェリカ・ロウリー「あなたの婚約者として認められるまで 誠心誠意 お義母さまに尽くします」
ジョディ・フローレンス「・・・・・・アン」
アンジェリカ・ロウリー「ヒッ!!」
アンジェリカ・ロウリー(いやいや ”ヒッ!!” って何よ私)
アンジェリカ・ロウリー(今の私は アンジェリカ・ロウリーよ ここまで強く生き抜いて来たんじゃない)
アンジェリカ・ロウリー(もう 理不尽に怯えたりしなくていいの 私の心も 私の体も)
ジョディ・フローレンス「お義母様 と呼ばれる筋合いはなくてよ 今のところはね アン」
アンジェリカ・ロウリー「そ そうでしたわね 失礼いたしました ジョディ王妃」
アンジェリカ・ロウリー(ダメね 反射で言うことを聞いてしまう 声が ”あの人”にそっくりなのだわ)
アンジェリカ・ロウリー(でも そんな事ってあるのかしら よりによって一番恐れていた相手と)
アンジェリカ・ロウリー(来世でまで同じ世界に なんて──)
ジョディ・フローレンス「ジロジロと顔色を窺うのではありません いやしいコソ泥のようよ」
アンジェリカ・ロウリー「しっ 失礼しました」
その時 疑問が過ぎった
どうしてか 私にはジョディ王妃が
あの憎き悪魔の姑 古手川冴香の
生まれ変わりだという確信がある
では この人は私に気づいている?
アンジェリカ・ロウリー「王妃様 ところで先ほど クリーニングを終えたお召し物は 寝室のチェストにしまえばいいのでしたね」
アンジェリカ・ロウリー「”防虫剤”を添えて──」
ジョディ・フローレンス「──今 なんと?」
アンジェリカ・ロウリー「ですから」
ヒース・フローレンス「防虫剤? 害虫から衣服を守る 薬のようなものかい?」
ヒース・フローレンス「そんな便利なものがあるのか」
アンジェリカ・ロウリー(ヒース! 余計なことを この世界にはまだ存在してないの だから反応を試したかったのに)
ジョディ・フローレンス「それは──」
ジョディ・フローレンス「初めて耳にしました いいわね ツテがあるというのなら 明日にでも手配しなさい」
アンジェリカ・ロウリー(え・・・)
〇洋館の廊下
クリント「それで どうなった?」
アンジェリカ・ロウリー「わっ ビックリした」
アンジェリカ・ロウリー「クリント ちょっと自由に動き過ぎ」
クリント「お前は王妃の従者に成り下がったが 俺は一応賓客扱いのままでな」
クリント「世間知らずの田舎貴族として 呑気に振る舞っている方が自然なのさ」
アンジェリカ・ロウリー「ハイハイ 良かったわね とりあえず あの生き霊を放った 賊の正体と目的が判明するまでは」
アンジェリカ・ロウリー「まだ迂闊な手は打てないと思うわ」
アンジェリカ・ロウリー「いえ・・・違う 私たちであの賊を捕らえて 王妃に認めさせてやればいいんだ」
クリント「なるほどね それが次なる俺の仕事って訳だ」
クリント「・・・なんだ? 俺の顔に何かついてるか?」
アンジェリカ・ロウリー「・・・あなたには 何も感じない」
クリント「はあ? なんだ失礼な」
クリント 私の──
転生してからの私の 幼なじみ
今日までずっと私を支えてくれた
本当は兄のように慕っている友達
だけど クリントと過ごした長い月日
前世なんてまったく思い出さなかった
アンジェリカ・ロウリー(一番忘れたい記憶だけ 死んでからもまとわりつくなんて)
〇荒廃した市街地
ノーヴル男爵「ふん・・・あのアンジェリカとかいった 錬金術師 まだ王妃の懐にいるのか」
ノーヴル男爵「アレは厄介だな~ ああした異端を放っておいて打った手が うまくいった試しがない」
ノーヴル男爵「・・・公族を狙うフリをして まず アレから殺るか」
???「おいおい まさか俺に女を 相手にしろってんじゃないだろうな」
???「正直 趣味じゃねえんだが」
ノーヴル男爵「魔法ではなく 錬金術で 即席の剣を瞬時に生やした女だ」
ノーヴル男爵「お前にその意味が判ればの話だが ──あの女、強いぞ」
???「はーん・・・」
???「ま 楽しませてくれりゃ それでいいわ」
???「瞬殺だけは 本当つまんねえからな」
あの和菓子老舗店の母親がどの程度記憶を保持してるか不明てすが、ファンタジーの世界に馴染んでるのがコミカルでもあります。
防虫剤の反応、知ってる風でしたね。
知らなければ言葉が出ただけで何それ?ってなるでしょうから。
何故でしょう? 父方のお婆ちゃんが僕(四男の子)にお小遣いをくれる時は、叔母さん(跡取り嫁)が近くに居ない時でした。
何故か、そんな事を思い出しました…